君と僕

-ワンダフルバレンタイン6-





 そろそろ春の気配が漂ってくるころなのに、まだ寒いある日、ミユキは駅ビルの中の本屋で立ち読みをしている八樹を見かけた。
 八樹は旅行ガイドのコーナーにいた。どこに行こうかと浮き立っているのが一目瞭然。なんで他の人は八樹の機嫌を見て取れないのかが不思議でたまらない。
 そのまま無視して服でも見て帰ろうかとも思ったが、一応気にならないこともないので声を掛けた。

 普段行くような喫茶店は前回のことで懲りたため、長居できてテーブル間のスペースが広いことだけがウリのチェーン店に行くことにした。
「旅行、どこ行くの?」
「この前、半屋君にスノボ教わったから、スキー場にしようかと思ってるんだけど…道が凍ってたらまだ怖いからね」
「免許とれたんだ?」
「卒業式までにはとれるといいかな」
 この様子だったら平気そうだな、とミユキは思った。この前聞いた話はどう考えてもおかしかったから、多少不安に思っていたのだ。
 そんな状態だったら、別れるまではいかなくても、なんらかの危機が訪れるのは確実!と思っていたのだが、八樹には全くその気配がない。とりあえずさぐりつつも話を続けることにした。
「半屋君、スノボできるんだ〜。私、やったことないから教えてもらおうかな」
 八樹はそれには答えなかった。頼めば半屋は教えてくれるだろう。八樹に教えた(たぶん教えてはないだろうとミユキは見当をつけていた)のと違って、ぶっきらぼうなりに丁寧に。
「そういえば俺ね、半屋君にチョコレートもらったんだ」
 どうやら八樹は対抗心をかき立てられたらしい。多少自慢げにそう言った。
「すごいね。去年捨てられたのに」
「でもちゃんともらったからね」
 八樹の説明によると、それは北海道みやげで有名な六花亭のチョコレートで、『バレンタインのチョコなんてやれるか』というとこが半屋らしくてかわいいのだそうだ。
(脳ミソくさってるわ、この男)
 きっと三〇円のチロルチョコでだって八樹は同じ事を言って同じぐらい喜んだのだろうから、高いもん買っただけお金のムダだったような気がする。まぁそのあたり妙に律儀なところが半屋らしいとはいえる。
 八樹は「ホワイトデーか。どうしようかなー」などととても呑気にしている。そういえばその日はちょうどミユキたちとの沖縄旅行中ではないか。
「旅行中だよ」
「ああ、そうだったね。どうしようかな。人目を忍んでこっそりとか…それもいいよねー」
「二人部屋だけど?」
「え? …………それは…」
 八樹はしばらく考え込んだ。
「ちょっと…半屋君と二人っていうのは…」
 ミユキは(この二人が別れていなければ)二人部屋で当然だと思っていたのだが、八樹にはそういう開き直り方はできないらしい。
「じゃ、八樹君と嘉神君。私とせーちゃん。半屋君と青木君でクリフさんには別料金で部屋を取ってもらって、残ったところをあの女でいいかしら?」
「……御幸君」
「何? 別に私と半屋君でもいいけど?」
「あのね……」
 そんなこんなでしばらく話した(部屋割りは決まらなかった)が、八樹に例の現象の影響はまるで見られない。何の憂いもなく幸せそう。

 仕方ない。内政不干渉もそろそろ限界だ。
「そういえばさ、例の話どうなったの?」
 なんでこの私が!とミユキはなんだか負けたような気分になった。八樹に少しでも痕跡が残っていれば「きかれたくないのね」で大丈夫だったのに、全く残っていないから気になってしまうのだ。
「例の話って?」
 八樹は本気でわからないようだ。
「ほら、この前八樹君が言ってた…」
「? …ああ、あれね」
 八樹は幸せそうにへろっと笑った。
 笑うところか? とミユキは思ったのだが…
「半屋君、受験だったんだよ。かわいいよねー」
「はぁ?」
 八樹の説明によると。半屋は去年の夏あたりから受験を考えていたらしい。(でも俺には言いたくなかったらしいんだよ。かわいいよね、と八樹は言った。脳ミソくさってるわとミユキは思った)
 八樹がくるたびに参考書などを隠していたらしいのだが、さすがにそれも限界に達し、時間もなくなってのあの行動だったというのが真相だったようだ。
 ホントかわいいよね、と八樹は幸せそうだったが、ミユキはそれに疑問を感じた。
 八樹に知られたくなくて、というのは本当のことだろう。ただそれをかわいいかと言われると、かなり疑問が残る。


 半屋はかなり男らしい性格だ。だから八樹に隠しながら受験をすると決めたとき、こう考えたのではないか。つまり、させておけばどうにかなると。
 半屋はきっと考えたのだ。何をしたら恋人をごまかせるか。そして何をしたら恋人が満足するか。
 半屋は男らしい性格だから、そして八樹のラブっぷりがあまりよくわかっていないから、それでどうにかなると思ってしまったのだ。することだけして、クリスマスやバレンタインだけつきあってれば満足するだろうと。
 恋人をごまかすことに集中しすぎて、まったく自分らしくない行動をとっていることに気づいていないあたりも本当に男性的。
「来年のバレンタインはないわね」
「え?なんで?」
 まるでわかっていない八樹はきょとんとした顔をした。
 
 でもまあ、あまりに発想が違うとはいえ、半屋が八樹と別れないよう考えたということだけは事実だろう。かなりずれてはいたのだが、いろいろ律儀につきあっているあたり、かわいいと言えないこともない。
 割れ鍋に綴じ蓋。
 二人とも一見かなりマシなのに。ミユキは小さくため息をついた。   

      『おまけ』につづく




というわけでメインパートは終わりです。おまけの「半屋のバレンタイン」編がつく予定です。
 しかし、部屋割りホントどうするんでしょうね(笑)



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