君と僕

-ワンダフルバレンタイン1-





 一月下旬。
 コンビニの棚には気の早いバレンタイングッズが並んでいた。
 それを恨めしそうに眺めている長身の男が一人。
(げっ……!)
 顔が隠れているにもかかわらず、「ぜっっったい格好良さそう!」というオーラがただよう男が、親の敵のようにチョコレートを眺めている姿は、不気味そのものである。
「八樹君! なんでこんなとこにいんのよ」
 ここはミユキが一番よく使う地元のコンビニだ。
 こんな不気味な男と知り合いだと思われるよりは、回れ右して帰ってしまいたかったが、さすがにそうもいかない。
「御幸君? こんなところでなにやってるの?」
 八樹は今の不気味さはウソだったのかしらと思うようなさわやかな顔で振り返った。
「ここ地元なのよ。八樹君こそなにしてるの?」
「教習所の帰り」
 そういえば八樹は推薦が決まっていて、今はヒマヒマなはずだ。

 ミユキもたまたまヒマだったので、まぁそこそこおいしい喫茶店でお茶をすることにした。
「八樹君、今年のバレンタインどうするの?」
 ミユキは笑顔で問いかけた。去年、この男は悲惨な体験をしているのだ。
 八樹の瞳の色が、さっと暗くなった。
「―――どうしようか」
「もしかして、あげるつもり?」
「……あげないっていうのもねぇ、去年のがウソだと思われそうで嫌だし……」
 八樹のトーンはとても低い。
「……いっそチョコレートとかじゃなくてさ、アメリカみたいにカードとか贈りあったりするっていうのもいいよね」
「贈り『あって』くれればね」
「……だよね」
 八樹は深くため息をついた。

※   ※   ※


 御幸は楽しそうに自分の作るチョコレートについて説明をしている。
 あいかわらず『せーちゃんが』『せーちゃんは』ばかりのその話を聞き流しながら、八樹は去年の悲惨なバレンタインを思い出していた。

 去年。
 つきあって半年で迎える初めてのバレンタインを前に八樹は幸せだった。
(バレンタインか―――。
 学校に行くと校門の所に半屋君が寄りかかって立ってたりするんだよ。で、『あれ?半屋君どうしたの?』って訊くと『別に……』とかいっちゃってさ! でも、俺を見て歩き出してくれるんだよ。『半屋君、もしかして俺を待ってたの?』って訊いても何も答えてくれなくてさ、でもなんかぎこちないんだよね!)
 コンビニに並ぶチョコレートを見ながら八樹は幸せの絶頂だった。
(結局、なんだかわからないままで、お昼もぎこちなくてさ! なんだろうって思ってると、帰りにも校門のところで待っててくれたりするんだよ。で、『今日は良く会うね。もしかして半屋君も俺に会いたかったの?』って言うと怒っちゃってさ、それで俺に何かをぽんと投げてそのまま帰っちゃうんだよ!!!)
 八樹はコンビニの安い義理チョコを、それが想像上の半屋から投げられたプレゼントであるかのようにうっとりと眺めた。
(いいなぁ―――。ああ、いっそ2月14日、ホテルでも予約しちゃおうかなぁ……)
 投げつけられた物をあけてみて、今日が何の日だったか気づく俺! そして走って半屋君に追いつく。そしてそのあと二人は―――。
 そこまで想像して八樹は我に返った。
(そんなことはないって)
 八樹の恋人はかなりドライでクールなのだ。このあふれる愛が本当に伝わっているのか、不安でしかたないぐらいに。
(でも、男同士なんだから、いくら半屋君がああいうときにそうだからっていって、俺がチョコレートをもらうっていうきまりはないんだよね)
 八樹は棚の前で考え続けた。
(だいたい半屋君の方が男前なんだし。俺がチョコをあげた方がいいんじゃないかな。うん。それだったら結構いけるかも!)
 そして八樹はようやくコンビニを後にする決心が付いた。
(どうせあげるなら、こんなもんより手作りだよね。半屋君の口に合うように酒をいっぱい入れてさ、ちゃんとしたチョコでさぁ―――)


「ちょっと! 八樹君きいてるの?」
 そうだった。あれはもう一年も前の出来事だ。
「きいてるよ」
 御幸はまた話し始めた。

 そして八樹はチョコのレシピ集を買いまくり、いろいろリサーチをした。
 一番手作りチョコに向いていると言われるスイスのメーカーのチョコを買い、完璧に温度を測って溶かし、順調そのもので明くる日のバレンタインに備えていた。
(明日、半屋君これを受け取ったらどんな顔するかな。ちょっと赤くなっちゃったりするかな)
『なんだよこれ』―――いつもみたいに不機嫌に半屋が眉根を寄せる。『いいからあけてみてよ』半屋は不審そうに包みを開ける。『んだよ、これ』『俺が作ったんだよ』『なに考えてんだ?てめェ』そう言い捨てて消える半屋。でも手には八樹のチョコを持ったまま―――
(いいなぁ。いい!いい!)
 八樹は幸せにチョコを作り続けている。
(放課後にさ、半屋君が来てくれるんだよ。でもチョコの話はいっさい出ないんだよね。でさ、『ちょっとつきあえ』とか言ってムリヤリ喫茶店とかに連れていかれちゃうわけ。で、俺がお手洗いかなんかに行って帰ってくると『てめェの分はもう頼んだから』とか言ってさ!!! 俺がちょっとムッとしてると、店員さんがホットココアを持ってきてくれるんだよ! 『え?』『いいから飲めよ!』半屋君赤くなっちゃったりしてさー)
 
 自分の想像にじたばたした瞬間に、ボールに移そうとしていた沸騰直前の生クリームがひっくり返り、八樹の左手にもろにかかった。

 そして八樹は大事な試合直前だったにもかかわらず、やけどを負った。
 でも想いの詰まったチョコを作り上げ、満足したまま眠りについた。

 次の日。明稜高校は浮き立っていた。

 八樹はファンのリーダーがまとめたとかいう大量のチョコを朝から手渡された。
 なにせやけどをしてまでチョコを作った八樹だから、自分に渡されるチョコレートにも丁寧に応対した。
 そして昼休み。いつものように半屋のいる校舎裏に行くと、半屋は八樹を一瞥し、
「それどうしたんだよ」 
 と言った。
 八樹の手には包帯が巻かれている。
「あ、うん。ちょっとやけどしちゃって」
「バカかてめェは。試合の前だろ」
 半屋は冷たく言い放った。
『チョコ作ってたらやけどしちゃったんだ』
『バカかてめェは』そう言いながら半屋は仇っぽく八樹を見上げる。『なめりゃあ治るかもな?』半屋の瞳が誘うようにきらめく。『半屋君―――』
 はっと気がつくと半屋は不審そうに八樹を見上げていた。
「メシ、くわねぇのかよ」
「あ、ごめん。食べるよ」
 
 なんとなくぎこちない昼休みがそろそろ終わろうとしていた。
 想像上とは違い、今日はごく普通の平日なので、練習のある放課後は会うことが出来ない。(もちろん、ホテルも予約していない)
「半屋君、これ……」
 八樹は苦心の作を思い切って半屋に差し出した。
「まさかチョコレートだとかいうんじゃねーだろうな」
 そういう切り返しは考えていなかったので、八樹は一瞬返答に詰まった。どう考えても歓待ムードではない。
「う、うん。そうだけど……  あ、これ、俺が作ったんだ。半屋君の口に合うかわからないけど」
「てめェが作った?」
 半屋はじろりと八樹を睨み付けた。その視線はかなり怖い。
 そして立ち上がり、去っていこうとする。
「半屋君―――」
 八樹がさしだしたチョコを半屋は受け取った。
 そして開封もせずにじろりと眺めると、
「いらねぇ」
 と、八樹の足下に投げ捨てた!
 八樹は固まった。
 そしてもちろん半屋から喫茶店に誘われるようなこともなく、去年のバレンタインは過ぎていった―――。

      つづく




なんというか(笑)
つい数日前まで「バレンタインネタなんて浮かぶわけないよ(笑)」だったはずなのに、急に半屋が八樹の手作りチョコレートを投げ捨てるシーンが浮かんでしまい、あとは一直線です(笑)
 しかし、まったく18禁ではない内容ではありますが、18禁にしたほうがいいかもしれん、という感じですね(笑)



小説トップへ
ワイヤーフレーム トップページへ