君と僕

-ワンダフルバレンタイン4-





 シミュレーションは何回もした。
 想像は途中からすぐにデートシーンに突入してしまい、待ち合わせ場所で半屋とどう対決するか、という肝心な部分はまだ全く決まっていない。
 なのにもう土曜日だ。一週間ぶりに半屋と会える土曜日。そして時間は容赦なく過ぎ去ってゆく。
 決まったことはとりあえず『その場の雰囲気を見てから考えよう』ということで、結局なにも決まっていないのだった。

 

※   ※   ※


 待ち合わせの十分前、すでに半屋は待ち合わせ場所に立っていた。なぜなのかはわからないのだが、こういう事態に陥ってから、半屋はかならず八樹より前に待ち合わせ場所に来ている。
(なんていうか……全てが半屋君らしくないんだよねぇ)
 時間より前に来て自分を待っていること。そういうときに協力的なこと。そこに半屋らしさを感じることが出来るのならば、天にも昇る気持ちなんだろうけど。
 この前、自分でもとても不本意なことなのだが、御幸に相談らしきものをしてようやく気づいた。どうも自分は今の半屋の態度に不満を感じているらしい。気づかないようにしていたのかもしれないけれど、半屋の対応のすべてが半屋らしさのかけらもなく事務的で―――まるで八樹がお金を払っているかのようだ。

 八樹は急いで半屋に向かった。
「半屋君、待った?」
「まってねーよ」
 このところおきまりになった会話をしたかと思うと、半屋はもうその方面に歩き出そうとしている。
「ちょっと待って」
 半屋は不機嫌そうに八樹を見上げた。
「あのさ……あのね、今日はそういうことするの止めない?」
 半屋はさらに鋭く眉根を寄せる。
 ちょっとでも言い方を間違えたら、とんでもない誤解をさせてしまいそうだ。八樹は慎重に言葉を選ぼうと、努力はした。
「だからさ、あの……俺、半屋君と一緒にいたいんだ」
 半屋は何も答えない。
「今までだってちゃんと一緒にいてくれたことはわかってるんだけど……。そうじゃなくて、近頃半屋君が何してるかとかそういう話を聞いたりしたい」
「したくねえってことか?」
 きたぞ。八樹は身構えた。
「そういうことじゃないんだよ! だからね、あの……」
 現実もやはりシミュレーション通り。ここでどうしても詰まってしまう。でも誤解されないように、うまくない言葉でもちゃんと気持ちを伝えたい。
「そりゃあ……もちろん…… …………けど。そうじゃなくてね、もし……」
 もし何か無理をしているのなら、絶対にそんなことはやめてほしい。ああ、だめだ。これじゃ、誤解されかねない。
(もし目の前に泉があったら)
 八樹はふと考えた。
 もし泉があって、泉の精が現れたとしたら。片方にはいつでもなんでもさせてくれる半屋君。もう片方にはなにもさせてくれないけれど、それ以外は普段通りの半屋君。もしそうだったとしたら―――煩悩を振り捨てて普段通りの半屋を選ぼう。
(そりゃあ全部普段通りの半屋君が一番だけど)
「おい」
 半屋は複雑そうな顔をしているだけで、それほど機嫌が悪くない。それが八樹には意外だった。
「じゃあ、てめェは今日なにがしたいんだ?」
「半屋君とデート」
「……」
 何かを言いかけて半屋が横を向いた。『今、デートしてるんじゃないのか?』それが言えなかったらしい。
 ―――半屋君だ!
 ああ、やっぱり半屋だ。なんだろう。ちょっと普通に話しただけで、今まで半屋がまとっていた殻が壊れて、中から本物が出てきた感じだ。
「だから……どっか行ったりとか話したりとか―――半屋君、行きたいところないの?」
 八樹がそう言うと半屋は何かを考え始めた。その積極ぶりはやはりまだどこかおかしいような気がするが、でも半屋が八樹とデートする場所を真剣に考えているのだ。
 八樹は秘蔵の仏像をこっそり開帳してもらったような感激を覚えた。
「ボード」
「え?」
「スノーボード」
「今からスキー場に行くの?」
 半屋は呆れたようにザウスだ、と言った。
 ザウスというのは半屋のアパートからそれほど遠くはない人工スキー場のことだ。
「今から?」
「行かねぇならいい」
 八樹はあわてて首を振った。たしかあそこは服から何から全てをレンタルしてくれるはずだ。かなり唐突な気がするが、半屋の気が変わらないうちに行かなくては。

※   ※   ※


 二人で乗った電車は八樹にとってはまさに楽園だった。
「半屋君、近頃何してるの?」
「ねてる」
「俺はあいかわらずだな。大学入ったら新人戦もあるしね」
「教習は?」
「半屋君、気にしてくれてたの?」
 八樹が感激のあまり口を滑らすと、半屋はとたんに表情を固くした。
「してねーよ」
 そんなこと言っても本当は旅行とか楽しみにしてたんだよね。―――そう思うと(事実はどうであれ)八樹は幸せになった。
「今、路上なんだ。一応順調かな。やっぱ旅行の一ヶ月前には取っておきたいし。そういえば、半屋君の方は?」
 運転免許試験場で免許を取ると言っていた半屋は、案の定というかまだなにもしていないらしい。
「それってさ、どうやったら取れるの?」
「あ?」
「だから免許。俺がやってるのとは違う方法なんだよね?」
 半屋があまり説明したがらないので、きちんと聞き出すまでに三駅分ほどかかった。結局、試験場で試験を受け、仮免を取ったあと、免許を取って三年以上になる人を横に乗せて教習をし、本試験を受けるということらしい。
「じゃあさ、半屋君、三年後に免許取らない?」
「?」
「だから免許。三年後に取ろうよ」
 仮免練習中の半屋君に教える俺―――…『だめだよ半屋君。そんな乱暴に扱っちゃ』不安そうな顔で八樹を見上げる半屋。『もっと優しく、ね』『よくわかんねぇよ』『だからこうして』……重なる二人の手。そして―――
「ね、三年待ってよ」
 始め気づいていなかった半屋も、八樹の意図するところに気づいたらしく、とても嫌そうな顔をした。
「旅行どうすんだよ」
「半屋君運転できるんだから、いざとなったら無免でも大丈夫だよね」
「バカかてめェは」
 そんな会話をしながら何度か電車をのりつぐと、南船橋駅に着く。
 目的地、ザウスが目の前に大きくそびえていた。 

      つづく




 なんかバレンタイン企画なのに時間がかかっていますね(笑)
 一応、明稜があるだろうと予測される場所から八樹の教習所が近く、まったく逆サイですが半屋のアパートからも明稜まで地下鉄で一本、という感じの設定ではあります。
 地下鉄直通よりも途中で乗り換えることの方が多そうなので、案件12とも矛盾しない、と。



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