A day in the life
A day in the life





 昨日何をしたのか、今日何をするのか、何もわからないままにただ時間が過ぎて行く。話題の新作格闘ゲームも、どこに違いがあって何が楽しいのかを分かることができなくて、一日で飽きてしまった。
「半屋さん」
 それでも惰性でゲームを続けていると、後ろから媚びたような声がかかった。
 自分を『さん』づけする連中にろくな人間はいない。半屋は声を無視してゲームを続けた。

  「半屋さん、少しつきあってもらえませんか」
 喧嘩だったらいい。喧嘩をしている最中は時間が早く流れる。
 しかしどうも相手の目的は喧嘩ではないようで、こんな人間につきあうぐらいなら、まだコンピューター相手のゲームの方が時間がつぶれるだろう。
「半屋さん、面白いことがあるんですよ。ちょっと来てもらえませんか」
 うるさい。黙らせようかと拳を握ったとき、聞き慣れた名前が耳をかすめた。
「梧桐だと?」
 振り向くと、半屋に声をかけてきた連中は、数人で固まり、媚びへつらった態度で半屋を見ていた。梧桐の名前を出したのは、一番後ろに隠れるようにひっついている少年のようだった。
「梧桐がどうしたって?」
 繰り返すと少年は明らかに震え始めた。
「梧桐のせいで、オレらちょっと困ってンですよ。半屋さん、ちょっとつきあってもらえませんかね」
 中途半端な髪をオールバック風になでつけている男がこのグループのリーダーらしかった。半屋は思い出すことができないが、この卑屈な態度と、それなのに少し馬鹿にしているような目は、半屋が一度倒したことがある人間の特徴だ。倒した人間などいちいち覚えていないが、相手は忘れていないのだろう。
 しかし、今回の目的はお礼参りなどではないようだった。
「半屋さん、お願いしますよ」
 良く見ると、男は梧桐と同じ制服を着ている。
 別に梧桐の名前に気を引かれたわけではない。ただゲームに飽きただけだ。そう自分に言い聞かせながら半屋は立ち上がった。


 梧桐の中学に来たのは初めてだった。他校に入るのに躊躇するような感性は持ち合わせていないから、半屋は正門から堂々と入った。むしろ半屋を連れてきた連中の方が、堂々と入る半屋を見て驚いている。
 授業が終わって間もないらしく、正門も校庭も人であふれていた。半屋は無意識のうちに何かを探したが、その何かは見つからなかった。

  「半屋さん、こっちです」
 すれ違う生徒達が、制服の違う半屋をとがめるような瞳で眺めていたが、半屋がそっちに視線を流すとあわてて目を伏せる。
 梧桐の通う学校は、半屋の漠然としたイメージとは異なり、ごく普通の中学だった。安っぽい壁もリノリウムの床も半屋の中学と何も変わらない。半屋にはそれがなぜか不思議だった。

 つれてこられた教室は、一度どこかで聞いたことがある梧桐の教室とは違っていた。
 下校時間になっているのに、生徒が教室に残っている。ロングホームルームの最中のようだ。
「八樹、オラ、出てこいや!」
 半屋がいることで気が大きくなっているのだろう。中途半端なオールバックをした男がその教室の入り口で叫んだ。教室から女の悲鳴が上がる。
 そのときになってようやく、半屋は自分がつまらぬことに巻き込まれたのだ、ということに気づいた。このグループと八樹とかいう人間は多分何らかの対立関係にあるのだろう。このグループだけでは解決できない問題がおこり、グループのハク付けのために半屋が担ぎ出された、というわけだ。

「何の用ですか?」
 教室の中から少し震えた声が聞こえた。多分、八樹と呼ばれた少年の声なのだろう。
 ただ、何か引っかかるところがあった。少し震えた声。過不足なくこの状況に適していて、逆におかしい。
「帰る」
 が、震える声が演技だろうとどうだろうと、自分には関係ない話だ。つまらないことに巻き込まれた。
「ちょっ、待ってください! 半屋さん」
 今までオールバックの陰に隠れていた少年達が、半屋に群がった。
「あいつ、今まで金を出してたクセに、急に出さなくなったんですよ」
 半屋には何の興味もない話だ。群がる少年をどけて、無言で歩き出そうとした。
「梧桐をバックにつけて、やりたい放題やってンっすよ」
「アァ?」
 半屋が振り向くと、少年はすくみ上がりながら続けた。
「あいつ、すっげーいい金づるだったんスけど、何べんか梧桐のヤローに最中にジャマされて、そしたらつけあがりやがって、金を出さなくなったんです」
 その事実とさっきの嘘臭い声が、少しだけ半屋の興味を引いた。横からオールバックが、だから少し手伝ってくれとか、八樹が金を出すようになったら半屋に分けるとか話し続けていたが、そんなことはどうでもいい。それよりその八樹とかいうのの顔だけでも見ようかと教室を覗くと、また女達が悲鳴を上げた。
「どれだ?」
 半屋が尋ねた声に、後ろから叫び声が重なる。
「オラ、八樹。××中の半屋さんがわざわざ来てくれてんだぞ。こっち出てこいや!」
 教室の中心にいる少年を隠すように、女子が動く。その中心にいる少年は怯えたような表情で半屋を見ていた。
 優しげな整った顔。怯えた態度。確かに虐げられるものに共通した特徴を持った少年ではあったが。
(なんだ? 気持ち悪ぃ)
 その少年が怯えた態度に隠れて、じっと半屋を観察しているのが分かった。他の人間は気づいていないが、半屋には分かる。あれはすでにいじめられる側の人間ではない。
「なによ! それがどうしたって言うのよ。先生にいいつけるわよ!」
 数の力を頼みにして、女子が叫んだ。それにつられて半屋の後ろにいた少年達が何かを叫ぶ。

 目の前で繰り広げられる騒動のあまりの馬鹿馬鹿しさに半屋は無言できびすを返した。八樹という少年が金を出さなくなったのは梧桐のせいではなさそうで、もはや興味を引かれはしなかった。
「半屋さん!」
 勢いこんでいた少年達があわてて止めようとしたが、半屋が払うと簡単に吹き飛んだ。
 こんなくだらないことのためにここまで来てしまった自分が信じられない。半屋はタバコを取り出して吸い始めた。下校を急ぐ生徒達がタバコの煙に振り向いたが、半屋の姿を見ると反射的に顔を背けて、逃げるように去っていった。

 オールバックを中心とした少年達が、タバコを吸いながら校内を歩く半屋の後を無言でついてくる。彼らは殺気立っていて、これから何が起こるのか容易に予測がついたが、まだそっちの方がマシだと半屋は思った。

 わざと人気のない階段を選んで外に出る。すると彼らは簡単に挑発に乗ってきた。
「てめぇ、下手に出りゃあつけあがりやがって!」
 叫びながら繰り出された拳を、半屋は笑いながら受け止めた。


 全員つぶしてその場を立ち去ろうとしたとき、少し離れた場所から拍手が聞こえた。
「意外に強いんだね。梧桐なんかにいつも負けてるって聞いてたから、もっと弱いのかと思ってた」
 その少年がいつからそこにいたのか、半屋はその気配を感じとることができなかった。が、そんなことを言われて黙っていられる半屋ではない。何にせよぶちのめすだけだ、とは思ったのだが、先ほど教室で感じた違和感はますます強くなっていて、少年を見ているだけで吐気がするほどだった。
 被害者めいた顔立ちなのに、底の知れない鬱屈した瞳をしている。それほど強さを感じるわけではないが、関わり合いたくなかった。

 違和感がそのまま人間の形をとったような少年は半屋を馬鹿にしていることを全く隠そうとしていなかったが、半屋は彼を無視することに決めた。どうせ二度と会うことはない。明日になれば忘れてしまって思い出すことも無いだろう。
「ねぇ半屋君」
 八樹という少年が半屋が帰ろうとするちょうどその瞬間に口を開いた。タイミングが合いすぎていて無視することができず、八樹をにらみつけたが、ほとんどの人間が怯える半屋の視線を八樹は平然と受け流した。
「ねぇ半屋君。俺のことは忘れてね」
「アァ?」
 そんなことわざわざ言われなくてもどうせ明日になれば忘れているのだ。ただそんなことを八樹に言うのは負け惜しみのようで嫌だった。
「だから俺のことは忘れていてね。二度と思い出さないで」
 静かな瞳でそう言うと、八樹はまた校舎に帰っていった。
 半屋は動くことができず、ただ八樹の消えた校舎を見ていた。


  「オレの場所で何をしているのだ!」
 大きな声に振り向くと、ひどく怒っている様子の梧桐が立っていた。半屋はなぜかほっとして、息を吐いた。
「こいつらが仕掛けてきたんだよ」
 半屋が倒した少年達は未だに起きあがってこない。
「オレのものを傷つけるなと、いつも言っておるだろう!」
 説明する気にもなれず、半屋は梧桐に殴りかかった。梧桐はそれを止めて、素早く拳を繰り出してきた。それをよけきることができず、拳は半屋のこめかみをかすめた。
「っのヤロぉ!」
 梧桐と拳を合わせているときが一番早く時間が流れる。
「どうしたサル。これで終わりか?」
「ふざけたこと言ってンじゃねーよ!」
 そうやって殴り合っているうちに、下に転がっている少年達のことも、さっき感じた違和感も、忘れてくれと言った八樹のことも全部、半屋の頭から消え去っていった。




 あのアルバムの中でこの曲だけコンセプトから浮き上がって
中途半端なところとか、不安定な曲調とかが昔から妙に好きでした。
アルバムとして聞かないとそれほど良い曲に聞こえないあたり、
さすが二十世紀ナンバーワンアルバムに選ばれただけありますね。

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