ネオテニー5





 半屋はいくつか面接を受けた。
 どこも人手不足の職場だったから簡単に採用が決まりそうだった。
 ただ、もう自分は一人ではない。今までのように適当に職場を選ぶわけにもいかない。

 明日には一つ目の結果がくる。
 半屋が働きに出ることになれば、八樹を今までのように家の中だけで過ごさせるわけにもいかないだろう。
 少し考えて半屋は八樹を公園に連れていくことにした。
 この一ヶ月他の子供と遊ばせなかったせいか、始め見られた卑屈さはかなり消えたように見える。
 それに半屋に対する反発の鋭さを見れば、この子供が単にいじめられているだけの弱い子供ではないこともわかる。

 八樹はまだ全身で拒絶を示したままで、それでも半屋に従った。
 半屋の斜め後ろ、二三歩離れた位置に無表情のままで、足音もたてずについてくる。
 半屋は八樹を気にすることなく、自分のペースで公園に向かった。

 このおかしな子供のことを半屋はなぜか理解できるような気がする。
 他の人間のことは、何を考えているのか、何が必要なのか、まるで理解することができないのに、この子供のことはわかる気がする。
 理解するつもりがあるわけでも、理解したいわけでもない。ただ、空気の流れを読むように自然に、この子供のことがわかるときがある。


 「オレはここにいる。てめぇはテキトーに遊んでこい」
 公園の入り口で半屋がそう言うと、半屋の側にはいたくないのだろう、八樹はすぐにどこかに消えた。 

  緑道にあるベンチで半屋はタバコを吸っていた。
  凍てつく冬の午後、公園に来ている人間は少ない。
 しばらくそうしてから半屋は様子を見に行った。
 
 この公園の一角には滑り台や砂場のある児童遊園がある。そこで遊んでいる子供たちの中で、どこに八樹がいるのか見つけることができなかった。
 見えてはいたのだが、納得することができない。
 子供たちの集団の中で、ただ一人、遊んでもらっている子供。
 他の子供は自ら遊んでいるのに、八樹だけが追従の醜い笑みを浮かべて集団のあとについていた。
「帰んぞ」
 このまま放っておくのはよくない。とっさに声をかけると、八樹は歪んだ笑みを張り付かせて半屋を見た。
 そして、八樹を待とうともしない子供たちの後を追おうとする。
「待ってよ」
 縋りつくような、媚びを含んだ声。歪んだ笑みを浮かべたまま。
「笑うな。やめろ」
 半屋が腕を取ると、八樹はその腕を強く弾く。
 そうしている間に、子供たちはどこかに消えてしまった。
「帰るぞ」
「いやだ」
 八樹は殺意すら感じる瞳で半屋を睨みあげた。
「こい」
 力任せに引っ張ると八樹は半屋の手に噛みついてきた。
 鋭い痛みが走る。 肉がえぐれて血が出ているようだったが、別に気にならなかった。
 そのまま引っ張ると八樹は抵抗せずについてきた。

 家に帰っても、八樹は恨み言を言うでもなく、半屋の傷を気遣うでもなく無言だった。
 不思議なことに八樹には他人といるときの不快さを感じない。それは自分で育てようと思ったからではなく、それより前、初めて八樹がこの家に来たときからだ。
 八樹のピリピリとした緊張やむき出しの敵意は、半屋にとって不快なものではない。
「公園、行きたいか?」
 しかし、そう訊くと八樹はあの卑屈な笑みを浮かべる。
「うん」
「バカかてめェは」
 そう切り捨てると八樹は傷ついた瞳をして、半屋をにらんできた。



 



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