次の日。 「半屋くん、コンチネンタルでいい?」 「……いらね…」 「朝食抜くと体に悪いよ」 「いい…シリアル…」 半屋はまだベッドに潜ったままで、大きな窓ごしに差し込む朝日から逃れるようにもぞもぞと動いている。 「ほら、すごくいい天気だよ。どこ行こうか」 半屋はただイヤそうにベッドに潜るのみで、返事はなかった。 ルームサービスが届く頃、ようやく半屋が起きあがり、ベッドサイドの時計を見てその早さに憮然としていた。しかし目が覚めてしまったらしくそのまま食卓についた。 「半屋くんどっか行きたいところないの?」 クリフはコンチネンタルブレックファスト、半屋はクリフの買い置きのシリアルにミルクとシナモンシュガーをかけて食べている。 「ねーよ」 「京都の八坂神社のそばにいい料亭があるんだけど…」 半屋は無視して、シリアルを食べ続けている。 「じゃあ北海道でもいく? まだ寒いかなぁ」 クリフは少しでも半屋を驚かせて興味を持たせたようとするあまり、極端に走っていることに気づいていなかった。 「韓国…はちょっと大変かな? あ、でも台湾だったら日帰りできるよ」 誰でも驚くこと間違いなし!のそんな提案もあっさり無視されてしまう。 これでは半屋が本当になんの感情もない人間のようだが、そうではないことをクリフは知ってる。 ちょっとしたことにも驚き、小さな事でも大切に覚えている。意地っ張りで負けず嫌いで、だからこそ純粋でまっすぐで。こうやって二人で会っているときにそんな面を見たことはないが、でもクリフは本当の半屋を知っているのだ。 (うーん。何かもっとすごいところないかなー) クリフは少しでも半屋の心を動かそうと様々な提案をするのだが、半屋が興味を示すことも驚くこともなかった。 朝食を終え、半屋はソファーに移動していた。すっかりくつろぐ体勢で、せっかく早く起きたのに出かけようなんて気配はみじんもない。 オープンしたばかりのテーマパークに行こうだとか、ボク一級船舶もってるからクルーザー出せるよだとか、考えつく限りの誘いを口にしても、半屋はうるさそうにしているだけだ。 そしてそれはクリフがふと気を抜いた瞬間におこった。 ソファーにけだるげに横になった半屋の姿に、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ劣情を覚えてしまったのだ。 しかし動物的カンの鋭い半屋がそれを見逃すはずもなく、すんなりと伸びる白い腕がクリフの首に回された。 「わー!! 半屋くんそれはまずいって!!」 クリフを見上げる半屋の瞳の色もその肢体も蠱惑的で、しかもタイミングが良すぎるから、あらがうのがとても難しい。 でもクリフは半屋を知っている。 だからこれが「ぐだくだうるせーんだよ。オレはここにいたいんだ、黙れバカ」という程度の気持ちから出たものだとわかるし、半屋側にはそういう欲があるわけではないこともわかってる。 半屋はクリフの首に腕を回したまま、大きな目でクリフを見上げていた。その半屋の唇に目が吸い寄せられてしまう。 クリフは楽しい恋愛しかしたことがない。だからこういう場合も『半屋くんエッチだね』などと言いながら誘いに乗る以外の対応の仕方がわからない。 半屋自身の欲から出ていない分その誘惑は的確で、心臓の音が大きくなり、思考能力が下がっていくのを感じる。まずい。このままじゃ。でもなにがまずいのかだんだんわからなくなってくる。 「だからまずいって半屋くん!」 それでも懸命に目をそらし、どうにかかわしきったかな、と思ったとき、 「アァ?」 半屋がすごく不機嫌そうにクリフをにらんできた。その表情がダメだった。 そしてクリフはまた誘惑に負けた。 (んー。なにがちがうのかなー) 半屋はクリフに背を向けて、丸まるように深い眠りについている。まだ午前中で、いい天気のままだったが、自業自得なので起こすことはできない。 (なんか違うんだけど。うーん) 今までの『おつきあい』と半屋とのつきあいでは何かが決定的に違う。 男とつきあうのは初めてだし、相手がクリフの事を好きなフリさえしないのも初めてだ。でも違いはそこにあるのではない気がする。 (気がついたらここの鍵まで渡してるし…) クリフはため息をつきながら、こちらを向こうとしない半屋の頭を見つめていた。 そうしていると、クリフにとっては何か違うのに、半屋にとっては今までの人と同じなんじゃないかなという考えがふと浮かんできて、ちょっと落ち込む。 きっと今ここにいるのがクリフじゃなかったとしても、半屋は何もかわらないのだろう。 (半屋くんのことよく知りもしないのに) 半屋のことを知りもしないくせに簡単に手を出して簡単に忘れてゆく、そんな人間に半屋を触られるのは、なんだか我慢できない。 (―――そうだ、来週!!) 考えたくないので忘れていたが、来週クリフはこの部屋にこれない。 でも来週も半屋は『いつもどおり』の生活を送るつもりらしい―――つまりクリフではない人間と夜をすごすということだろう。 そう考えるとものすごくイヤでたまらない。そんな簡単に……半屋にとっては簡単なことだとは知っているけれど、とにかくイヤでたまらない。 いままでの『カノジョ』たちのほとんどがクリフとつきあっている最中に他の男とも関係をもった。クリフは今まで『カノジョ』を自分から振ったことがない。だからつきあいの終わりの頃にはそういう事態がよく起こった。 でもそれは自分に何かの落ち度があるからだろう。だからカノジョが他の人間と関係を持ってもどうにか自分を納得させることができた。―――決して傷つかなかったわけではないけれど。 でもこんな風にとにかくイヤなのは初めてだ。イヤでイヤでそれ以外の考えが入る余地がない。納得なんてしようとも思わない。 「半屋くん、半屋くん!」 気がつくとクリフは半屋を揺すり起こしていた。ムリヤリ起こされた半屋の機嫌は最悪で、ものすごい怖い目でクリフをにらんでいる。 「来週、バイトしない?」 「あぁー?」 「バイト。そうだ、うん、それがいいよ。バイトしようバイト」 来週の日曜はラッキーなことにイースターだ。ローヤー家ではイースターパーティと、近所の子供を招待してのイースターハンティングを催す。 イースターの準備はその前日の土曜日に行うのが決まりになっている。 イースターはキリストの復活を祝うお祭りだから、キリストの受難日である金曜日やそれ以前には復活の祝いの準備をしてはいけない。だからイースターの準備ができるのは土曜日だけで、土曜日は徹夜の日と呼ばれるぐらい大忙しなのだ。 「夜遅くまでかかっちゃうから寝るところは準備するよ。人手が足りないんだ。半屋くん手伝いに来てくれないかなぁ」 これ以上の案はない!とクリフは浮かれた。しかし半屋はたたき起こされたせいだけではなくムッとしている。 「間に合ってる」 「入院費がいるんじゃなかった?バイト代はずむよ」 「てめーに言われる筋合いはねー」 「イースターエッグを作るんだよ。半屋くん工業科だからきっと得意だと思うよ」 「くだらねぇ」 家に泊めてしまえばこっちものだ。変な心配もしなくてすむし、そのままイースターパーティに出てもらうこともできるはずだ。 イースターにはおろし立ての服を着るのが習慣だ。今からこっそり準備しておこう。 「すごく楽しいんだよ。朝ご飯は卵ばっかりになっちゃうけどね」 「……」 半屋からの返事はなかった。 つづく 基本的に「ソング」を見つける才能に欠ける私ですが、ぼーっと『愛のバカやろう』を聞いていて結構いけるかも!と思いました(笑) まんま使えるワケじゃないんですがテーマとかがね、いい感じ。あんな歌詞がストレートなアイドル歌謡に「ソング」を感じてどうするって感じですが(笑) |