寝台特急:国内最長列車 廃止のお寒い舞台裏

(毎日新聞 2014年06月12日の記事を引用 碓氷峠関連の画像を追加)



◇新幹線開業で電圧変更、コスト増
ルート図
 国内の旅客列車としては最長距離を走る寝台特急「トワイライトエクスプレス」(大阪−札幌)の来春廃止が先月、正式に発表された。運行するJR西日本は車両の老朽化のためというが、疑いの目で見る鉄道ファンは少なくない。そこに浮かび上がる鉄道先進国・日本のお寒い現実とは−−。【小林祥晃】

 トワイライトエクスプレスは最後尾の車窓を独り占めできる個室や、日本海の夕日を眺めながら楽しむフルコースのフレンチが売りの豪華列車。登場から25年、個室は今もなかなか取れないプラチナチケットだ。その「廃止」の報に、鉄道に関する著書の多い明治学院大国際学部教授の原武史さんは「ゆったりと旅したいというシニア層には根強い人気がある。少子高齢化が進み、ニーズはより高まるはずなのに」と首をかしげる。

 JR西日本は「車両製造は40年前で、老朽化した」と説明しているが、複数の関係者は「理由は他にもある」と口をそろえる。一つは、2016年の北海道新幹線開業で青函トンネルの電圧が変わることだ。「現在の交流20キロボルトから、新幹線用の25キロボルトになります。するとトワイライトを引っ張る機関車が使えなくなるのです」。新たに機関車を製造するにも「1両あたり数億円かかり、しかも他の在来線では使えない。別のところに投資したほうがいいという判断です」(JR西日本社員)。
トワイライト
 もう一つは「並行在来線」への支払い問題だ。並行在来線とは、整備新幹線(北陸新幹線や北海道新幹線、東北新幹線の盛岡以北など)と同じ区間を走る在来線のことだ。新幹線開業後は経営がJRから切り離され、地方自治体や地元企業が出資する第三セクターに移管される。トワイライトが走る直江津−金沢間の北陸線や信越線は、北陸新幹線が開業する来春、「あいの風とやま鉄道」や「えちごトキめき鉄道」などの別会社路線になる。「そこにトワイライトを乗り入れるには、JRが三セク側に通行料を支払う必要がある。既に三セク化された岩手や青森の先例から見積もると、年間数億円に達するかもしれない。人気があるとはいえ『列車1本のためにそこまでは』との声が高まり、廃止論へと傾いていったのです」(同)

 「先例」の関係者は、トワイライト廃止の報を悲壮な思いで受けとめた。「とうとう来たかという感じです」。岩手県の第三セクター「IGRいわて銀河鉄道」の広報担当の男性社員が言う。IGRは東北新幹線の八戸延伸(02年)に伴い、岩手県内の盛岡以北の並行在来線(東北線)を引き継いだ。寝台特急「北斗星」「カシオペア」(いずれも上野−札幌)はIGRの線路を走っており、同社はJR東日本から運賃と特急料金を受け取っている。年間約3億円。「当社の旅客収入の2割を占める額」なのだ。

 北斗星とカシオペアについても「北海道新幹線(新青森−新函館北斗)開業までに廃止されるのではないか」と取りざたされてきた。トワイライト同様、電圧問題があるだけでなく、ビジネス客も利用する北斗星は新幹線に客を奪われ、利用者が減る恐れが指摘されている。

 「トワイライト引退が引き金になって、北斗星やカシオペアの廃止に向けた議論が進むことが最も怖い」と男性社員。この事情は、青森県の三セク「青い森鉄道」も同じだ。

◇切り離され不安定化する在来線
しなの鉄道
 2001年には累積赤字24億円を超えた、
 その後も厳しい経営が続く「しなの鉄道」



信越本線跡
 草に埋もれる信越本線碓氷峠の上り線跡

リバイバル特急あさま
 リバイバル特急「あさま」は峠を登らない。
 軽井沢方面へは碓氷バスに乗り換える。

混雑する碓氷バス
 連休や夏休みには碓氷バスは大変混雑する。
 鉄道に比べ所用時間も運賃も倍以上かかる。
 並行在来線を三セク化する仕組みは、1990年の「政府・与党合意」に基づいている。整備新幹線の建設を進める政府がJRの負担を軽減するために編み出した。新幹線が開通すれば、乗客を奪われる在来線の採算は悪化する。三セク化は、お荷物となったローカル線を、新幹線を「アメ」にして地元に押しつけたようなものだ。事実、並行在来線を引き継いだ三セクは、どこも運賃値上げや沿線自治体からの追加出資などで何とかしのいでいるのが実情だ。


 世界の公共交通に詳しい関西大教授(交通経済学)の宇都宮浄人(きよひと)さんは「乗り換えの手間が増え、運賃も上がるとなると、路線のネットワークが損なわれて地元の乗客は減っていく。悪循環です」と指摘する。「新幹線を造ることだけが目的ではいけない。 新幹線開業を機に地域の公共交通全体を使いやすく活性化させるべきなのです」


 北陸新幹線(長野−金沢)と北海道新幹線が開業すると、石川、富山、新潟の3県と北海道で、それぞれ新たな三セク会社が発足し、日本の縦横に広がる鉄道網の「ブツ切り状態」が加速する(図参照)。


「三セク化で切り離された東北線や、これから切り離される北陸線や信越線は、生活の足というだけでなく、日本の物流を支える大動脈。そのネットワークが失われつつあることをもっと重く考える必要がある」と語るのは、岡山県などで路面電車やバスを運行する「両備グループ」代表の小嶋光信さんだ。
 確かに、これらの路線は北海道・東北と首都圏、関西圏を結ぶ重要なルートだ。青函トンネルは1日約50本の貨物列車が通過し、北海道の農産物輸送に役立っている。東日本大震災直後は貨物列車が日本海側を経由して被災地に物資を運んだ。

 その「動脈」がバラバラに運営されれば、列車の運行は複雑化し、自然災害などの緊急時に臨機応変の対応が難しくなる。さらに経営の不安定さは長期的には安全性や信頼性を損なう恐れもある。
「鉄道のネットワークは人間の体と同じく、途切れることなく全身を巡っているからこそ機能する。並行在来線は従来通りJRが運営し、ネットワークを維持できるよう国が手立てを考えるべきだった」と小嶋さん。
「今の日本には国策として鉄路をどう整備し、どんな地域づくりをするかのビジョンがない。目先の損得だけにとらわれるべきではありません」
宇都宮さんも「線路は地元が所有し、列車の運行だけJRに任す方法もあった」と言う。


 「トワイライトエクスプレスはJRの新幹線優先の経営で消えていく。効率や採算ばかりを優先する経営がまかり通り、乗客はそれに異を唱えることもできない。消費者の意向を顧みないのは、もはや鉄道業界ぐらいではないか。そういう経営はそろそろ改めるべきでしょう」。そう叱るのは原さんだ。

 宇都宮さんによると、欧米では鉄道は道路と同じ「社会のインフラ」と位置づけられているという。日本の場合、道路建設は採算性だけで判断しないが、鉄道となると赤字か黒字かの話になる。「もうからない鉄道は切り捨てられても仕方がないとの思い込みを捨て、今こそ公的な使命を考えるべきです」

 先人が築いた日本の鉄路は、どこへ向かうのだろうか。




元の記事のリンク先;
http://mainichi.jp/select/news/20140613k0000m040010000c.html

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