半屋工―――その存在が俺を焦がす。その姿を見つめているだけで、心も体もすべて半屋で溢れてゆく。 せめてたった一夜でいいから、俺の『初めて』は半屋君に―――
「おまえ、それはおかしいって」 学校から少し離れたコンビニで、八樹がうっとりと半屋のグラビアに見入っていると、横にいた同じ部の田中が冷静につっこみを入れてきた。 「え〜、なにが?」 「相手オトコだし。半屋だし。だいたいおまえにはイメージってもんがあるんだから、そんなバカみたいなこと、絶対ほかのやつの前でいうなよ」 「だってホントにそう思ってるのに」 「ホントでもなんでも人前で言うな!」 「ああ、いいなぁ半屋君。この瞳、この声。憧れるよなぁ。初めては絶対半屋君だって決めてるんだ。どうやったら会えるのかなぁ」 「だから………」 しかし恋する八樹に田中の声は届いていなかった。
半屋工は現代を代表するスターだ。しなやかな肢体、吸い込まれそうな瞳、銀色の整えられた髪。 その恵まれた容姿に伝説のプロデューサー梧桐のプロデュースが加わり、半屋は一躍トップの位置に躍り出た。 「ああ、半屋君………」 グラビアページに頬をすりすりさせて、幸せの楽園へ飛んでいっているこの男、八樹宗長も、もし芸能界にはいったとしたらスターダムを上り詰めそうな恵まれた容姿を持っている。 しかし、八樹はまったく自分の容姿を無視した行動をとり続けていた。音楽雑誌だけではなく、女性向けアイドル雑誌にまで手を伸ばし、幸せそうにページをなでているのだ。 「やめろー! 今日は仮入部生がくる日なんだぞ。とにかく半屋のことは忘れろ。二時間でいいから忘れてくれ」 「やだよ。一年生がくるんだろ? もしかするとその中に半屋君の親戚とか、知り合いの弟とかがいるかもしれないじゃないか。せっかくのチャンスなのに…」 「そんなことは万に一つもない!」 仮入部生のほとんどは、全国大会優勝者である八樹に憧れて門を叩いた人間だ。そんな一年生に八樹のこの姿を見せることはできない。 「だって運命だって思ったんだ。初めて半屋君を見たとき、これが運命だって思ったんだ」 たまたまその『運命』の瞬間に居合わせてしまったのが、田中の不運だった。 それまでは普通の、全国大会優勝者にしてはつきあいやすい、普通の人間だと思っていたのに、たまたま持っていたアイドル雑誌を見せたとたん、『運命』とやらに侵され、こんなヘンタイに変わってしまったのだ。 「ああ、半屋君。待っててね。今、会いに行くから!」 「八樹、頼むからその雑誌を買うのはやめてくれ」 八樹が雑誌を買うというので、同じ高校の人間がほとんどいないこのコンビニまで引っ張ってきたのは田中だった。 近頃の八樹は目を離すと何をしでかすかわからない。仮にも全国大会優勝者。剣道部の星なのに。 「だって、これを買いに来たんだよ」 「わかったから、せめて部活が終わってからにしろ」 「えー」 「わかった。わかった。仕方ない、半屋のいきつけの店の場所を教えてやる。それでどうだ」 田中は肩を落としながら、切り札を出した。 「なんでそんなところ知ってるの?」 「知り合いが知ってるって。もし今それを買わないで、ついでに新入生の前で半屋病を出さなければ、あとで知り合いに電話をかける。これでどうだ」 「わかったよ。絶対だからね。ああ、これで半屋君に俺の初めてを捧げることができる〜。どうしよう。うまくできるかな」 田中はげんなりとして、浮かれる八樹を引っ張ってコンビニを出た。
しかし、田中も八樹も、飲料の棚のところにいるサングラスの男に気づいていなかった。帽子で隠されたその髪の色が銀色だったということにも。
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もう日付が変わろうとしていた。 八樹は田中の知り合いから、半屋のなじみの店の場所を聞き出し、その入り口に張り付いていた。 (今日は半屋君こないのかなー) 春だとはいえ、夜中になるとまだ寒い。一応、デパートに出向いておニューの下着を奮発したが、これでは空振りに終わりそうだ。 明日は残りのお小遣いをかき集めて、もっと良い下着を買おう。 なんかこうやって待っているうちにさっき買ったばかりの下着では足りないような気がしてきたのだ。 (でも明日あたりには会わないと、お小遣いがもたないかも) 八樹がそう思ったとき、 「おい」 誰かが八樹に声をかけた。不機嫌そうな声。また店員に追い出されるのだろうかと思って八樹が振り向くと、そこには――― 「は、半屋君?」 綺麗な銀髪に、小作りな整った顔。テレビで見るより細い身体をしている。 (運命だ。ぜったい運命だ) その姿を見るだけで、何かが身体を走り抜ける。絶対運命だ。これが運命じゃなくてなんだというのだ。 「半屋君、俺の初めての相手になってください!」 思わず八樹は叫んでいた。いや、本当はもっと色々段取りを踏んでとか、ロマンティックにとか、いろいろ考えていたはずなのに! 「どっちの?」 しかし半屋はまったく動じず、口角を少し上げてそう言った。 「どっちって………」 八樹はそれまで、半屋に対して、健全な高校男子がもつような妄想しか抱いていなかった。 けれど考えてみれば半屋も男だ。どっちの可能性もあるのだった。 八樹はしばらくあれこれ真剣に考えた。 今までの妄想に素直に従うか、今初めて考えた可能性にのり換えるか。 色々考えた結果、今までの妄想はきっぱりと捨てて、新たな可能性に賭ける方が良いような気がしてきた。 その方が半屋にしてもらった感が強い。 未知の領域(それはどちらも同じだが)だけれど、ここは思い切って踏み出してみよう。いずれにせよ相手は半屋なのだ。 「えーと、してもらう方がいいかな」 さすがに声が小さくなる。 「てめェつくづくおかしいな」 半屋は多少呆れているようだ。 「こいよ。リクエストには応えられねぇけど、つきあってやる」 半屋は八樹の目を見てニヤリとした。
豪華なホテルの一室に半屋のシャワーの音が響く。 (リクエストには応えられないって、逆ならオッケーっていう意味? いいのかなぁ、こんなうまくいって。少しできすぎだよなぁ) しかし、そんな冷静な考えは湯上がりの半屋の姿を見たとたんに吹っ飛んだ。 ちょっとこれは我慢が出来ない。リクエストに応えてもらわなくて、本当によかった、と八樹はほとんど涙を流さんばかりだった。 そして八樹はめくるめく一夜を過ごした。 半屋の白くなめらかな胸元には、変形十字に龍がからみついているという意匠の刺青が施され、八樹が動くたびにその龍も蠢く。それがたまらなくセクシーだった。 八樹は男になったのだ。
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学校でも八樹の脳はお花畑に飛んでいた。 「八樹………」 田中がげんなりしつつも、妙に神妙な顔で八樹に近づいてきた。 「聞いてよ、昨日半屋君とね〜」 「最後までしたのか?」 「やだなぁ。まぁ、でもそうなんだけどね」 口がゆるみっぱなしで、幸せすぎて、周りじゅうに吹聴してまわりそうだ。 でも半屋は芸能人。そんなことはできないし、それにあれは八樹だけの秘密にしておきたい。 でも田中になら言ってもいいかも、と八樹は思った。自分一人にとどめておくには幸せすぎる。 「聞いてよ、半屋君ってね…」 「一つ聞く。その半屋には刺青があったか?」 「え? なんで知ってるの?」 あれは半屋マニアの八樹ですら知らなかったものだ。 「あったんだな」 「うん………」 田中はさらに神妙な顔になった。 「おちつけよ。今、半屋のニセモノが出回っていて、あたりかまわず食い散らかしてるんだそうだ。そのニセモノには―――おちつけよ、ここに刺青がある」 田中は胸元を………ちょうどあの刺青があったあたりを指さした。 「え?」 「あのあと、あの知り合いから電話があったんだよ。連絡しようにもおまえ、電源切ってただろ」 「え?………」 「変形十字に龍だっていうんだけど………おまえ、覚えがあるか?」 「えー!!」 八樹の瞼にはまだあの刺青が焼き付いている。 八樹の頭は真っ白になった。
つづく
というわけで「げっちゅーv」ネタです。私は少女マンガは、くっついていないか、くっついても何かの困難がある、というのが好きなので、近頃はやりの「ラブエロ系」少女マンガが苦手です。これは表紙がラブエロ系のわりに中身は「くっついても困難がある」系?とわくわくしていたのですが、途中からやはりラブエロ系になってしまいました(笑)
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