半屋はどうもかなり機嫌を損ねているようだ。 クリフはどうにか場を盛り上げようと必死に話し続けた。 「半屋くんイースターハンティングって知ってる? ペイントした卵を家のいろんなところに隠してさ、それを見つけるんだよ。うちでやるのは普通の卵ももちろん使うんだけど、その他にも割ったらおもちゃが入ってる卵とか豪華賞品と引き替えの卵もあってね…」 クリフが一生懸命する説明を半屋はまるで聞いていない。 「探すのも楽しいけど隠すのも楽しいんだよ。半屋くんもやってみない? もちろんバイト代ははずむよ。短期のバイトだから……うーんと…時給五千円ぐらいかなぁ。ちょっと安いかな?」 半屋は何も言わず立ち上がり、バスルームへ消えていった。
☆ ☆ ☆
半屋のシャワーの音が聞こえる寝室で、クリフはてろてろと考え続けた。 半屋のことは結構昔から知っている。友人?の梧桐が気にしていたから、その動向に気を配っていたのだが、聞こえてくるのは梧桐に言えない話ばかりだった。
その時点でもかなり気になっていたのだが、直接の知り合いではないし、現場を自分の目で見たわけでもないから、『まずいなぁ』と思いつつもそれだけですんだ。
でも知り合ってしまった。知り合って本当の性格を知って、それでも放っておくことはできなかった。 (―――まさかつきあうとは思わなかったけど) 半屋は気に入らない人間じゃなければ(これがほとんどいないのだけど)誰とでもつき合える人間で、それはクリフもたぶん同じだ。 だから軽い気持ちでつきあい始めた……はずだった。 ほっとけないし、男だけど好みのタイプだし。あと好奇心とちょっとした優越感。それだけだったと思う。半屋がついてきそうな声のかけ方はなんとなくわかったし。 だからってなぜ本当に声をかけてしまって、本当につきあいだしたのか、今となってはよくわからないけれど。 (そーいえばクリスマスパーティのあとふられたんだよねー ―――あれ? あの時つきあってたのって誰だったかな? えみちゃんだっけ…さゆりちゃん? みさちゃんは―――その前のパーティだったような気がするし…) 疑問に包まれて気持ちがそれたところに、半屋のシャワーの音が細く聞こえてきた。ふとその光景を思い浮かべてしまい、クリフは自分が何を考えていたのか忘れてしまった。
☆ ☆ ☆
シャワーから出てきた半屋はクリフが用意していたピアスをつけていた。 「思った通りやっぱ似合うねー」 ピアスはクリフの考えた順番ではなく、半屋らしいアレンジが加えられている。 「アァ?」 どうも半屋にはそれがクリフがあげたものだという認識が薄いようで、なに言ってんだコイツはと言いたげな目を向けられた。
せっかく似合っているのだが、あまりピアスの話をすると突き返されそうな気配を感じ、クリフは話をかえようと思った。 「いいお天気なんだから…」 「帰る」 しかしクリフの言葉は簡単に遮られた。 「え? だっていつも夜まではいてくれるのに」 うっかり口を滑らすと、半屋がギロリとにらんできた。いつでも本気な分、その視線は梧桐より怖い。 その視線だけで話がすんだと思っているらしく、半屋はさっさ帰り支度をして出ていった。クリフは話しかけるのだけはどうにかガマンして、部屋の玄関まで見送った。
(来週、どうしたらいいのかなー) その話もうやむやなままだ。クリフにしてみれば半屋が準備を手伝ってくれて、そのまま泊まって、パーティまで出てくれれば嬉しい上に安心だ。半屋だってきちんと考えてくれればそれがベストの選択だって気づいてくれるはずだ。
土曜日まではまだ間がある。同じ高校に通っているのだからまだまだチャンスはある。 (でも半屋くん学校で会いに行くとすごくイヤがるからなー) 学校では他人のフリ、というのが半屋から暗黙のうちにつきつけられたルールだった。それがクリフが梧桐と近いからというクリフ特有の事情によるものなら、共犯の愉しみを共有できるのだが、それ以前に週末の情事を日常に持ち込まれたくないだけのようだ。
(ちょうど四分の一ってところだよねぇ) 自分とつきあっていることに気づいていない週末だけの恋人。クリフの今までのつきあいに比べたらきっと四分の一程度のつきあいでしかない。 でもどうしてだろう。いままでの百パーセントのおつきあいをしていた恋人たちの時はこんな風に気になることもなかったのに。 つきあいが薄い方が気にかかるというものなのかもしれない。以前七股(!)かけられていた女の子のことも色々気にかかったし。でもそれともどこか違うような気がする。
しかし半屋の方はそうではないだろう。今までつきあった人間とまるで同じ。別れても三日後には名前まで忘れられてそうだ。 それは悲しいけれど、それが本当に悲しいのかといえばそうでもない。クリフは半屋を見ていて半屋はクリフを見ていない。ある意味それはどうでもいいことだ。 そうではなくて、別れた後の半屋を思うと悲しい。半屋はどうするんだろう。そうやって誰の名前も覚えずに、誰からも半屋だと思われずに生きて行くんだろうか。
なんだか落ち込んできたのでシャワーでもあびて気分転換を図ることにした。明るくて能天気な自分にはなかなか戻れそうにない。 (やっぱり他の子ともつきあったりしたほうがいいのかなー) シャワーを浴びながらも、考えることは結局同じだった。 半屋とは週末だけなので平日はヒマだ。たとえば明稜内でつきあっても、半屋が噂を気にすることもないだろうから鉢合わせさえしなければ大丈夫だろう。 『だからクリフって好き』 はしゃぐ女の子の声。やっぱりそういう子とのつきあいの方が自分には向いているのかもしれない。 でもダメだった。もしかしたら今はそういう女の子にうまく合わせることができないかもしれない。
気分を変えることができないままシャワーを終えてから、クリフは大きな鏡の前に置かれた見慣れた物を発見した。 この部屋のキー。 自分は絶対そんなところには置いていない。だからこれの持ち主は自分ではなくて。 「……半屋くんうまいなー」 こんな風にされたら半屋自身も、半屋のことを好きでなければその相手も傷つくことがない。でもこれはそんな配慮からでたものではなくて、単にエネルギーを使いたくなかっただけだろう。 振られるのはいつものことだ。だからいつものように明日には忘れて新しい相手を探しに行こう。 もう悩むことも苦しいこともないのだから。 「ホントうまいよねー……」 クリフはしばらくその場所を動くことができなかった。
つづく
まだ続きます(笑) なんかこう、クリフっていうのは本当にもてる、ということがなさそうなイメージですねぇ。でもそこが逆に愛おしいというか(笑) |