めいりょうせかいりょこう 二回目のシンガポール2

注意:ラッフルズホテルは有名な割に宿泊者以外立ち入り禁止なところが多いのです。せっかく止まったのだから写真をアップしないともったいない!というわけで、写真をアップしてあります。コメント付きなので少々うざいです。そのへんはごめんなさい。

 シンガポールのホテルの朝食はだいたいビュッフェ形式です。色とりどりのフルーツと焼きたてのパン、搾りたてのジュース…そういったものを心ゆくまで食べることが出来ます。
 八樹と半屋のツアーは滞在中すべて自由行動というプランでしたので、二人はゆったりと朝食を過ごしていました。

 


朝食。6種類の蜂蜜やフルーツ・デザートコーナーが充実です。

 少々残念なことに、ティールームには、日本人の客しかいません。
「ツアーの人かな。それにしてはみんな遅いね」
 八樹達のツアーの人たちでラッフルズを選んだ人は他にいないようでした。普通のツアーは朝七時ごろから市内観光です。妙に余裕のある家族連れたちが、どういう人たちなのか、八樹には見当がつきませんでした。
「この辺に住んでる奴らだろ」
 シリアルとフルーツを食べながら、半屋が云いました。
「そうかなぁ」
 確かに服が少々くだけているようです。でも近くの人がわざわざここに泊まりに来るものでしょうか。
「携帯」
「え?」
 半屋はそれ以上説明をしてくれません。半屋の言葉が足りないのはいつものことなので、八樹は想像をめぐらしました。
 家族連れのお父さんたちは、携帯を腰から下げています。
(携帯………? あれ?)
 ここは海外です。わざわざ携帯を下げていても仕方がありません。しかも、形が日本のものではありません。
「ああ、本当だ。この近くの国の人とかなんだろうね」
 半屋はいつも周囲に関心がなさそうですが、意外にいろいろなことに気づいていたりもします。それをほめたりすると、とたんに機嫌がわるくなるので、心の中で感心するだけにとどめて、八樹は食事を続けました。
 八樹たちはさまざまな珍しいフルーツなどを食べながら、楽しい朝ご飯タイムを過ごしました。

 シンガポールの朝は遅いです。二人はお店が開くまでの間、ホテルのプールで泳ぐことにしました。
 高層ビルの谷間にぽっかりと浮かんでいる、誰もいない静かなプールは、まるでどこかの楽園のようです。
 誰もいない水の中で泳ぐと、水の抵抗がとても優しく、心地良いのです。


プール。誰もいなくて気持ちいいです。

 八樹がプールで泳いでいる横で、半屋は起きているのか、寝ているのか、デッキチェアで休んでいました。
「半屋君」
 八樹がプールから上がって声をかけると、半屋は眠そうに薄く目を開いて、また閉じました。半分寝て半分起きているという感じです。
「誰もいないね」
 異国で二人きり。なんてロマンティックなシチュエーションなのでしょう。


 実は八樹は、ここに来る前、チャンスがあったらプロポーズをしようと考えていました。
 もうお互いの両親も(かなりしぶしぶとはいえ)認めてくれていますし、友人達が結婚式のまねごとをしてくれたりもしました。でもまだ二人できちんと誓い合ってはいないのです。
 今がその時機だ。
 八樹はそう思いました。そして、ドキドキしてきたので、呼吸を整えました。
 その様子に半屋が目を覚ましました。半屋は気配にとても敏感なのです。
「半屋君」
 半屋はいぶかしげな瞳で八樹を見ています。
「俺と結婚してください」
「はぁ?」
 半屋はしばらく驚いて固まっていましたが、見る間に機嫌が悪くなっていきました。
「おい。てめぇ―――」
 半屋はそこでぷつっと言葉を止めました。そして一回八樹を睨みつけて、そのまま八樹に背中を向けるように寝返りをうちました。
「ちょっと待って。半屋君、誤解だって」
 半屋は八樹に背を向けたままです。
 今までさんざん新婚旅行だと言っていたのは八樹です。その八樹が、今更改めてプロポーズしているのでは、一体、今までのはなんだったのかと思って当然でしょう。
 まずい。八樹は焦りました。きっと半屋は、新婚旅行だと浮かれていたのは自分だけだったのかなどと(とても浮かれているようには見えませんし、実際、浮かれていないようですが)思っているはずです。
「だから、あのね、俺が言いたいのは、ええと………」
 八樹はどちらかというと弁が立つほうです。しかし、半屋の前では飾った言葉を使うことが出来なくなってしまうのです。
 何と言って良いのかわからず、気ばかりが焦り、八樹はしばらく絶句してしまいました。


 そうしているうちに半屋が寝返りを打ちました。とても険しい顔ですが、八樹の方を見ています。
「だから………二人で、きちんと…してないよね、俺達」
「何が」
「プロポーズとか指輪の交換とか、そういうの」
「バカかてめぇ」
「やっぱりきちんとしたいよ、俺は」
「一人でやれ」
「だってまだ俺は結婚してくれとも言ってないし、半屋君からの返事ももらってない」
 半屋はしばらく難しい顔をして黙っていました。
「前に言った」
 小さな声で、吐き捨てるようにではありますが、確かに半屋はそう言いました。
 家族との食事会の時は、半屋の姉にからかわれたせいで暴発して、ミユキが企画した結婚式のまねごとの時は、ミユキの泣き落としにあって、半屋は八樹と生きてゆくのだと言ってくれました。
「そうだね。ごめん」
 本当はきちんと八樹自身から聞いた返事が欲しかったのですが、ちょっとそれは半屋にとっての負担が大きいようです。
 ぶっきらぼうに『前に言った』と言ってくれた半屋を見て、八樹はすっかり幸せな気分になってしまったので、実は指輪とかを日本から用意してきていたのですが、まあそれはそれでいいかという気になりました。
「半屋君ありがとう。俺は――」
 八樹の決意表明をさえぎるように、半屋は立ち上がり、プールに入ってしまいました。


プール。右手のテラスがこの後ちょこっと重要(笑)



 しばらく半屋の泳ぎを眺めてから、プールに入ると、とても珍しいことに半屋が八樹の方に泳いできました。
「で、何がしたかったんだ、てめぇは」
「何が? ああ、別に…」
「言いたいことがあるなら早く言え」
 こうやって気を遣ってくれるでけでも嬉しいので、八樹はもうそれでいいのですが、本当のことを言わないと、半屋は納得しないでしょう。
「だからね、二人の結婚式をしたいかな、って」
 半屋は呆れて八樹を見ています。


 そして何か思い出したらしく、八樹を見てニヤリと笑いました。
「てめぇ知らねぇのかよ」
「何を?」
「同性愛禁止らしいぞ」
「え? でも本当に結婚式を挙げようってわけじゃないし。さすがに教会でとかは無理なのはわかってるよ」
「そういう意味じゃねぇ」
 じゃあどういう意味なんだろうと八樹は考えました。半屋がさっき少し笑ったのが気にかかります。
「もしかして、本当に禁止ってこと?」
「どうだかな」
 禁止と言われても、人を好きになることは止められません。ならば…
「しちゃいけないってこと?」
「さあな」
「じゃあさ、こうやって……半屋君にキスしたりしてもダメってこと?」
「調子にのるんじゃねぇ」
「ダメって言われても………もう昨日しちゃったし」
 八樹は水中で思いっきり蹴りを受けました。水中でスピードが落ちているとはいえ、かなり痛いです。
「痛いよ半屋君」
 半屋はそっぽを向いてしまいました。
 でも八樹にはわかります。今は話せる雰囲気です。
「後で指輪を渡したいんだけど、受け取ってくれる?」
「………」


「俺、指輪しようと思って」
「あ?」
「だから、有給終わって帰ってきたら指輪をしてました、って感じにすれば、あまり追求されないだろ」
「ンなもんするんじゃねぇよ」
「俺はしたいし、しといた方が何かと便利だしね」
 八樹は他人をごまかすことにかけては自信があります。タイミングをずらせば、指輪について聞かれることも少ないでしょうし、聞かれても「ええ、まぁ…」とか適当に言っていればどうにかなるはずです。
 恋人がいると公言しているにも関わらず、よくわからないアプローチをかけてくる女性が何人かいて、困っているのです。それだけではなく「うちには娘が一人いてね…」などと言ってくる人も何人もいます。
 というわけで、八樹は『有給で旅行に行ったと思ったら、指輪をして帰ってきた作戦』でいこうと思っているのです。
 同性なので、結婚できないとはいえ、実質は結婚しているわけですから、きちんとけじめをつけたいのです。
「勝手にしろ」
 さすがに結婚している自覚はあるらしく、半屋はそう言ってくれました。
「じゃあ、ここでしようか」
「何を」
「だから結………じゃなくて、指輪交換式」
「一人でやれって言ってんだろ」
「半屋君………。じゃあ、今日の夜の12時ね。夜中ならよけい人もいないだろ」
 半屋が何も言わなかったので、それはそのままで決まりのようでした。

 それから二人で観光や買い物にでかけました。
 八樹はどうしても浮かれてしまって、手を繋ぎたい気分でしたが、一応自粛しました。


夜のプール。誰もいないです。写真が悪いですね。


 そして待望の夜がやってきました。
 誰もいない夜のプールサイドのテラスに、二人で座りました。半屋はなんだかんだ色々言いましたが、結局八樹の指に指輪をはめてくれました。
 八樹も半屋の指に指輪をはめ、「半屋君がいやになるまで、ずっと一緒にいさせてね」と言って殴られました。 

 次の日は、毎日届けられる新鮮なフルーツを部屋の前で食べたりしながら、たっぷりと新婚気分を満喫しました。
 つい調子にのってしまって、時々殴られましたが、八樹はとても幸せでした。


部屋の前のくつろぎスペース。二人用のも(撮影ミスして写真ナシですが)各部屋ごとにあります。

「今度来るときは犯罪じゃなくなってるといいね」
「まだ来る気なのかよ」
「半屋君と一緒だったら、別にシンガポールじゃなくても、どこでもいいけど、また旅行しようね」
「気が向いたらな」
 そして二人は飛行機に乗り、二人で暮らす家へと帰っていったのでした。


 

 

おわり
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