火照った躯、汗ばんだ肌。体にはまだ情事の跡が色濃く残っているのに、もう普段通りの表情をして、ベッドの上で半屋はタバコを吸っていた。 誘えばいつでも簡単に手に入る身体。初めてこうなったときもひどく簡単だった。戯れにキスを仕掛けて、その日のうちに手に入った。予想に反して、あっけないほど簡単に。 その容易さと今のような醒めた表情は、八樹をひどく不安にする。自分以外の誰とでも半屋は簡単に関係を結ぶのではないだろうか。きっと、梧桐以外とならば。 「半屋君って、梧桐君のために死んだりできそうだよね」 自分を見ようともしない半屋を振り向かせたくって、八樹はふと思いついたことを言ってみた。 「あァ?」 梧桐の名前がでたせいか、半屋は八樹の方に向き直った。 「だから、そんな感じだよね」 「そういうてめェはどうなんだよ」 半屋は何を考えているのか読みにくい表情で八樹を見ている。まさか聞き返されるとは思っていなかった八樹は、とっさに考えがまとまらない。 「どうだろう……。状況によっては、そういうこともあるかもしれないな」 何も考えずに口に出してしまってから、八樹は自分で自分の考えに軽く驚く。 そんな八樹の様子を見ながら、半屋は笑みになるかならないかのところで口を歪めた。 「てめェこそ、死ねそーな感じだよな」 「半屋君は?」 八樹の顔を一瞬見つめて、半屋はタバコの煙を吐き出す。 「誰があんなバカのために死ねるかよ」 その声は、さっきまで八樹の下であげていた、どの声より甘く響いた。 それきり会話は途絶えた。 半屋は勝手に八樹の部屋のシャワーを使い、帰り支度を始める。もはや情事の気配など、どこにも残っていない。 「帰るの?」 「ああ」 半屋の態度はあまりに素っ気なくて、八樹はまた不安になる。半屋は自分のことを本当に認識しているのだろうか。 「たとえば……、俺が梧桐君だったとしても、そんなにすぐに帰ろうとするの?」 引き留めたいと思う気持ちが強すぎて、言うつもりではなかったことが口からすべりおちた。 半屋は顔をしかめて八樹を見上げた。かなり不機嫌そうな顔だ。しかし、言ってしまった言葉は取り消せない。 「うぜー奴は嫌いなんだよ」 「ごめん………」 「ったく、よぉ」 半屋はうつむいて、何を言っているんだか聞き取れない悪態をぶつぶつと言った。 「ったく、だから、……ったく…… だから、本来、うぜー奴は嫌いなんだよ」 『本来』を強調するように言って、また半屋はうつむいた。心なしか首筋が赤く染まっている。 「本来?」 八樹は始め半屋が何を言っているのか気がつかなかった。でもなんだか半屋の様子がおかしいので、少し考えてみる。 「ええと、それって、俺のことは嫌いじゃないってこと?」 そんなわけないよな、と心の中つぶやく。だって、半屋は簡単に手に入った。まるで八樹の人格を無視しているかのように、ひどく簡単に。 「ったく、ホントどーしょーもねぇな、てめェは」 半屋はイライラと、吐き捨てるように言った。 「てめェしかいねぇだろう? 梧桐はダメなんだから、オレが選べる奴はてめェしかいねぇんだよ。………てめェだって同じだろ?」 半屋の言うことは分かりづらい。でも、なんとなく言いたいことは分かった。八樹も半屋も梧桐への強いこだわりを持っている。そのこだわりを持ったまま認めあえる人間は互い以外に存在しない。 はじめから、あのはじめの日から半屋はそれに気づいていた。 「………うん。そうだね」 ただ、それだけの簡単な話。 「………で?」 半屋は強い口調で言った。 「?」 「で、結局てめェは何が言いたかったんだよ。聞いてやるからさっさと言え」 半屋が妙に尊大な態度で言う。もしかして、照れているのかもしれないな、と考えて八樹はなんだか幸せな気持ちになった。 「ごめん、なんの話?」 「だから、さっきの梧桐がどうのとかいう、くだんねー話」 半屋はいらだったように目をすがめている。でも、もしかすると、こういう表情も自分は読み間違えていたのかもしれない。 「うん。だから……」 ストレートに言おうとすると気恥ずかしい。結局、半屋はいつでも正直だったのに、自分は自分のプライドを守るための駆け引きばかりに気を取られていた。簡単に手に入ったことを表面的に考えて、半屋の真意に気づこうとしなかった。 「だから……、もう遅いし、泊まっていかない? って言おうと思ったんだけど………」 言い出せなくて妙なことを言ってしまったのだ。そんなことはとっくにバレていたようだった。 「ったく、だからうぜー奴は嫌いなんだよ」 半屋はいつものように吐き捨てたが、少し笑っているようにも見えた。 「本来は、だよね?」 だから八樹も余裕を持てる。 「ったく、調子にのんじゃねーよ」 そう言いながらも半屋は部屋の中に戻ってきた。そして、気が変わったから泊まってくと、聞こえないぐらいの声でつぶやいた。 |