また連絡先を聞けなかった。
八樹は仕方なく、連日あの場所で待ち続けた。 朝は朝練に出て、それから授業を受けて、放課後も練習をして、そのあと自主練もして、それから半屋を待つというハードな日々が続いたが、なかなか半屋は現れない。 本物らしい半屋工の方は何回か見かけたが、八樹はなぜかその男にまったく興味が湧かなかった。 もしがっかりしたらイヤなので、テレビや雑誌で半屋を見るのも止めていた。 でも、ずっと行きたかった半屋工のライブのチケットはどうにか手に入れた。チケットは二枚。一枚は自分の分で、もう一枚は半屋の分だ。
その日も八樹はチケットを持って半屋を待っていた。一週間ほど待ち続けたが、半屋は現れない。 もしかすると終電で帰っているのがいけないのだろうか。あの半屋は不良っぽいから、終電以降に現れるのかもしれない。 そんなことを考えているうちに、猛烈な眠気が八樹を襲った。 近頃の睡眠時間は三時間。ハードな稽古を重ねる八樹には短すぎる時間だ。 それに外は適度に寒かった。 路地の壁にもたれたまま、八樹は甘美な睡眠へ落ちていった。
※ ※ ※
「死ぬならオレの目に入らないところで死ね」 聞き覚えのある声に誘われて、八樹の意識はわずかに浮上した。 そのとき、気持ちよく眠っている八樹は、まるで現実のように感じられる、すばらしい半屋の夢を見ていた。 「おい」 ものすごくリアルな声が聞こえ、八樹の夢は絶好調だった。 「おい」 しかし、声があまりにもリアルすぎて、八樹の幸せな夢はわけがわからなく崩れてゆく。 ガシッ。 なんだか蹴られたような感触があり、八樹の夢はさらに混乱してきた。 (そうだ、起きなきゃ―――) こんなところで寝てはいけない。ようやく目を開けようとしたとき、 ガシッ! さらに激しく蹴られた感触があった。そして誰かが去ってゆくような気配。 「あ、まって」 八樹は去ってゆこうとする人を夢中でつかんだ。 その動作でようやく目を覚まし、自分が捕まえている人を見た。 「………あれ? はんやくん? なんで?」 「相当ぼけてんな、てめぇ」 半屋が冷たい目を八樹に向けている。 (………あれ?) 今、自分が見ていた夢は『本物』の半屋の夢だったような気がする。 確か、途中までは目の前にいる半屋とラブラブしているという幸せな夢を見ていたのだが、途中からCDで聞き覚えのある半屋工の声が聞こえて、一気にわけわからない悪夢のようになっていったのだ。 (………?) でも、聞こえていたのはこの半屋の声だったはずだ。 まだ寝ぼけているせいか、わけがわからない。 (………双子?) 一卵性双子だとしたら色々説明もつく。いやそれより (まさか本物ってことはないよねぇ) 半屋は自分がニセモノだってことを否定しなかったし、態度も芸能人らしくない。 しかし、やはり見ているだけでドキドキするし、どことなくオーラがあるような気もする。
「手ぇ放せ」 八樹は半屋をつかんだまま、しばらくぼうっとしていたようだ。 「あ、ごめん。でも言わなきゃいけないことがあるんだ」 八樹はつかんだ手に力を込めた。 「早く言え」 まだ限界点は超えていないようで、半屋はムッとした表情のまま八樹に掴まれている。 「うん。あの、連絡先教えてくれるかな?」 「はぁ?」 思いっきりバカにしたような口調で言い返された。この状況で聞くことかと言いたげな雰囲気だ。 「駄目なら、何曜日にここにくるか教えてくれる?」 「てめぇ何やってるんだ」 「は?」 何をしているかは見ればわかると思うのだが。 「学校で」 半屋がいらいらと言い直した。 「ああ。剣道だけど…」 「どれくらいだ」 どうもこの半屋は言葉がかなり足りないようだ。 八樹は半屋の雰囲気から何を言おうとしているのかの見当をつけた。 「この前の全国大会で優勝した、けど…」 いったい、急に何だというのだろう。 半屋はそれについては何も説明せず、手を差し出した。 「え?」 「ケータイ」 あまりの話の飛び方に、かなりついてゆけないのだが、どうも八樹の携帯を貸せと言っているようなので、八樹は半屋に携帯を手渡した。 半屋は何か数字を打って、捨てるかのように八樹に携帯を投げ返してきた。 携帯のディスプレイに数字が浮かび上がっているのが見える。 「これ、かけてもいいの?」 半屋は八樹の腕をはたき(腕に自信のある八樹でも、うっかり手を放してしまうくらい、ベストなタイミングだった)去ってゆこうとする。 「あともう一つだけいいかな?」 八樹は急いで立ちあがって、半屋の横に並んだ。 「来月の終わりの土曜なんだけど、空いてる?」 「しらねぇ」 「半屋くんのライブのチケットとったんだけど……つきあってくれないかな」 半屋は少しだけ驚いた様子で八樹を見た。 もし、この人が本物だったらこうやって驚くのかもな、と八樹は少しドキドキした。 (本当に本物だったりして―――) 「いつだ?」 「来月の終わりの土曜日。あ、これチケットなんだけど、渡しとこうか?」 八樹は半屋がどうでるか、緊張していたが、 「わかった」 半屋は何事もないように八樹の手からチケットを取り、そのまま去っていった。
※ ※ ※
その後、八樹は半屋がヒマだという日に何回か会わせてもらったり、部活をこなしたりと忙しく、テレビを見る暇もなかった。 そしてたまたま交差点の液晶ビジョンに映っている『その人』を見たとき、八樹は激しい衝撃に襲われた。 「ウソ………だよね?」 久しぶりに見た、半屋の歌っている姿に八樹は呆然と立ちつくした。 雷に打たれたような激しいトキメキを感じる。その姿を見るのは久しぶりなのでなおさらだった。 八樹の財布の中には、半屋工のライブのチケットが大切に入れられている。 半屋との初めてのデート、半屋工のライブは明日に迫っていた。
つづく
すいません〜、また「続く」です〜。 多分次で終わりですv
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