【碓氷線フォーラム】


☆碓氷峠の廃線に関する御意見をお聞かせ下さい。


 碓氷峠で鉄路が途切れ、多くの人々が不便を強いられております。碓氷峠に鉄道がないと困るということを、どれくらい多くの人々が認識しているか、下記のアドレス宛に御意見をお寄せ下さい。有意義な御意見は順次、当ホームページに掲載させていただきます。尚、匿名ご希望の場合、及びメールアドレス掲載の可否について、その旨、明記して下さい。ペンネームでもOKです。


また、碓氷の鉄道に関する情報やご質問、その他メッセージ等があればメールを送って下さい。お待ちしております。当ホームページは、碓氷峠の地元、碓氷郡松井田町から発信しております。


ef63@sam.hi−ho.ne.jp






『鉄路がないと不便です』   

 廃線から8ヶ月が経ちました。新幹線のトンネル内故障等もあり、在来線がないと危機管理もできないことが判りました。ほとんど100%の人が廃止に反対であるというのに、廃止は強行されました。
 在来線を残す場合に、従来の方式では、コストが嵩むのは理解できます。しかし、コストが小さくて済む方法を考えなかったのでしょうか。例えば、列車を通しで押し上げるのではなく、EF63に2両くらいの客車を付けて横軽間で往復運転するとか、80.00パーミルの箱根登山鉄道式の車両を導入するとか、JRにやる気さえあれば残せたはずです。
 在来線を廃止して、無理にでも新幹線料金を払わせたいというケチ臭い考えがJRの本音ではないかと勘ぐりたくなります。

 廃止はしてみたけど、やっぱり不便だ、復活させようという声を出すのは、今しかありません。9月30日に集まった人々のエネルギーを碓氷峠復活に向けるべきだと思います。国民が普通料金で旅する権利を取り戻しましょう。
                     Usui Railway Club ホームページ担当  98年5月




御意見紹介のコーナー





No.13

『碓氷峠関連の費用は全て西部負担』

そもそも、長野新幹線は長野五輪の為のインフラである。それを裏で押し進めていたのが、信越線沿線に多数の施設を持つ西武グループと言うよりは、 その総帥の堤義明氏。一人の実業家のために碓氷峠の運命があのような形になって、左右されてしまったというのも残念だ。だから、碓氷峠の保存鉄道設立基金も鉄道文化村の費用をボランティアと地方公共団体だけで負担というのも納得できない。 碓氷峠の運命を変えさせた西武グループ(特に西武鉄道・コクド・プリンスホテル)も全額でなくて良いから、筆頭株主レベルで負担するべきである。

                             by SO 






No.12

『碓氷峠は復活すべき』

僕は,12歳の鉄道ファンです。形式などはよくわかっていないのですがある程度の知識はあります。
碓氷峠には,旅行と小学校の林間学校で行きました。実際に乗っていると列車本来の力強さを感じるような気がします。
そして,碓氷峠のすばらしさを感じていると碓氷峠廃止のニュースが流れました。新幹線の為に潰されると聞いて怒りに燃えました。 そりゃ,新幹線の方が早いし快適かもしれないけど,新幹線をわざわざ作らなくても人々を運ぶことができるのです。 それに,新幹線では味わえない鈍行列車だからこそ味わえるモノが有ると思います。鉄道は早いだけでいいのか?と思いました。

碓氷峠の建設や安全性には百四年という期間で確認されています。その中にはどれだけの人が建設に精を出し,機関士の人や職員の人たちの苦労があり, 時にはそういう人たちが事故で犠牲になり,その人たちの犠牲のおかげで碓氷峠の安全が強化され現在に至っています。

こういう事を調べて僕は考えました。僕が調査を行う人たちならば,廃線するべきではないと上に報告すると思います。 その報告をしてくれたのが管理人さんや地元の人たちの反対運動なのです。しかし,行政はそれを無視し廃線を押し進めました。
そういうことを聞いていてテレビに向かいこう言いました。「お前ら本当に碓氷峠を知り尽くした人間なのかよ。ふざけるものいいかげんにしろ。」
新幹線の建設はこれらの人たちの苦労を踏みにじる行為です。もう一つ怒りに燃えた理由があります。
それは,僕の夢です。僕の夢は将来JRに就職して,碓氷峠で働くことでした。その夢を僕は行政によって潰されたのです。 このときから,僕は自民党を一生支持しないと決めました。

そして,廃止の日を迎えました。長野新幹線もスタートしました。 そこで僕は特急のあさまや碓氷峠に誓いました。長野新幹線には乗らないと。偉そうなことを言いましたが,復活を望みます。

                             by横軽あさま 







No.11

『日本の鉄道システムについて』

 私が碓氷峠を通ったのは、廃止まで残り1か月あまりとなった1997年8月26日(火)のたった1回だけです。このときは、信越線高崎発長野ゆきの普通列車323Mにて碓氷峠を通りました。 今思うと、碓氷峠の鉄路に大切な思いを抱いていらした地元の方々とは違い、私は碓氷峠を“旅行の名所見物”や、“廃止前のお名残乗車”的にしかとらえていなかったのかもしれません。 “鉄道ファン”のひとりとして、鉄路がなくなったことで不便を強いられていらっしゃる地元の方々のお気持ちを理解できるようめざすとともに、それにあわせて日本の鉄道の将来についていつも考えていきたい、と私は思っております。
 今回の北陸新幹線の開通・信越線の分断のような“前例”は、今後の整備新幹線計画では絶対にならってはならないものだと思います。だいたい、新幹線と在来線はもともと性格上では全く別個のものではないでしょうか。 新幹線は長距離の都市間輸送を担う役割を持ち、在来線は地域密着の都市圏輸送を担う役割を持っているものと思います。
それなのに、「新幹線を整備するのと引き替えに、在来線を切り捨てさせる」 という政府・自民党の、在来線の実状を無視したやり方には、私はどうしても納得がいきません。
自民党が在来線を運営することになるJRの将来の経営に配慮したとしても、どうして新幹線とは全く別個の在来線の運営が、JRから切り離されなくてはならないのか。 将来、新幹線の整備と引き替えに、在来線網が日本各地で分断され、地元の人々に悪い影響を与え、貨物輸送システムまでめちゃくちゃになるということが、絶対にあってはなりません。
そのために、列車が走らなくなった碓氷峠の鉄路や、碓氷峠を大切にしている方々の存在が、日本の鉄道システムにおける最悪な状態を迎えないように、鉄道企業や鉄道を利用する人々に強くアピールしていくことが必要だと思っています。
もちろん、我々鉄道ファンも鉄道に対して、単なる列車・車両の話題に趣味的な関心しか示さないのではなく、鉄道を取り巻く社会的な問題や現実に、もっと目を向けていくべきだと思います。

                 by 榊原 陽平     E-mail s972056@kushiro-pu.ac.jp







次のページへ


トップページに戻る