言われてみれば、テレビで見るより幼かったような気がする。 半屋工の売りものは、見る者の想像をかき立てるミステリアスな表情なのだが、この前会った半屋の表情はミステリアスというより単なる無表情だったし、芸能人っぽいというよりは、街にいる不良といった雰囲気だった。 たぶんあれはニセモノのほうなのだろう。 そうは思っていても、気がつくと八樹は昨日と同じ場所に足を運んでいた。 どうしてもまた半屋にあいたくてたまらない。 ここで会えるという噂の本物ではなく、昨日会ったニセモノの方に。
(こないなぁ―――) 昨日は舞い上がっていて、連絡先も聞いていなかった。運命を感じている最中だったし、一回だけで二度と会えないかもしれないだなんて思いつきもしなかったのだ。 あの『半屋工』との接点は昨日出会ったこの場所しかない。深夜になっても八樹は待ち続けた。
日付が変わるころ、少し離れた通りに銀色の髪を持つ男が見えた。 スターである半屋の影響で、よく見かけるようになった銀髪だが、本当に半屋のような微妙な色合いを出している人間は少なく、ほとんどが似合っていない。 (でもあれは―――) あれは確かに半屋の色だ。 その銀髪が徐々に八樹に近づいてきた。 なのに八樹の胸はときめかなかった。
始めて見るその人は見るからに芸能人という感じだった。 髪も、顔立ちをほとんど隠さないサングラスの奥に見える瞳の形も、薄い唇も、テレビでみるそのままで、体の良い女をつれて姿勢良く歩いている様はまさに芸能人だった。 (あれが本物……?) なぜだろう、運命のときめきを感じない。 昨日、別の半屋を知ってしまったからだろうか、たぶん本物と思われるその半屋を見ても、芸能人っぽいなぁという以外、何も感じなかった。
八樹は首をひねった。せっかくの本物なのに、何も感じない。それどころか、あの半屋とまぎらわしい人間がいるなんて迷惑だとさえ思った。 そのとき、ふとタバコの煙を感じた。 人の気配がないのに、間近で煙を感じて、驚きながら八樹が振り向くと、 「……!! ……半屋くん…?」 その『半屋』は何も答えなかった。そういえばこっちはニセモノだったのだ。 「ええと…あの人が半屋工なんだよね?」 八樹は離れた場所にいる芸能人を指さした。 「そうなんじゃねーの」 「俺は、君をなんて呼べばいいのかな?」 「さっきのでいい」 「さっきの…って、半屋君?」 半屋は何も言わなかったが、どうやらそれでいいようだ。 なんとなくおかしいような気もする。でも、もともと半屋君と呼んでいた人なので、その呼び名に違和感は感じない。できれば本名を知りたいところだが、なんというか目の前の人に『半屋工』以外の名前があったらおかしいような気もする。 「じゃあ、半屋君。あの……俺とつきあって欲しいんだけど…」 八樹がそう言うと、半屋はテレビで見かける半屋そのままの薄茶色の瞳をすがめて八樹をにらんだ。そうするとかなり迫力があって怖い。 「もちろん暇なときだけでいいけど……ダメかな」 もしダメだと言われたら、友達から初めてもらおう。それでもダメだったら、そのときに考えよう。 「今日はそこそこヒマかもな?」 しかし半屋は無表情のままでそう言った。 その瞬間、八樹の計算はもろくも崩れ去り、気がつくと昨日と同じホテルの部屋に入っていた。
(あの髪型であの顔ってことは、半屋君って『半屋君』の大ファンだったりするのかなぁ。どうもそうは見えないんだけど) こっちの半屋には、物事に対するやる気というものがありそうに見えない。 その日暮らしの不良というような雰囲気で、とても誰かのファンになったりするようには見えないのだ。 (しかもなんか怖いし) でもこっちの半屋にときめいてしまうのだ。今まで半屋工にときめいていたのは、この半屋に出会うための必然だったのかもしれない。 そんなことを考えているうちに、半屋がバスルームから出てきた。 その姿をぼーっと見つめてしまい、半屋から思いっきり不審そうな目を向けられた。 「半屋君って半屋工のファンなの?」 気まずさをごまかそうと、八樹はそう訊ねた。 「んなワケねーだろ」 一言で否定されてしまった。 「じゃあ梧桐勢十郎のファンとか?」 八樹がそう言ったとたん、半屋の顔が厳しくなった。 半屋工には男のファンがあまりいない。男で半屋のCDを買っているのはたいてい、半屋にしか曲を提供していない梧桐勢十郎の熱狂的ファンで、八樹にはとうていついていけないような熱い議論を闘わせているタイプだ。 「誰が誰のファンだって?」 「だから……」 「てめぇ出てけ」 「え?」 「出てけ」 そして八樹は部屋を追い出された。
つづく
すいません〜、また「続く」です〜。 半屋が芸能人で、さわぐ女がいるのかというのは疑問なのですが、一応、明稜きっての逆ナン男ですし、梧桐さんが本気でプロデュースしていてばどうにかなるかな、という感じですか(笑)
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