十一月のある土曜日。いつものように待ち合わせの十分前に待ち合わせ場所に向かった八樹は、そこに信じられないものを見た。
半屋がいる。
まだ十分前なのに。
八樹はあわてて半屋に駆け寄った。
「待った?」
「待ってるわけねーだろ」
なにせまだ十分前だ。
もし、俺が時間どおりに来たらどうしたんだろう、と八樹は考えた。俺のことを待っていてくれたんだろうか。この寒い中、半屋君が。十分も!
どっかから見てれば良かったかも、と一瞬ふらちなことを考えたが、すぐに考え直す。やっぱりそんなことより、十分でも一緒にいられる方が嬉しい。
「どこ行く?」
どっか適当にでかけてから半屋の家に行く、というのが近頃の土曜日の定番だった。
買い物なんかをして疲れてお茶をしていると、半屋が『そろそろ帰るか』と言ってくれる。そして二人で半屋の家に帰る。八樹はそれがたまらなく好きだった。
「面白そうな映画あるんだけど、行かない?」
半屋は首を振った。
「じゃあどうしようか。何か買うものとかある?」
また半屋は首を振った。
「疲れた」
「え? じゃあ、どっかでお茶しようか?」
半屋は首を振る。
「疲れた」
「そっか、どうしよう…。どっか座れるとこってないかな」
「疲れた」
そう言って、八樹を見上げる瞳が何か言いたげにきらめいていて、八樹は引き込まれそうになる。
半屋の薄い瞳の色がとてもきれいで、そんなことあるわけないのに誘われているようで、八樹はあわてて姿勢を正した。
「疲れた、って言ってんだろ」
だめだ。どうしても妙なことを考えてしまう。
もう一度見直してもやっぱりダメで、口の中が乾いていくのがわかる。
「どっか……で休む?」
何バカな事言ってるんだ俺!と八樹は自分につっこみを入れた。
しかし半屋は頷いて、さっさと歩き出す。
まさかそういうことじゃないよな、と思いながらもついていくと、やっぱりそういう場所で、八樹はパニックに陥った。
その日、半屋はいままでとうって変わって協力的で、八樹はなにかおかしいなとは感じながらも、すっかりそれを忘れてしまった。
その後、半屋は手早く身支度を整えると『帰るから』と言ってさっさと帰ってしまった。
そして、その日から毎週同じ事が繰り返された。
半屋は一度も『帰るか』とは言ってくれなかった。
※ ※ ※
「いつごろからなの?」
「11月から」
もし半屋が、単にそういうことがしたくて八樹とつきあっているのならば、自分はもっといろいろ努力をしなくてはならないのだろうか、と八樹は考えた。
でも、半屋は確かに協力的ではあるのだが、そういう風には見えない。どちらかというと―――
「ずっと?」
「ずっとじゃないよ。クリスマスは食事したし、お正月は初詣に行ったし」
お正月。年が変わってから二人で待ち合わせして、その日だけ動いている真夜中過ぎの電車に乗って初詣に行った。二人で初日の出を見たかったけれど、車がないからそんな場所には行けなくて、公園のベンチに座ってだんだん消えてゆく星を見ていた。
そうだ。来年は車があるんだから、ちゃんと二人で初日の出を見れる場所をチェックしよう。
「本人に聞いてみたわけ?」
「登校日も違うから、ちゃんと会えないんだよね。近頃」
正月が終わってから半屋とは土曜にしかあっていない。
「電話で聞いてみれば?」
「俺さ、半屋君が考えていることとか、何して欲しいかとかって、まったくわかんないんだけど、何をしちゃいけないかだけはわかるんだよ」
今回のことだって、何も訊いちゃいけないんだ、ということだけはわかる。
だから半屋から与えられるものだけで満足していなければいけない。半屋は協力的だし、本来は喜ばなくてはいけないのだろう。しかし、どこか『本物』じゃないような気がするのだ。
もしこれが一時的なものじゃなくて、ずっと続くとしたら八樹はどうしたらいいのだろう。自分でもよくわからなくて、八樹はため息をついた。
※ ※ ※
八樹の言葉を聞いて、ミユキは内心毒づいた。こりゃあ続くわけだ。あーあ、いいよねーラブラブで。
しかしとにかく割に合わない。そうだ、ここの一番高いケーキアソートをおごらせよう。
ミユキは、ケーキアソートを注文した。そして自家製ケーキが何種類も綺麗に盛りつけられたプレートに感激しながら、
「ここは八樹君のおごりね」
と言った。
「別にかまわないけど……」
ミユキはチョコブラウニーをつついた。
「結局、八樹君は欲求不満なんだよね」
八樹は不審げにミユキを見た。
「そういう意味じゃなくて、半屋君とラブラブが足りないんでしょ」
八樹は深く考え込んだ。
「……そうかもしれないね」
「こんどはそういうことなしに、デートだけしてみれば? なんか原因がわかるかもよ」
「でも半屋君がね……。近頃、会うと勝手にそっちに歩いていっちゃうんだ」
まるで八樹は不倫中のOLのようだ。都合のいい女そのものって感じ?
しかし、あの半屋がねぇ……。どう考えてもミユキには理由がわからない。
半屋が八樹を好きなのかどうかはとりあえずおいといても、半屋はこのラブラブ攻撃から抜け出すことはとうの昔に諦めているように見える。
それに八樹は他人の態度に敏感だし、他人にどう思われているかによって態度を変えるタイプだから(本人は気づいていないようだが)半屋が別な人間を見ていたりしたら、あんなふうなラブっぷりを発揮することは出来ないはずだ。
可能性としては、なんか妙な思いこみをしているとか?
例えば、八樹の目的がそれだけだと思っているとか。
「八樹君、なんかヘンなこと言ったんじゃないの?」
「言ってない。………と思うけど。それにもしそうだったら、速攻で切られてるだろうね」
「あー、切りそう切りそう。ワケも言わずに切りそう!」
「そうやって切られちゃうのかな……」
ミユキは同意しただけなのに、八樹が落ち込んでしまった。また『美咲ちゃん』やらそんな話をされたらたまらない。
ミユキがあわてて何か言おうとしたとき、八樹が話を変えた。
「もう一ヶ月近く『ああ半屋君だなぁ』ってことがないんだよね…。言われてみれば、そういうに餓えてるのかもしれない」
八樹は顔の前に手を組んで、何かを考えている。
組んだ長い指が一定のリズムを刻んでいた。
「そうだよね……デートか」
どうもまたいろいろ考えたらしい。八樹の雰囲気が柔らかくなってきた。
一体、どんなラブなことを考えているのか。怖いのでミユキはそれを考えないようにした。
「なんで今までしようと思わなかったわけ?」
「先月まではお昼を一緒に食べてたしね。あまり気にならなかったんだけど……。今は登校日が違うから。
……そうか。餓えてるのかもしれない」
あんなに『ラブラブしたいオーラ』が出てるのに、本人は気づいていなかったらしい。
ミユキもいちおう、本当にいちおう、男の気持ちがわからないわけでもないから、そういう状況に幻惑されてしまうということもわかることはわかる。
「次に会ったら正直に『俺は半屋君とラブラブしたいんだ!』とか『いちゃいちゃしたいんだ!』って言ってみたら? このままだと八樹君おかしくなるよ」
「………。
…一応努力はしてみるよ」
その後、ミユキは八樹と別れ、買い物に出かけた。
八樹は勝手に歩き出してしまう半屋を目の前にしてちゃんと主張ができるのだろうか、とふと不安になったが、最終バーゲンの掘り出し物を見つけた瞬間、それを忘れてしまった。
つづく
バレンタインデーにアップしたのですが、バレンタインシーンまでいきませんでした。 実はこのシーン、八樹・ミユキともどもに脱線をしまくり、ここに出したのと同じぐらい消去した部分があります(笑)
|