夜は思考を歪めてゆく。
どんな事情だったのかはよくわからないが、半屋にはきちんと謝らなくてはいけない。たぶんかつての自分も謝ったのだろうが、それだけでは足りない。新たに知ってしまった以上、それは今の自分の罪なのだ。
―――しかし、その自分の中に根を持たない罪悪感は容易に歪み、別の感情を生み出してゆく。
彼の喉を突いた感触や、彼の骨を砕いた感触は、なんで自分の物ではないのだろう。かつてそれは自分の物だったというのに。
同じ事を繰り返したいとは思わないが、その感触を手に入れたくてたまらない―――醜い感情が吹き出して止まらない。
手に入れたい。かつては自分の物だったすべてを。思い出すのではなく今のまま手に入れたい。でもなぜか、過去の自分を取り戻したいとは思わない。なぜなのだろう。しかし八樹はそれについては深く考えなかった。
いつでも完璧な他人の目をしていて―――それが時々崩れた。もしあれが自分を遠ざけるための演技ならば、いつでも必死に演技をしているのなら―――なんてかわいい人だろう。一番はじめの泣きそうな声。八樹が記憶を失ったことに気づいたとたん偽名を名乗ったこと。まるでこの家に存在しなかったかのように完璧に消えてしまったこと―――まるで自分のために作られたかのようなかわいい、かわいい人。彼以外の人間なんて考えられない。
(―――単に愛想を尽かして出ていっただけだって)
理性はそうささやくのだけれど、なんの歯止めにもならなかった。
だって彼は自分の物なのに。
彼はきっとまだ自分のことを好きなはず。好きでいてくれて、傷ついていてくれるはずだ。昏い喜びが八樹を満たして行く。
(でも…なんで会いに行っちゃいけないんだったっけ…)
麻痺してゆく思考を止めようとは思わない。
(別に…強いとか強くないとか…半屋君が俺のことを好きなら…俺が半屋君を好きなら―――なにも関係ないはずだ)
それならばなぜ彼を自分の物にしてはいけないのだろう。
(…そうだよ、半屋君は俺の物なのに。半屋君は俺のことが好きなのに。なぜ会いに行っちゃいけないんだ?)
会いに行くきっかけならある。実感できないかつての自分が犯した罪を謝らなくてはいけない。自分が進んで会いに行く訳じゃない、謝らなくてはいけないんだから…
熱に浮かされたように頭に霞がかかっていく。
会いに行こう。きっと半屋もそれを待っているはずだ―――。
昼休み。八樹は友人の誘いを断って工業科へ向かう準備をしていた。
「八樹ー。嘉神が来たぞー」
しかし予定を変更せざるを得なかった。生徒会室に訪ねていったときに話題になっていた隠し撮りカメラの件で梧桐から呼び出しがかかったのだ。
(そういえばそんなことがあったな…)
あのときにはまだ自分の大切な人間が半屋だとは気づいていなかった。すでに遠い昔のような気がするが、まだ二日前の話だ。
生徒会室の扉を開けると、梧桐がふんぞり返って立っていた。この男を倒すために自分はその事件を起こしたらしい。確かに見ているだけでもちりちりとした苛立ちは感じる。そう思って知らず梧桐をにらみつけていたとき、廊下から甲高い声が響いてきた。
「半屋君! 早く入ってきてよ!」
八樹は心臓が急に動き出したのを感じた。
すいません。言い訳がたくさんありますー。解説コーナーへどうぞー
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