BLANCA1



 まだ息の整わない俺をなだめるように、兄貴が俺の髪を触る。
 兄貴は人の髪をいじるのが好きなようで、昔からよく髪をいじられた。


「裕太、これで最後にしようか」
 何を考えているのか読めない笑みを浮かべて、兄貴がそう言ったとき、俺は始め、何か別のことを言われているのだと思った。
「だから、こういうことするの、これで終わりにしよう」
 体を重ねるようになってから、俺には兄貴の考えていることがわからなくなった。兄貴は誰にでも見せる笑みを浮かべるようになったし、俺は元々兄貴が何を考えてるのかなんて知りたくもなかった。
 だから今も、なんで急にそんなことを言い出したのか、まるでわからない。
「なんでだよ」
「卒業祝い。裕太ももう大学生だからね」
 俺はこの関係が終わることを望んでいた。男同士で、ましてや兄弟でこんな関係を続けるのはよくないだろう。しかし、いつ終わるのかなんて考えたことはなかった。
「じゃあ裕太、卒業おめでとう」
 兄貴はそう言うと、何もなかったように着替えて、俺の部屋を出ていった。


 俺はまくらに顔を押しつけた。そうしていないと、自分の中の何かが壊れてゆきそうだった。
 ついさっきまで、実の兄に抱かれていた体が、ひどく汚らわしいものに感じる。そんな風に感じたことは、今まで一度もなかった。

 

 俺と兄貴とは、なにか特別のきっかけがあって、こういう関係になったわけではない。
 単なる自慰の延長だし、だからこそ、こうやって簡単に終わったのだろう。


 確か、あまりよく思い出せないのだが、あいつが寮内でどうやって処理してるんだとか言い出して、気がついたら手でされていたのが始めだったと思う。
 そんなことが何回か続いた後に、裕太もしてよとか言い出したから、仕方ないから手伝ってやって、一年ぐらいしたら最後までしていた。
 あいつはいつも、裕太がしたくなったら僕にしていいんだよ、とか言っていたので(俺はする気にはならなかった)、本当に単なる相互自慰だったのだろう。
 よくないことだとはわかっていたが、あまり深く考えもせずに、ずるずると体を重ねていた。兄弟だから遠慮もなにもあったもんじゃなく、あいつはどんどん訳の分からない注文をつけてきたし、俺も気が楽だった。

 それが今、突然終わった。


 俺は大学から自宅で暮らすことになっていて、そうしたら兄貴が帰ってくるたびに相手をしてやんなきゃいけないのか、面倒だなとは思っていたが、終わるなんて考えてもいなかった。
 兄貴もたいがい面倒くさがりで、誰か本命でもできるまでは手近なところで間に合わせるだろうと思っていた。
 それとも本命ができたのか。
 できたのだろう。そして冷静になって考えてみたら、兄弟でしているなんて、異常以外の何物でもないと気づいたわけだ。

 俺はさらに強くまくらに顔を押しつけた。息が苦しかったが、そうしていないと、何かがこみ上げてくる。
 でもそれも限界だった。こみ上げてくるものがなんなのか、俺は知っていたが、わかりたくはなかった。
 俺は必死でそれを押しとどめようとしたが、感情が高ぶってしまっていて、無理だった。
 俺はもう一度まくらに顔を押しつけた。もう抑えきれなくなった涙が、まくらに吸い込まれていく。

 何がいけなかったんだ。ちゃんとしなかったからか。いつも厭がっていたからか。それとも俺が男だからか。弟だからか。なんで俺を―――
 俺が考えるはずのない言葉が頭を回り続ける。
 出るはずのない涙が止まらない。
 早く体を洗わなくてはいけないとは思ったが、このベッドから出るのが嫌で、俺はそのままベッドに突っ伏していた。

 

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