細かい雨が突然降ってきた。
体の奥まで冷やす雨だ。
そう思ったとたん、八樹は半屋のことが気になった。
さっき、廊下からいつもの場所にいる半屋を見かけた。なんだかぼーっとしていたけれど、雨が降ったらちゃんとどこかに移動するのだろうか。
(いくらなんでも、雨に気づかないってことはないよね)
一度気になりだしたらたら止まらない。八樹は工業科裏に引き返した。
(………やっぱりまだいるよ)
雨が降っているにもかかわらず、半屋はその場所にいた。雨に気づいていないというわけではないようで、大きな目で雨を見上げている。
(雨粒が目に入らないのかな?)
いろいろ気になって仕方がない。そのまま無視しきることができなくて、八樹は半屋のそばへ歩いた。
「こんなところにいると濡れるよ」
「なんだてめぇ」
「だから濡れてるって。風邪ひくよ」
「オレの勝手だ。てめぇには関係ねぇよ」
(………って言われても………)
いくらなんでも人間として、濡れっぱなしの人間を無視するわけにもいかないだろう。
「傘がないなら貸してあげようか? 俺、置き傘あるから」
「大きなお世話だ。てめぇと話すような気分じゃねぇんだよ。さっさと消えろ」
そう言いながら、八樹を弾くように振った手にも、細い首筋にも、雨粒がついている。
傘をさしかけようとも思ったが、さしかけたら傘を弾き飛ばされてしまいそうだ。無駄な波風は立てたくないし、飛ばされた傘を拾いに行くのもみっともない。でも目の前で知り合いが濡れているのに傘をさしかけないというのも妙だ。
何をどうしたらいいかわからずに、しばらくそのまま悩んでいると、
「てめぇいつまでそこにいるんだよ」
と言われた。半屋はしばらく八樹を無視していたのだが、ついにしびれを切らしたらしかった。
「半屋君、なんか暖かいものでも飲もうよ。俺、おごるからさ」
ちょっとした思いつきだったが、返事はなく、ただじろりとにらまれる。
「さっさと失せろ。殺すぞてめぇ」
「ここで殺されるのはいやかな。雨に濡れて汚いし」
半屋はやってられないといいたげに息を吐いて、そっぽを向いた。そして無意識なのだろう、ポケットを探っっていたが、そこで止まった。さすがに雨の中で煙草を吸わないくらいの常識はあるらしい。
そうこうしている間に半屋の制服が雨に濡れてきている。このまま無視して帰ってもいいのだが、それも後味が悪い。
「ねぇ、半屋君。本当に濡れるよ。行くところないなら、うちの部室使ってもいいから」
「んだよ、てめぇまだいたのか」
「意地張ってないでさ、煙草だって吸いたいんだろ」
「いやに熱心じゃねぇか。なんか裏でもあんのかよ」
「別に裏なんかないよ。でも確かに俺にしては熱心なような気もするね」
どうしてだろう、と八樹は考えてみた。たしかに妙に一生懸命な気がする。これが他の人だったらこんなに熱心に言うだろうか。
(他の人って―――他の人だったら、そもそもこんなバカなことしないし。それに他の人だったら、こんなになる前に、誰かがなにか言ってるだろうし)
それに普通の人間だったら、他人にどう親切にしてもらったら良いかを知っている。半屋だからこういうことになるのだ。
「まぁこのまま帰って、君が肺炎でも起こして死んだりしたら寝覚めが悪いしね」
「てめぇがそんな殊勝なタマかよ」
そう言いながら半屋は立ちあがった。居心地が悪くなると場所を変える猫みたいな動作だ。
「どこいくの?」
「てめぇには関係ねぇ」
そう言いながら校門に向けて歩き出す。そのまま帰るつもりなのだろう。
「半屋君、傘は?」
「いらねえ」
濡れたまま、半屋が遠ざかってゆく。雨の中歩くのに慣れているのだろう、まるで雨が降っていることを感じさせないような足取りだった。
(なんだかなぁ………)
もしかすると半屋はいつも傘を持っていないのではないだろうか。
(確か病弱だとかいってなかったっけ)
半屋は良く休むが、実は風邪をひいて寝込んでいるのかもしれない。いや、それよりも風邪をひいても傘をささずに学校にきてたりしそうだ。
(なんだかねぇ………でも、ほっとけないよね、さすがに)
こんなのでは雨が降ればまた気になってしまう。
八樹が心配したところで半屋には通じないし、また追い返されるのがオチだろう。
でもまぁ、人の心配をするというのも、疲れるけど悪くはない。自分の中に人をほっとけないなんて気持ちがあることも初めて知ったし。
(俺も帰ろうかな)
八樹も校門に向けて歩き出した。静かな工業科裏を抜けると、下校を急ぐ人の群れに飲み込まれた。みんな傘をさしている。傘をささずに歩いている人間なんてどこにもいない。
今頃半屋は電車に乗っている頃だろうか。濡れた体に冷房はこたえるから、冷房車じゃなければいいけれど。
気がつくと半屋の事を考えている自分がおかしい。どうせ雨があがれば忘れてしまうのだろうけど。
自分の中で何かが始まったことに気づかずに、八樹は駅へ急いだ。
某さんとの電話中に「雨をテーマに400字限定SSとか書いてみるのも面白そうだよね〜」という話になりました。400字くらいだったら余裕で書けそうです。というか「SS七本勝負!」とかいう題で更新してみたり〜と夢は膨らみ、まずは一本書いてみることにしました。
しかしなんだか長くなります。「うーん、400字は無理かも。1000字くらいなら…」と思いながらもどんどん長くなります。長くなるうちにこのSSに愛着がわいてしまい、結局まともなSSにすることにしました。なのでいつもよりちょっと詰め込み気味。結局2500字ってとこでしょうか(笑)
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