無題 裕太編(家族2)

重苦しい上に途中までで終わりですが、佐倉の裕太の基本設定が入っているのでサイトにアップ(まとめて本にする予定のもののさわりです)

  

 青学での約半年の生活を、俺はあまり思い出したくありません。
 そこでの生活は、兄から自立し始めていた俺にとって、耐えられるものではありませんでした。

 入学してすぐに、俺はテニス部の先輩という人から勧誘を受けました。
 その人は、兄がずっと俺がテニス部に入ることを楽しみにしていたと言いました。
 それはわかっていることでしたが、実際に人から言われてみると、俺がわかっていたこととは何かが違って感じられました。

 俺は不二周助という名のテニスプレイヤーと共に練習をすることを楽しみにしていましたが、それはまた兄と共に時間を過ごすという意味だと理解していなかったのです。

 同じ部活ともなれば、朝練の時間も、練習終了の時間も同じです。同じ家に住んでいる俺は、兄と共に学校に行き、兄と共に学校から帰ることになります。
 テニス部への入部が目の前に迫るまで、俺はそのことに気づいていませんでした。
 兄は当然そのことに気づいていたはずです。それでも俺が同じ部活に入ることを望む兄が、俺には恐ろしいもののように思えました。
 俺は自分で友達を作り、自分で遊びに行くことを覚えました。小学校六年の一年間で、一人で学校に行くことにも、一人で帰ることにも慣れました。同じ部活に入っても、行動を共にしなければ問題はないのでしょうが、兄は俺と行動を共にするのが当然だと思っているようでした。俺にはそんな兄の気持ちは重すぎました。

 そして、青学に入り気がついたことは、それだけではありませんでした。

 小学校の頃、俺が兄の弟であるのは当たり前でした。学校の先生も、俺の前でよく兄の話をしました。
 兄はなんでもそつなくこなし、俺は兄ほどすべてをこなせたわけではありませんでしたが、比較されてもさほど苦痛ではありませんでした。みんな兄のことも俺のことも両方知っていたからです。
 先生方はただ、俺が喜ぶと思ったり、俺を発憤させようと思って俺の前で兄をほめていただけなのです。俺はぬるま湯のような私立の学校の中でぬくぬくと育っていたのでしょう。だから兄と比較をされるということがよくわかっていませんでした。

 しかし、一年兄と離れてから、全く知らない場所で、知らない人に兄との比較をされるのは、小学校のころのものとは全く違いました。

 青学でいつの間にか天才と呼ばれるようになっていた兄の弟である俺は、天才であることを求められました。
 そのころちょうど、俺には兄ほどテニスの才能がないのではないかと薄々思い始めていた時期でした。そのことになんとなくは気がついていたのですが、それを自覚したいわけではありませんでした。なのに、人々は俺に天才を求めます。天才を求められると、俺は自分にそれほどの才能がないことを思い知らされます。
 
 もしテニス部に入ったら、俺は天才ではないことが誰にでも明らかになるでしょう。練習を積んで、そうして強くなろうと思っていたのですが、それは誰にも望まれていないようでした。
 ランキング戦に出ることもできず、球拾いをして努力をする。天才がそんな弟をもっていてはいけないでしょうし、俺だって入部してすぐに、あいつは才能がないとか、天才の弟とは思えないなんて思われたくはなかった。
 テニス部に入らなかったのはほとんど俺自身の問題ですが、少しは兄の体面の問題もありました。いくら疎ましく思えても、兄がたった一人の家族であることには変わりありません。天才である兄の評判を傷つけたくはないと、まったく思わなかったわけではありません。

 様々な理由が重なり、俺はテニス部に入ることをやめました。

 青学に入るまで、俺は兄と青学テニス部に入る話ばかりしていたので、テニス部に入りたくなくなったことを兄にどう言っていいのかわからず、テニス部に入りそうなそぶりを続けていました。テニス部に入りたくない理由も、兄に話せるものではなかったので、仮入部の期間に他の部活を見てみたいと言ったりして、のらりくらりとかわしていました。
 
 なので、本当に俺が入部しないとわかったとき、兄はあまりそれが理解できなかったようで、今からでも入部できると何度も繰り返し言われました。

 青学には、兄と仲良くなることができず、せめて俺と仲良くなろうとする先輩もいましたし、俺を足がかりに兄と仲良くなりたがっている人もいました。
 担任は名簿を見てすぐに俺が兄の弟であることに気づき、初めの出席の際にクラスメートの前で兄のことを言われました。
 兄と離れていた一年間で、ようやく不二裕太になりかかっていた俺は、また兄の弟に戻ることはできませんでした。
 
 それらの理不尽さは、俺の中で、すべて兄に反発する方向に転化されました。
 俺は兄に対し声を荒らげるようになり、兄の顔を見ないように遅く起きて遅く家に帰るようになりました。
 兄は急に変わった俺をどう扱っていいのかわからないようで、昔と同じように優しく接しようとしました。そして徐々に腫れ物に触るように俺と接するようになりました。
 俺にはそれも疎ましく感じられ、とにかく兄と同じ空気を吸うことさえ嫌でした。

 今ならば、それが自分自身の才能の限界を見つめたくないための、単なる八つ当たりだったり、いわゆる反抗期だったりと、そういう原因であることはわかるのですが、当時は本当に兄のことが嫌いなのだと思っていました。
 
 それなのに兄は俺を見つめます。俺は兄が昔のように共に過ごしたがっていることもわかっていました。
 兄の気持ちが息苦しく、学校に行けば行ったで、自分が天才ではないことを思い知らされるばかりです。
 俺はもう、動けなくなって、そのまま潰れてしまいそうでした。

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 このあたりは原作そのまんま………のはずなのですが、実際書いてみるとかなり重いですね。周助編も書いているのですが、当然、周助は裕太が結局何で悩んでいるかということには気づいていないわけです。中一なんてね、やっぱまだ自分が才能に溢れていると思っていたい時期ですよ。とくに裕太はこの時期は多分プロ志望だったんだろうから。

 佐倉の裕太の設定が………とか書いていますが、普段の周裕はここまで重くないです(笑) 

 まだ続きます〜