他の人の夢を操れると言われても、操りたいような他人なんてめったにいない。
(梧桐君が俺に負ける夢をみたら、どうなるのかなっていう興味はあるけど………。さすがにそれは卑怯なような気がするし)
八樹に負ける夢を見た梧桐が八樹を恐れる、という想像は妙に魅力的だが、そういう卑怯な方法で梧桐に勝ちたくはない。
(だから他の人に夢を見せるって言っても、部の人たちじゃ、せっかくの機会なのにもったいないし―――)
一つのことを思いついてしまうと、それ以外のことを思いつくのは難しくなるものだ。色々考えてはみるのだが、梧桐が自分に負ける夢をみたらどうなるのかという興味が頭から離れなくなってしまった。
(別に本当にそんな梧桐君が見たいわけでもないんだけど………ちょっと面白そうだし)
それに、たったそれだけのことで弱くなる梧桐なんて意味はない。だから、夢を見せてもいいはずだ。
(でもやっぱり、そんな夢が刷り込まれた梧桐君はイヤかな)
「感謝の気持ちですから、本当に経験したのと変わらないくらいの夢にします」
ムトはどうやら八樹が親切な人であるという誤解をしているらしく、八樹が何を考えているのかには気づかないで、純粋に張り切っている。
「そんなしっかりした夢じゃなくてもいいんだけど」
「できますよ」
「できるの?」
「ええ。普通の夢程度でいいんですよね。僕、そっちの方が得意です」
「たとえば二三日したら忘れたり?」
「忘れるのが夢ですから」
それはそうかもしれない。
なら試してみるのもいいだろう。それに、どうせここにいる夢魔は自分の妄想なのかもしれないのだし。
「実はね………」
八樹は、八樹の性格を誤解しているらしい夢魔の誤解を解かないように、少し気弱そうに微笑みながら自分の意図を伝えた。
自分には梧桐というライバルがいて、彼との勝負を楽しみにしていたのだが、筋を痛めてしまった(別にどこも痛めてはいない)。一度でいいから彼に勝ってみたかった(もちろんまだ勝つつもりだが)。卑怯だと思うが一度彼に勝った気分を味わってみたい―――
八樹が淡々と語る話を、ムトは熱心に聞き入っていた。
「わかりました。がんばります。でもいいんですか? きちんとした夢じゃなくて」
「うん。そこまで卑怯なことはしたくないから」
こんな手段で勝つのはイヤだしね、と八樹は内心で付け加えた。
「悪夢ですので、何日かかかると思いますけど―――」
「悪夢?」
「ええ。こういうタイプの夢は一回じゃ効果が現れないんです。寝るたびに必ず夢を見るというのでないと」
「それじゃあ忘れられなくなるんじゃない?」
「それは大丈夫です。忘れられるようにしておきますから」
ではまた明日、と言ってムトは消えた。
次の日、ムトが再び現れるまで、八樹は小さな夢魔のことをすっかり忘れていた。
「あさってくらいには効果が出るはずです。けど―――」
「けど?」
「いえ、何でもありません。もう昨夜から夢を見ているはずです」
「どんな内容の夢かはわかるの?」
「わかりません。夢の細かい部分を作るのは、見ている本人ですから」
梧桐はどんな夢を見たのだろうか。その中で自分はどう梧桐に勝ったのだろうか。そう考えると少し楽しかった。
数日して八樹は生徒会室を訪ねた。ムトの言うとおりだとすれば、梧桐は八樹に負ける夢を見続けているはずだ。
「何の用だ」
梧桐はいつものようにそこにいた。八樹を見て恐れる様子はない。
「別に用っていうほどのことはないけど」
なんらかのリアクションがあるものだと思っていた八樹は、無反応な梧桐を見て、何をしてよいのかわからなくなってしまった。
「用がないなら帰れ。オレは忙しい」
おかしい。とても自分に負け続ける夢をみているようには見えない。
「梧桐君、近頃変わったこととかない?」
「別に何もない」
やっぱりあれは自分の妄想なのだろうか、と八樹は不安になった。近頃は、さすがに妄想ではないような気がしていたのに。
梧桐が何も言わないので、生徒会室は静まりかえっている。生徒会役員のいない時間を狙ってきたせいもあるのだろうが、何の用もないのに梧桐と二人きりというのはかなり気詰まりだった。
「たとえば―――何か夢を見たり、とか」
「夢? 夢など見ないぞ」
「見ない? もしかして梧桐君、ずっと夢を見てないの?」
「見ていない。用がないなら帰れと言ったのが聞こえなかったか」
一応友人なのだから、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな、と八樹は思った。しかし考えてみれば、梧桐と普通の友人らしい会話をしたことはない。
「用がないなら来ちゃいけない?」
「用がないと来ないのは貴様の方だろう」
梧桐は書類に目を落とす。どうやらそれで話は終わってしまったらしかった。考えていたこととは違いすぎて、八樹はいらついた。
「梧桐君、また勝負してもらえないかな」
夢を見せてすぐに勝負するのはやめようと思っていたのに、それに今は梧桐との勝負に向けての練習などしていないのに、気がつくと八樹はそう言っていた。
「断る」
梧桐は素っ気なかった。八樹はますますいらつく。梧桐が自分の勝負の申し出を断るなどと思ったことはなかった。
「俺に負けるかもしれないから?」
「今の貴様と闘ってもムダだ」
梧桐はふてぶてしく笑った。それを見て八樹の苛立ちは急に収まった。
「確かにね」
結局、梧桐はよく八樹を見ているのだ。そう八樹は気がついた。今、八樹には梧桐と闘う気はないし、言える用など持っていないのも事実だ。
「じゃあ帰るよ」
「ああ」
梧桐は顔を上げなかったが、八樹の気はなんとなく収まっていた。
しかし、家に帰って考え直してみると、結局梧桐が夢を見ているのか見ていないのか、つまり夢魔が幻覚なのかどうかはまるでわからないままだった。
「どうでしたか?」
毎日、律儀に同じ時間に現れる夢魔は心配そうにしている。
「よくわからなかった、かな」
「実は―――あの梧桐さんという方はあまりに精神力が強すぎて………」
「夢を見ない?」
「いえ、見てはいるはずなんですけど………夢では気持ちに影響がでない、かもしれないんです」
「なるほどね」
梧桐ならありえる話だし、これが幻覚なのだとしたら、自分のつじつま合わせの能力に感心するだけだ。
「どうしますか? 続けます?」
「いや、もういいよ」
これ以上同じ事を続けても無駄だろう。
「あ、あの、淫夢だったら…」
ムトは焦ったように言った。
「インム?」
「いやらしい夢です。それだったら、たとえ精神力の強い人でも影響がでると思うんです」
八樹は少し驚いた。なるほど、もし夢魔だというのが本当だとしたら、そういう夢を見せるのはお手の物だろう。
「淫夢ねぇ―――」
たとえば梧桐がいつも側にいる幼なじみの夢を見たとする。だからどうだという感じだし、面白くもなんともない。
しかしとにかく夢を本当に見せることができるのか、確証を得ないことにはなにも始まらないのだ。
(なら御幸君、とか)
それはそれで面白そうだが、万が一それで二人がまとまってしまったりしたら、自分の責任は重大だろう。
(御幸君はまずいとして、どうせ同じ男なら半屋君、とか)
そこまで考えて、八樹の思考は止まってしまった。
梧桐と半屋。今までそんなことは考えたこともなかったけれど、考えてみればあり得ない話でもない。
表面上、二人は非常に仲が悪いが、特殊な感情で結ばれていることを八樹は知っている。
恋愛関係ではないだろうが、もし二人に肉体関係があったとしても、きっと自分はそれほど驚かないのではないかと思う。
(実際そうだったらやっぱり驚くだろうけど、ある意味納得っていうところはあるよな)
例えばもし、今日生徒会室を訪ねたのが自分ではなく半屋だったとしたら。梧桐はあのような態度をとっただろうか。
あのとき梧桐は、八樹が何らかの用を持って生徒会室を訪ねたことはわかっていたはずだ。しかしそれを聞き出さないほうが良いと判断し、八樹を追い払った。そう考えるのは過大評価だろうか。改めて考え直すと、もしあそこで梧桐が勝負を受けていたら困ったことになっていただろう。
しかし、もしあれが自分ではなく半屋だったら、梧桐は半屋の意図を見抜けただろうか。
(できないんじゃないかな)
どうも梧桐は半屋を把握し切れていないように見える。八樹から見ればひどく単純に見える半屋なのに、あの梧桐が掴み切れていない。それは―――
「あの、決まりましたか?」
そういえば謎の生き物が側にいたのだった。八樹はその存在をほとんど忘れていた。
「いや、まだ決まってない。決めるのは明日でもいいかな?」
「わかりました。じゃあ明日、また来ます」
そう言ってムトは消えていった。
つづく
もっとばんばか進む予定だったのに〜〜 すみません。
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