その瞬間、半屋以外のすべての色と音が消えてしまったような気がした。
 画面の中にいる半屋と、八樹の知っている―――というか恋している半屋が重なって、八樹の体中を走り抜ける。
 八樹の本能が画面上の半屋に惹きつけられて、信号が変わってもその場を動くことが出来なかった。

 でもそんなはずはない。
 半屋は一度も自分を本物だと言ったことはないし、ニセモノだということを否定してもいない。
 それに、明日の半屋工のライブに一緒に行ってくれると約束した。
(………本物のわけなんかない)
 だって、半屋はニセモノで、だからこそ、もしかしたら八樹の恋人にだってなってくれるかもしれなくて、明日だって、念願の初めてのデートなのだ。
 ライブの後、もう一度つきあってほしいと申し込んで、今度こそ本物の恋人同士になる予定なのだ。

 もう次のデートのプランだって考えているし、その後だって色々考えている。
 半屋はいつも高級ホテルに泊まっていて、たぶんというかきっとというか良くない商売をしているはずだから、ちゃんとした恋人になったらそれをやめてもらって、そして八樹が高校を卒業したら、小さいマンションに一緒に住んで、ささやかだけど幸せな生活を―――そう考えていたのに。
(本当に本物―――…?)
 いつの間にか液晶からは半屋の姿が消え、よくわからない場所の観光PRが始まっている。
 それを呆然と眺めていたとき、携帯に着信があった。
『八樹? ちょっと頼みがあるんだけど』
 田中からの他愛もない電話に上の空で答えていると、勘のいい田中が「なにかあったのか」と訊いてきた。
「う……ん。もしかしたら、半屋君、本物かもしれない」
『半屋ってあのお前の初めての? やっぱまだ続いてたのか。お前、急に運命だとか言わなくなったもんな。で、………え? 本物?』
「もしかしたら、だけど………。あ、この話はいいよ。やっぱりやめよう」
 悩んでいたので思わず言ってしまったが、急に色めき立った田中の声を聴いて、話さなければ良かったと思った。
 田中の反応は芸能人に対するもので、それは半屋がスターである以上当然なのだけれど、今の八樹の気持ちとはかなりズレたものだった。
『じゃあお前、本当にあの半屋工とやったってことか?』
「そういう言い方はちょっと………」
 なんだか段々気分が悪くなってきた。田中に悪気がないことはわかるのだが、早く話を終えて欲しい。
『よかったな』
「え?」
 よかった、のだろうか。ニセモノの男なんかじゃなくて、本物の芸能人と何回も出来てラッキーだったと、そう思うのが普通なのだろうか。
『だってお前は半屋工のファンで、半屋とするのが夢だったんだろ?』
「う……ん。でも俺は……」
 八樹が好きでつきあってもらいたいのは、八樹が実際会ったあの半屋だ。あの半屋であれば芸能人だろうと、整形で芸能人そっくりな顔になって、体を売っているニセモノであろうとかまわない。
 しかし―――
『………。まぁ、ほんとに好きだったら芸能人はキツイよな』
 八樹の戸惑いを察したらしい田中は、がんばれよと言って携帯を切った。





 八樹は深く息を吐き、携帯を鞄に戻して本屋に向かった。
 本屋の雑誌コーナーで、久しぶりに音楽雑誌を見ると、そこにあの半屋がいた。
 強い存在感があるようでいてどこにも存在しないような、意志が強そうでいてけだるげな半屋の姿が、八樹の目に飛び込んでくる。
 ただ見ているだけで激しいトキメキが八樹を支配する。そこにいるのは八樹の知っている半屋そのものだった。
(ほんとに半屋工なんだ―――)
 八樹の気持ちは複雑だった。八樹が運命を感じたのは確かに芸能人の半屋だったのだが、半屋その人に会ったらそんなことはどうでもよくなってしまった。
 半屋がニセモノだと思ってからは、むしろその方がいいと思っていたような気がする。だって―――
(ちょっとあさましかったかもな)
 あの人がニセモノだったら、自分のものになってくれるかもしれないと思った。誰にも気づかれず、ただ八樹だけが価値に気づいて、大切に大切にする。それはちょっとした男のロマンだった。
 しかし半屋は芸能人。誰でもその価値に気づくし、半屋とつきあいたい人間なんてそれこそ何万人単位でいるのだ。

 八樹は別の雑誌を手に取った。そこにはまた別のポーズをとる半屋がいて、八樹は悩みも忘れてときめいた。
 ―――やはりあきらめることはできない。たとえ難関だらけでも、このトキメキを捨て去ることはできない。
(がんばろう)
 今できることは、くじけずにがんばることだけだ。
(そうだ、明日)
 明日、半屋はどうするつもりなのだろう。チケットはそのまま半屋がもっている。
 しかし相手はライブの本人だ。一応会うごとに言ってあるし、待ち合わせの場所も言ってあるが、このままではなかったことにされる可能性が高い。
 八樹は携帯を取り出し、がんばってメールを打った。
『明日5時はどう? 初めてのデートなので楽しみにしてる』
 このまま送ろうかと思ったが、さすがにいくらなんでも…と思い直した。
『明日5時はどう? 楽しみにしてる』
 八樹は気力をふりしぼり、メールを送った。


 しばらくして半屋からメールが届いた。
『4時にしろ』
 八樹は目が点になった。
「……なんで?」
 思わず声を出してしまった。
 もしかしてあれだろうか。ライブの準備中の半屋が会場を抜け出してきて、「オレは実は半屋工なんだ。だましてごめん」とか言ってくれるのだろうか。 
(それは結構いい感じだよなぁ)
 まわりには半屋のライブを楽しみにしているファン。そこに変装した半屋が申し訳なさそうに現れて―――
「八樹悪い。ずっと言えなかったけど、オレは実は半屋工なんだ。この埋め合わせはきっとする。今日はおまえのために唄うから」
(いいなあ、これいい! これだったらチケット代もムダじゃなかったかも)
 八樹は自分の想像にうっとりとした。
 こんなすばらしいイベントが待っているなら、半屋が芸能人というのも悪くはないかもしれない。
(でも本当にどうするんだろう、明日) 
 八樹は財布に入れたままの半屋のチケットを取り出して、つくづくと眺めた。 

つづく


すいません〜、また「続く」です。
 今回で終わるはずだったのに、八樹が悩みすぎです(笑)

  
 

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