四分の一の恋人
四分の一の恋人





 時間通りに仕事を終え、クリフは自宅へ電話をかけた。
 今日は土曜。クリフの持っている部屋の一つ―――あるホテルに隣接していて、そのホテルが管理しているマンションの一室―――には合い鍵まで渡してあるクリフの恋人が泊まりに来ているはずだ。
 その部屋の電話番号はクリフとその恋人しかしらないから、部屋への電話を取って欲しいと頼んである。
(けっこう同棲っぽい感じ?だよねー)
 合い鍵を渡したのも、自分の持つ部屋に待たせているのも、電話をとってもらうのもその恋人が初めて。
(半屋くんはそう思ってないっぽいけど)
 それでもクリフはうきうきと電話をかけた。
 
 呼び出し音を数えて七回。ようやく電話がかかった。
『……』
 相手は無言だ。
「あ、半屋くん? ボクだよ。今、仕事終わったんだ。ご飯食べに行こうよ」
『……あ?』
 どうも半屋は寝起きらしい。
「上のフレンチに予約入れてあるんだ。今から行くから待っててね」
『…またか』
 クリフが今までつきあった人間で、日本有数のフランス料理店への誘いを『またか』ですませた人間はいなかった。みんなすごい喜んでくれた。
 女の子が喜んでくれると嬉しい。もちろん喜んでもらいたい。
 でもクリフにとって高級な料理は日常だ。あんまり喜ばれたり、儀式的に喜んでくれたりすると、よくわからない罪悪感のようなものを感じてしまうことが多かった。
「すごくいい席とってもらったんだよ。それともあのお店キライ?」
『別に嫌いじゃねぇけど…』
「じゃああそこでいい? 半屋くんの好きそうなもの作ってもらってるから」
 半屋はなにもいわなかったが、いかにもどうでもよさそうな態度は伝わってきた。
「それじゃああとでね。あ、あと着替えはいつものところに入れてあるから」
『あァ?』
 イヤそうな声が聞こえたが、クリフは電話を切ってしまった。ちょっとずるいかな、と思ったがそれよりあの服を着たらすごく似合うだろうなという期待の方が勝った。
『えー?でもそんなところに着ていく洋服なんてもってなーい』
 そう言いながら上目遣いで見てくる女の子もかわいいんだけど。もちろんその女の子に似合う服を何着でも買ってあげたけど。
 近頃、お店をのぞくと服がクリフを呼んでいるように感じる。服が全身で半屋くんに似合う!と叫んでいる。だからいっぱい買ってしまうのだが、半屋はうけとらない。
 こうやって予約なんかをすると他に服のない半屋はしぶしぶ用意した服を着てくれるので、勝手に予約をとるのは近頃の常套手段になってしまっていた。絶対着替えを持ってこようとしない半屋は毎度毎度この手にひっかかるのだ。

 クリフが見立てたシャツとパンツと靴は思った通り半屋によく似合っていた。
「あれ? ピアスは?」
「んなめんどくせーことできるか」
 今日はクリフには野望があった。半屋の着替えを入れておく棚に、ピアスを8個入れて置いたのだ。どの場所にどのピアスなのかまで考え抜いた、半屋に似合うこと間違いなし!の自信のコーディネートだった。
「でも半屋くん毎日つけかえてるでしょ?」
「てめぇになんか関係あんのかそれが」
 半屋はほぼ毎日ピアスを換えている。クリフはいいことを思いついた。
「やっぱ同じ物を次の日もつけるのやだもんね」
 何も返事はなかったが、半屋はそう思っているはずだ。明日の朝には半屋はピアスを換えてくれるかもしれない。

 邪魔にならないジャストなタイミングで食事が運ばれてくる。半屋の好みは酒に合うもので飾りすぎないもの。自分で切らなくてはいけない場所がおおいのもキライらしい。
 半屋はもともと馴れているらしく、好き嫌いは多いが舌がしっかりしているので、食べさせがいがある。でもまぁどちらかというと、食べているというより酒のついでのような感じだ。
「半屋くん明日どっか行こうよ」
「あァー?」
 とても高級フランス料理店にいるとは思えない剣呑な返事。半屋はいつでもどこでも半屋工で、うっかりしているとこの場所でも殴られかねない。さすがにまだ殴られたことはないが、そういう自然な感じがくせになるのかもしれないと呑気に考えた。
「まだ桜も残ってるし、上野にウナギでも食べにいく? 千鳥ヶ淵を通り抜けてボートに乗るのもいい感じだよね。あのへんだったら何があるかなー」
「桜なんて歩いてりゃそのへんにあるだろ」
「あ、じゃあこの辺歩いてみる? お昼どうしようか。さっぱりしたとこがいいよねー」
「めんどくせぇ」
 半屋が週末ごとにクリフのもつ部屋にくるようになって三ヶ月。いつでも会話は成立しない。だからって気まずい時間を過ごしたことがなくて、むしろ居心地がいいぐらいだ。
「じゃ、ずっと部屋にいる? 半屋くんエッチだよねー」
「そういう意味じゃねぇ」
 それと同時にテーブルの下でものすごいスピードの蹴りが飛んできた。

 クリフにはボリュームたっぷりの贅を凝らしたデザート、半屋にはあまりアレンジされていない、フルーツ主体のさっぱりしたデザートが運ばれてきた。
「来週の日曜ボクの家でイースターパーティをやるんだ」
 半屋は興味なさそうにデザートをつついている。
「半屋くんくる?」
「いかねー」
「だからねボクも家にかえらなきゃいけないんだけど、あの部屋は半屋くんが自由に使っていいから」
 半屋はあいかわらず興味なさそうにデザートをつついている。クリフは気にせずにイースターパーティがどんなに楽しいか、どんな人がきて何をやるのかを説明し続けた。
(やっぱ来てくれないかなー)
 歴代の恋人たちはクリフの家のパーティに嬉しそうに参加してくれた。そこでプロデューサーなど新たなチャンスをつかんだ彼女から『いままでありがとう』されることもしばしばだったが、クリフはステップアップしてゆく彼女たちを喜んだ。クリフの立場上、半屋を恋人として紹介することはできないが、パーティは恋人と一緒の方が楽しいに決まっている。
「うちのシェフの腕はすごくいいし、ボクの知り合いのシェフにも来てもらうし、絶対おいしいよ。……あ、もちろんゲストルームを用意するよ。まだ外のプールは使えないけど中のプールは二つあるし…」
 クリフはとうとうと語り続けたが、もちろんその努力が報われることはなかった。

◇      ◇      ◇


「着替えはここに前の服が入ってるから。あと食べ物も飲み物も全部自由にしてかまわないから。ルイ13世もあるんだよ。でも半屋くんブランデーはあまり飲まないよねー。でもこれ結構おいしいよ。あとは…」
「てめぇさっきから何言ってんだ」
 食事を終え戻ってきた部屋で、半屋は大きなソファー体を投げ出し、けだるげにタバコを吸っている。
「ほら、来週ボクいないから。ここは自由に使っていいよ、って話。週末だけじゃなくて、いつでも使ってかまわないんだけどね」
 合い鍵は渡してあるし、週末はクリフがいない時間でも勝手にあがってビールを飲んだり、ソファーに寝てたりする。そのわりに週末以外に来たことはない。
 実はクリフもちゃんとわかってはいる。半屋は恋人などではない。彼は単に週末に家にいるのがイヤで、家出をしているだけなのだ。
 今まで一体どういう生活をしてきたのか、半屋には「対価を払わずに他人の家に泊まる」という発想がない。
 クリフは恋人だと思っていても、半屋にとってはすべてが泊まり賃なのだ。
「ここにこねぇから別にいい」 
「え?半屋くんパーティに来てくれるの?」
「誰が行くかンなもん」
「じゃあ実家で過ごすの?」
「てめェにはカンケーねーよ」
 つまり実家で過ごすわけでもないのだろう。かなり怖い想像がクリフの頭を駆けめぐった。
「……どうするの?」
「テキトー」
 ぶっきらぼうにそう言って、半屋はタバコの灰を落とした。
(適当…適当っていったらつまりそういうことだよね?!)
 今までの彼女の中にそういう子がいなかったわけではないが、それにクリフは気づかなかったり、それはそれとしてなんとなく気づかないフリをしてきた。クリフはものわかりのいい恋人だったし、彼女たちもクリフに隠そうとしてくれていたから、そのかわいい努力だけで許せるかなという気になっていた。
 半屋には隠そうとする気配すらない。そのせいだろうか、何があっても止めなくてはという気になる。
「この部屋ならホント半屋くんの自由にしていいんだよ」
「てめぇがいねーのに来てもしかたねーだろ」
 なんだかとても殺し文句のようだが、言葉の選び方がめちゃくちゃなだけのようで、結局「なんにもしないで泊まれるわけない」という意味なのだ。
 恋人として、いやせめて友人としてでもいいから普通に泊まって欲しいのだが、たぶんそういう感情は半屋には理解できないのだろう。
 本当はとことんその路線で押していきたいが、うざがられるのは目に見えていたのでクリフは譲歩することにした。
「じゃあうちの家においでよ。ボクの部屋もここぐらいあるんだ。半屋くんこない?」
「ンなめんどくせーとこいけるか」
 考えてみればクリフは自室に人をさそったのは初めてだ。しかしにべもなく断られてしまった。
 このままでは確実に来週末は半屋は知らない女か男の家だ。
(…せめて女の子がいいけど、こんなこと言ったら認めることになっちゃうし、いったいどうしたらいいんだろう)
 半屋には友達がいないから、そういうことなしに泊まる家はない。高校の取り巻き達なら喜んで泊めるだろうが、その手の無償の親切もうざったいようだ。
(半屋くんの友達…っていってもセージしかいないんだし、セージには全部ぜったいないしょにしなきゃいけないし…速太くん――のところはお母さんがびっくりしちゃうだろうし。ああ、だいたいボクがそんなこと頼んだってわかったら絶対半屋くんにうざがられる!)
「くだんねぇことばっか考えてんじゃねーよ。さき寝んぞ」
 そう言いながら半屋はクリフが見立てたシャツのボタンを見せつけるように外した。綺麗な刺青が露になる。
 そしてクリフは誘惑に負けた。

つづく



ちょっとクリ半を書かなくてはいけない用があって、その練習に以前『似合う行事』で書くと言ってた「クリ半のイースター」をやってみることにしました。
 しかしトークを小説に直すと長くなりますねー(笑) トークだと短くすむのになぁ。これは一回で終わる予定だったのです。完璧な読み間違い(笑)
 そういえばクリフと××の性格の根本が似ている!というのは私の以前からの主張です。
 だから一見ちょっと似てるかと思いますが、そのあたりはごかんべんを。
 書いていてわかったのですが、ラブラブによって性格のよくなった××とクリフを比べたら、××の方が性格よさげですね(笑) やっぱ××は努力の人だから。ってクリ半で八樹について語ってどうするよ(笑)  


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