ひとしきり話し終わって満足したミユキは、仕方がないので八樹に話を振ってあげようと思った。 八樹と友達だという感覚はないが、お互い事情を知っている上に気軽に話せ、利害関係もないという貴重な存在であることは確かだ。 「そう言えばさー、半屋君って卒業したらどうするの? 何回か訊いたけど、わからないのよねー」 実際知らないし、知りたいとも思っているのだが、教えてもらえなくてもかまわないのだ(どうせなら本人から聞きたいし)。 この話題は単なる刺身のツマ、まぁ八樹にも多少は話させてあげないとね!という親切心なわけだったのだが。 「……」 八樹の表情は一気に暗くなった。 「え? えーっ……と」 「知らないよ」 八樹の声が怖い。 「は、半屋君って照れ屋だもんね!」 とりあえず話題を変えよう。ミユキはそう考えた。 「ほら、せーちゃんに訊いてみたら? せーちゃんだったら知ってるかも」 「俺が、梧桐君に?」 そういえば今日はこの冬一番の冷え込みだと言ってた。ミユキはそんな関係ないことを思い出した。寒いのはそのせいだ。きっと。たぶん。 「それで梧桐君に教えてもらってどうするわけ? 俺が」 梧桐は多分知っているだろう。 しかし方や恋人。方や小学校時代の単なる知り合いだ(ミユキはそれ以上は認めていない)。 「半屋君はさ、結局、俺なんてどうでもいいんだよね」 そうだよね。チョコレートも捨てられたしね。つられて口を滑らせそうになって、あわててつぐむ。 「いつもみたいにデートした後でさ、突然さ、『もうてめェとは会わねぇ』とか言われちゃうんだよね、俺」 八樹は暗い瞳のまま、ため息をついた。 「それでさ、『俺、何か悪いことした!?』って詰め寄ると『結婚したから』とか言われるんだよ。しかも出来ちゃった結婚」 ミユキは必死に相づちを打った。 「でさ、半屋君ヤンキーだから、生まれた女の子に美咲ちゃんとかそういう名前つけちゃってさ、この子が色が白くて、目が大きくて、ちょっとたれ目でさ、すっっっっごいかわいいんだよ!」 目が据わったままなのに、八樹は微妙に幸せそうだ。 「で、『わたし大きくなったら八樹と結婚する!』とか言っちゃってさー。『おおきくなったらね』って言うと、『約束よ』って指切りとかしちゃうんだよ。 で、美咲ちゃんが中学生ぐらいのとき、俺が家に帰るとドアの前に美咲ちゃんが立ってるわけ。『どうしたの?もう遅いから帰んなきゃだめだよ』って言うとさ『家出してきた』って下向いちゃってさ! で、『私のことわかってくれるのは八樹だけだ』って泣いちゃったりするんだよ」 これでこの男がせめてもう少し、いや、それじゃ追いつかないからもう沢山、顔が不細工だったら良かったのに、とミユキは思った。普通程度の顔だったらまだマシだったのに。 この熱弁だって、内容さえわからなければ、さわやかに見えるんだろう。 それどころか今、自分たちは『美男美女の理想的カップル』に見えているんではないだろうか。 それは本当にイヤだ。ミユキは地元の喫茶店に連れてきたことを後悔していた。 「で、その日は泊めてあげてね。次の日に半屋君が迎えに来るんだよ! ほら、半屋君ってありがとうとか言えないからさー。なんか下向いちゃったり、そっぽ向いたりしててさー。 そうやって過ごしてたら、ある日美咲ちゃんが尋ねて来るんだよ。それで『結婚するから』って!! 『今までお世話になりました、ありがとう』とか言われちゃてさ! その結婚相手が梧桐君そっくりだったりするんだよね!」 そこまで一気に話して、八樹はまた深いため息をついた。 「だ、大丈夫だと思うよ」 八樹は返事をしない。 「ほら、いくら半屋君でも結婚するときはもっと前に言ってくれるって!」 八樹はとても怖い目でミユキを睨んだ。 「そうかもね」 どうも、よりややこしいことになってしまったらしい。どうにか挽回しなくては。 「でも、ほら、いちおラブラブなんだし! きっと半屋君、卒業後のことなんにも決めてないだけなんじゃないかな。あいかわらず週末同棲中なんでしょー。うらやましいな、ラブラブで!」 「そんなのじゃないよ」 「へっ?!」 八樹と半屋と言えば、続いているのが奇跡のようなカップルではあったが、なんだかんだ言ってお昼は一緒、週末は半同棲という状態だったのだ。 「ま、まさか会ってないとか……?」 「一応、会ってはいるけど。半屋君すぐ帰っちゃうし」 八樹はごく普通の調子で続けた。それが逆に怖い。 「半屋君ちに行ってるんじゃないの?」 「もう二ヶ月ぐらい行ってないよ。だからって押し掛けるわけにもいかないしねぇ。もしかしたらカノジョでもいるのかもしれないし」 八樹はすっかり普通の様子だ。そしてにこやかに話している。どうやら、ミユキは踏み込んではいけない地雷地帯に突入してしまったらしい。 「で、でも会ってはいるんでしょ?」 「一応ね」 「なら大丈夫だよ。半屋君、いやなら会ったりしないよ」 「かな?」 「大丈夫だって!」 どうにか納得したらしく、八樹がまとっていた不穏な空気が消えた。 「そういえば、教習所どう? わたしもそろそろとろうかなーって思ってるんだ」 「どうって……別に普通だよ。本当は半屋君と一緒に通おうと思ってたんだけどね」 半屋に教習を受けるつもりはないと断られたのだそうだ。確かに半屋なら技能試験もパスするだろうが、なかなか大胆だ。 「卒業旅行までには間に合わせたいんだけどね」 「え? 八樹君、車借りるの?」 卒業後はあのメンバー(今年卒業ではない人々も含む)で沖縄に行く予定なのだ。誰も言い出さないから、しかたないので、ミユキが提案し、幹事になってしまっている。 「……? ああ、そっちじゃなくて……」 半屋君と、なわけね。まったく。さっきうっかり親身になってしまった自分を返して欲しいもんだ、とミユキは思った。 「どこいくの?」 「どっか花が咲いてそうなところ、かな? 温泉とかもいいよね」 きっと今、八樹の頭の中では花を見ている半屋君やら、温泉に入っている半屋君やらが展開しているのだろう。 抑え切れてないラブが脳からにじみ出ている。それがこの絶品の姿形と相まって、ここにいるのがミユキじゃなかったら、『も、もしかしてこの人って私のこと…?』と勘違いされてしまうこと請け合いだ。絶対、単にボケボケなことを考えているだけなのに! ―――顔が良すぎるから、ボケボケなことを考えて、幸せそうにしているのさえ、おかしく見えないのだ。 「どこがいいなかな。伊豆とかかなぁ。せっかく車なんだから見晴らしが良くて寒くないところがいいよね」 「半屋君と相談しなよ」 情緒に欠けるところがある半屋ならば、この公害をあびてもなんにも感じないのだろう。もちろんミユキも別に何も感じはしないのだが、周囲の目(『すっごく理想的なカップル』という目だ)がイヤでたまらない。 「うん。でもなんか話ができないんだよね、近頃」 「別に半屋君『ご休憩』だけして帰っちゃうわけじゃないんでしょー」 いちいち付き合うのもバカらしく、そんなことないだろうと思いながら適当に言った一言だったのだが。 八樹の動きがぴたりと止まった。 「え……?」 「………」 どうも図星だったらしい。 「………」 八樹は悩んでいる。ミユキに相談しようかどうか迷っているようだ。 たぶん、人に相談というものをしたことがないのだろう。ついでにかなりプライベートなことだし、相手もあることだ。でも、ミユキはもう知ってしまっている。 知られてしまったのなら意見を訊いてみたい。しかし、相談なんてものをしていいのだろうか。八樹の葛藤はそのあたりだろう。 一方、ミユキも固まっていた。別にそんなプライベートなことまで首を突っ込みたくはないのだ。でも (あの半屋君が……?) 一体なんなんだ、それは? 八樹はまだ迷っている。この男はこんな容姿でありながら、恋愛経験が皆無に等しい。ついでに物事を悪く考えがちだ(しかも想像力が豊かだ)。一人で悩む許容量を完全にオーバーしてるのだろうし、理由があるなら早く解決したいのだろう。 お互いに無言のままのさぐり合いが続いた。そして。 「どう思う……?」 耐えきれなくなった八樹が降伏した。 つづく いやあ、裏じゃなくても若い子には見せたくないもの、というのは存在するものですね(笑) 本当はR15ではなくてR18と言いたいところですが、それじゃ、逆に期待を煽ってしまうので(笑) そういう意味で見せたくないんじゃないんだよー。でも、なんか見せたくないの(笑) |