部活のない放課後、八樹が校門へ歩いていると、15センチばかりの小人が道に挟まって、人の足を懸命によけているのが見えた。
見間違いかと思い、何度か軽く瞬きしてみたが、どう見直しても小人が道でばたついているようにしか見えない。
しかも、どうやら他の人間にはこの小人が見えていないようで、このままではいずれ誰かに踏みつぶされてしまうだろう。
いつの間に自分がそこまでおかしくなっていたのかはわからないのだが、たぶんこの光景は幻覚なのだろうと八樹は判断した。
無視して通り過ぎようとも思ったが、たとえ幻覚でも、踏みつぶされた小人を見る趣味はない。
そこに向かって話しかけたりしなければ、他人には幻覚を見ていることはバレないわけだし、見てしまったものは仕方がないと思い直し、道に落とした物を拾うフリをして、八樹はその小人をつまみ上げた。
「あ、ありがとうございます」
小人は首根っこを八樹に捕まえられたまま、おじぎをしようともがいた。
話しかけてはいけない。ここは高校の敷地内だし、自分は一応、高校の有名人だ。
「ありがとうございます。あの………もしもし?」
見てもいけない。虚空を見つめる変人だと思われてしまう。
「あの、ありがとうございます。できればお名前を………」
八樹は小人を見ないようにしながら、素早く鞄のポケットに放りこんだ。
「あの………もしかして聞こえていませんか? ありがとうございます。あのままだったら踏みつぶされているところでした。あの………」
何かを言い続ける小人を無視して、八樹は部室へと急いだ。あそこなら今は誰もいないはずだ。
部室の鍵を持っているのは八樹を含めて数人しかいない。しかも八樹の他は週に一度しかない部活休みで羽を伸ばしまくっているはずだから、鍵をかけてしまえばここには誰も来ないはずだ。
八樹は部室の鍵を閉め、小人を取り出して自分のロッカーの中に座らせた。これでもし誰かが来ても、ロッカーを閉めれば大丈夫だ。
小人はしばらく黙っていたが、やがておそるおそる口を開いた。
「あ、あの………」
「なに?」
「よかった、やっぱり聞こえてたんですね。まったく返事がないから、どうしたらいいのかと思いました」
小人は心底ほっとした様子だった。
「先ほどはありがとうございました。あのままだったら大変なことになるところでした。本当にありがとうございます」
「ずいぶん簡単に外れたけど、自分では出れなかったの?」
訊きたいことはこんなことではないのだが、幻覚に向かって『で、君は誰なんだ』と訊くのもどうかと思うので、とりあえず小人に話を合わせる。
「ええ。あの、僕、空間のひずみにひっかかっちゃって、で、連絡鳥もひずみに飲み込まれてしまって、がんばって念波を送ったんですけど、あせっているせいかうまく出来なくて、歩いている人しかいないから、誰も眠ってくれないし、で、そんなときにあなたと目があって、で………」
「とりあえず、君は人間じゃないってことでいいんだね」
自分はこんなファンシーな幻覚を見るタイプではないような気がする。かといって、現実だと考えるにはあまりにすべてが突飛すぎる。
「はい、そうです。すごいですね。僕、人間の方に、こんなにすんなりと認めてもらったの初めてです」
「そう」
幻覚にしろなんにせよ、実際目の前にいる以上、それを否定しても仕方がないだろうと思うのだが、どうも普通はそうではないらいしい。
「あ、僕、ムトと言います。夢魔です。すいませんが、お名前を教えてください」
「夢魔………?」
「はい。人の夢を操る仕事をしています。ご存じですか?」
「聞いたことはあるけど」
「よかったです。で、あの、お礼をしたいんですが、なにか見たい夢とかありますか? 人間の方にお礼をするときは夢を三つまでというのが決まりなんです」
「別に見たい夢なんてないよ」
もしかすると、これは幻覚ではないのかもしれない。八樹はそう思い始めていた。しかし八樹がやったことといえば落ちているゴミを拾った程度のことなのだから、お礼と言われても困る。そんなことより、早く目の前からいなくなって欲しい。このムトとかいう小人の存在が現実にしろ幻覚にしろ、他人から、見えないものと話していると思われるのは厭だ。
「そうですよね。僕もそんなのじゃお礼にならないと思うんですけど、あの、一応決まりなので。おいしい物を食べる夢とかそんなので三回でいいんですけど。僕、がんばりますので、かなりおいしい物になると思います」
厭なことはさっさと終わらせてしまうに限る。どうだかなとは思うけれど、夢をリクエストするしかなさそうだ。
しかしそうは思っても、なにも出てこない。食べ物はどうせ消えてしまうので、夢でも現実でも同じような気はするが、残念ながら八樹には食べ物に対する執着がなかった。こういう時に定番の『いい女』というのも虚しいし、興味もないし、自分の幻覚かもしれない夢魔とはいえ、そんな内容を知られるのは絶対に厭だ。
「夢、ねえ」
梧桐をこてんぱんに負かす夢でも見たら、それはそれで面白いかもしれないが、そんなもんで満足する自分ではありたくない。
「大富豪になって美女をはべらせて、酒池肉林というのが定番らしいですけど」
そういえばこれがもし幻覚だとしても、夢を見るのは自分なのだから、結局幻覚か現実かの区別はつかないわけだ。普段は夢のコントロールなど出来ないが、幻覚まで見れるようになったら違うのかもしれない。
「あと、昔の話なんですけど、妹を身分の高い貴族に殺された人が、その貴族に殺された妹の夢を見せて、そのせいで貴族が改心したということがあったらしいですよ」
「え? 他の人に夢を見せることもできるの?」
「もちろんですよ。僕は夢魔ですから」
その夢魔―――ムトは、得意げに胸を張った。
他の人に夢を見せることができる―――…。それは面白いかもしれない。それが本当にできるかできないかで、これが幻覚かどうかもわかるだろうし、なにより、やり方によっては楽しそうだ。
「他の人、か―――」
八樹は考え込んだ。
つづく
ひっさしぶりにこういう「少し不思議」話をやるとウキウキしますね♪
なんだかのどかに始まりましたが、一応この後は裏っぽい微妙シリアスになる予定。
あと、初めてドリームウェーバーで作ってみました。使いやすいかどうかは微妙だな〜。本格的なサイトを作るためのソフトなので、私には身に余るかもしれない感じです。スタイルシートは簡単だったけどね。
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