密やかな花


  いつもの資材置き場に、黒い子猫が眠っている。
 つややかな黒い毛並みが日を浴びて、いかにも気持ちよさそうだった。
 その資材置き場は普段、半屋が時間を過ごしている場所だ。
 子猫を追い払うのも面倒だし、かといって、わざわざ場所を変えるのも面倒で、半屋は猫の横に座り、そのまま目を閉じた。
 猫は動かず、眠り続けていた。

 そんなことが数度続いた。
 
 ある日、半屋がいつものように資材置き場で目を閉じていると、首筋にざらざらとしたものを感じた。
 ちょうどそのあたりに、だんだんと馴染んできた子猫の体温を感じる。半屋は別段興味を惹かれず、目を閉じたままでいた。
 不思議な猫だ。
 普通、野良猫は人間の隣で寝たりはしないし、人間をなめたりもしない。
 そんなことをふと思ったとき、鋭い痛みが半屋の首筋を襲った。
「……く…っ」
 猫にかみつかれたのだ。
 別に大したことではない。そう思ったが、猫は半屋の首にかみついたまま、しばらく離れない。
 そして、眩暈のように血が下がる感じがして、半屋は意識を失った。
 薄れゆく意識の中、軽やかに去って行く子猫が、振り向いて笑ったような気がした。


 再び目を開けたときには、すでに夕方にさしかかっていた。
 自分は猫に咬まれて気を失っていたということになるのだろうか。半屋はわずかに顔をしかめた。
 すでに子猫の姿はない。

 なんとなくだるく感じられる体を、ひきずるようにして、半屋は学校を後にした。


 その日から、食欲がまったく湧かない。
 食べ物に関心がないのはもとからだが、ここまで何も食べたくないのは初めてだった。
 ただ、体はひどく飢え、乾いている。
 体は何かを求めている。それなのに、それが何かはわからない。


 ある日の登校途中に、数を頼みにした下らない連中にからまれて、全員を倒した。
 何人かがナイフを持っていて、ところどころ服が裂けた。
 腕に普段なら気にもとめないようなかすり傷がいくつもある。放っておけばすぐに治る程度の傷だ。
 それなのに、半屋はなぜか吸い寄せられるようにその傷に唇を寄せた。
 わずかに甘い。
 求めている物ではないが、求めている物に近いような気がする。
 半屋は気を失った不良たちが残る場所で、無心に傷を吸っていた。

 しばらくして風が吹いた。
 風に乗って、いま味わった血と同質の、しかしそれの何倍も濃い甘い香りが運ばれてくる。
 半屋は顔を上げ、その香りの方を見た。
「半屋」
「……あ?」
 そこには厳しい顔をした梧桐がいた。
 梧桐から立ちのぼる甘い香りに、体の奥がざわめく。
 この顔に血が流れていた時、その血はどう光っていただろうか。
 ふとそんなことを思う。
 そういえば梧桐が汗をかくのを見たことがない。
 梧桐は汗をかくのだろうか。かくとしたらそれはどう体を流れるのだろうか。
 自分のおかしな想像に半屋は顔をしかめた。
「ついにおかしくなったか、サル」
 その瞬間、なにか衝撃を感じて、半屋はまた意識を失った。


「あ、目が覚めた? ホント、セージったらひどいよねー」
 目が覚めると、そこは保健室で、梧桐のところの外人がそばにいた。
 たぶん、梧桐に殴られ、気を失ったのだろう。
「くそ…っ」
「だいじょうぶ? なんか具合がおかしいってセージが心配してたよ」
「…………」
 梧桐が心配などしているわけがない。
 しかし、あのとき自分がおかしかったのは事実で、もし梧桐に殴られていなければ何をしていたかわからない。
 とにかくしばらく梧桐には会いたくないと思った。
 なのに、いますぐにでも梧桐の―――あの香りがかぎたくてたまらない。
「半屋くん、たしかになんかおかしいね」
 そういえばまだこの外人がいたのだ。
「なんだろう、なんかセクシー? うん。そんな感じかな」
「はぁ?」
 あっけらかんとわけのわからないことを言い出した外人を無視して、半屋は保健室を出た。

 まだ食欲が湧かない。
 もう一週間近く、なにも食べていない気がする。
 食べたい物など何もない。このまま何も食べなくても大丈夫だと思えるくらいだった。
 なのに、時々どうしようもなく、梧桐のあの甘い香りを思い出す。たとえ汗の一滴でもいいから、あの甘さを味わうことができたら。
(……くそっ…)
 梧桐じゃなければよかった。
 別の人間だったなら、ためらいなく実行に移すのに。
 梧桐の血を味わってみたいなんて。
(違う―――そんなことは、ない)
 梧桐の血なんて欲しくない。そんなわけがない。

 次の日はいつもより早く学校に向かった。
 なのに、何事もなく学校に着く。昼休みになっても、授業が終わっても、何事も起こらない。
 もう、そろそろ限界だった。
 ふらふらと、どこかに向かって歩き出したとき、遠くであの香りがした。
 引き寄せられるようにそちらへ向かう。
 ひどく喉が乾く。なにかに餓えている。
 その香りに導かれるままに歩くと、めったに人のこないだろう、廃校舎の裏に出た。
「―――なんだ、半屋君か」
 梧桐だろうと思っていたのに、そこにいたのは八樹だった。
 しかも誰かにからまれていたらしい。
 まわりには八樹に倒されたらしい男達が、みっともなくのびている。
 珍しく酷薄そうな笑みを浮かべて木刀を握っている八樹から、あの香りが立ち上っていたが、それは梧桐のものより弱く、八樹の表情が元に戻るにつれ、泡のように消えていった。
「どうしたの? 半屋君。なんかおかしいね」
 八樹のまとっていた張りつめた闘気はすでになく、一見すると単なる優男にしか見えない。
 それと連動するように、あの香りも消え、半屋の体のうずきもなくなった。

 まるでまわりに倒れている人間など知らぬ気な八樹を見上げながら、半屋は少し考えた。
 今はまるでそういう気にはならないが、それでも、八樹の血を飲んでみたらなにかがわかるかもしれない。
「半屋君?」
 半屋は八樹の薬指を取り、犬歯で軽く切り裂いた。前より歯が鋭くなっているような気がする。
「……っ」
 八樹の傷に舌を絡めて、その血を味わう。
 なにも変わらない。
 ただ薄い塩味の、わずかに吐き気を誘う、普通の血の味だった。
 半屋は失望しながら八樹の指を口から外した。
 そのとき、自然な動作で八樹が半屋の顎を上向かせた。そして、そのまま口づけられる。
「………っ!?」
 いきなりのことに呆気にとられていると、八樹はさらに口づけを深めてきた。
「なに考えてんだ、てめぇ」
「あれ? 違うの?」
「何がだ」
「だって―――」
「それ以上言うな」
 八樹の言おうとしていることはなんとなくわかる。精神衛生上、聞かないほうがよいだろう。
  
 半屋は八樹から逃れて歩き出した。「じゃあ、また」とかいう、場にそぐわない声が聞こえたが、そんなものは当然無視した。

 結局、梧桐でなければダメなのか。
 八樹の一件があったせいで、半屋の飢えは頂点に達している。
 体が重く、歩くのがやっとだ。
 それでも半屋は歩き続けた。
 気がつくと普通科の校舎の近くまで歩いてきている。それに気づいて半屋は舌打ちをした。
 普通科の一角を睨み付けて、今来た道を引き返す。なんでこんなところに来てしまったのかなんて、考えたくなかった。
 そのとき、またあの香りを感じた。
 普通科の校舎からではない。
 半屋はその香りに導かれるように歩いていった。
「おぉ、半屋君。久しぶりだね。勢十郎ならこっちには来てないよ」
 その香りの元は、どこかで見たことのある人間だった。どこかで……そうだ、前に梧桐と闘っていた男だ。
 この男からも良い香りがする。
 半屋は目を閉じ、ふらふらとクロ助に近づいた。
「半屋君ってそういう趣味なんだ。そうは見えなかったな」
 続く口づけを半屋は素直に受けた。
 ひどく甘い。それは半屋が待ち望んでいた味だった。
 ようやく満たされてゆく。
 少しずつ乾きが癒されて、さらに欲が生まれる。
 これでは足りない。もっと濃いものが欲しい。
 半屋はクロ助のやわらかい舌に歯を突き立てた。
「……っと。あぶないなぁ」
 そのとたん、体を離された。
「で、どうする、半屋君。場所かえる?」
 せっかくの食事を中断されて、半屋はムッとしてクロ助を見た。
「オレは基本的に女の子オンリーなんだけど、半屋君は好みの顔だから大丈夫だよ」
 なに言ってるんだこいつは。梧桐のまわりにいるだけあって、やっぱり変態なのか。
「ちがう、ちがう。誘ってるのは君のほう」
 とてもそういう話をしているとは思えないおどけた様子で、クロ助は続けた。
「んだと?」
「自覚がないなら気をつけた方がいいよ。で、どうする? 続きする?」
「誰がするか」
 クロ助は「ん〜残念」と言いながら、再び半屋に唇を寄せた。
 今度は歯をたてないように気をつけながら、半屋はそれを受けた。
 やっぱり甘い。これで、あと数時間はどうにかなる気がする。
「きさまら! 校内でふしだらなマネは許さん!!」
 背後から怒鳴り声がした。
 半屋は弾かれるように振り返った。

 

 


 

さて、トークです。 

とゆーわけで『原作ファンタジー』キャンペーンの一つ、自分より強い人の血しか吸えない吸血鬼(じゃないけど)になってしまった半屋のお話です。
 どへぼんな設定なので、体液ならなんでもオッケーです。だっていちいち血を吸うのって大変じゃん(←こういう理屈がへぼんを生むのです)。だから、梧桐さんの涙を見ると、そっとその涙を吸ってみたくなったりするのです(大笑) 
 私は、吸血鬼ものなら受けが吸血鬼が良いと思っていたのですが、こうやって書いてみると総受というより総攻めといったほうがいいような出来に(笑) 
 しかし、この半屋さんはエネルギーを効率よく集めるために(だからこの説明がへぼん)受け受けフェロモンを出しているという設定なので、かろうじて総受けですね(笑)
 
 さて。もし半屋が吸血鬼になって、自分の栄養とするために梧桐・八樹・クロ助のどれかを襲わなければいけないとしたら、真っ先におそうのは八樹だと思うのです。自分の栄養にならなければ、とゆーか単に勝負としてなら真っ先に梧桐さんでしょうが、おそった上に栄養にするという場合、絶対梧桐さんはおそいたくないと思う。
 単なる吸血鬼話として、脳内で色々他の人と比較してみたのですが、誰と比較しても(たとえば幕真とか、剣持とかでも)やっぱり真っ先に八樹にいくような気がしました。幕真と再び闘っても、勝つだけで血は吸いそうにないし、知らないような人間を吸う半屋は半屋じゃないし。
 さてさて。
 この話はさらにへぼくって血以外も吸えるわけで、この場合、クロ助とできて終わりっぽいよな、って感じですね。しかし、できても愛はまったくなさそうなので、まったく面白くありません。
 やっぱここは絶対に吸いたくない梧桐か、血を吸うだけなら(それ以上はかなりイヤがりそうだ)簡単だけど、半屋より強いという条件に一致する時がめったにない八樹か、またはまったく関係なくクリフとか、いっそ青木とかのほうが萌えですね。
 ところで、半屋は早良さんより強いのでしょうか? 嘉神と比べるとどうなんでしょう(笑)
 半屋って明稜内強さランキングではいまいちなのですが、性格はかなり、ひょっとすると梧桐さんより自分が強いという前提で行動する人なので、こういう設定にするとはまりますよね!
 特に「自分の体がうずくのは、自分より強い人間に対してだけだ」って気づいた後が萌えですね!
 って、誰からも吸えなくなりそうですが(笑)

 あ、それと裏設定で、「自分より強い人の血をたっぷりと吸うと、自分は吸血鬼じゃなくなって、吸った相手が吸血鬼になる」という設定なのです。だから、猫は半屋に目を付けていたわけですね(笑)


小説トップへ
ワイヤーフレーム トップページへ