Side-A:1

 ・・・暑い・・・。

 夜間のバイト先であるコンビニから家へと帰る道中。
 遙か先のアスファルト上にいつまでも見えている「逃げ水」を追いかけるのに少々ウンザリしながら、僕は先日やっと納車になった真っ赤なMTBをこいでいた。太陽の位置も既に随分と高くなり、・・・僕はついさっきまでの忙しさを思い出して一瞬気が遠くなりかけた。夏休みの期間中は、しばらくはずうっとあんなカンジなんだろうか・・・。

 朝、交代要員である新人のバイト君は定時よりも随分早くやってきた。聞けば最近発売になったばかりのゲームに熱中していて、実は一睡もしていなかったのだと言う。僕は苦笑しながらも簡単に引き継ぎを済ますと、入れ替わりに保冷室に入った。時期が時期なので、ジュース類が切れていないかのチェックだけはしてからあがろうと思ったからだ。
 しかしその直後から店内には彼だけでは対処しきれない程にお客が入り始めたらしく、・・・僕は防寒ジャンパーに袖を通してからそれほど経たないうちに、早々に新人君に助けを求められた。

 店内を見回して、僕は呆気にとられてしまった。一体どこから湧いて出たのか本気で調査してみたくなる程に、店内には人が溢れていた。
 急いで前掛けを着け、レジのヘルプに入る。そうこうしているウチに配送のトラックはやって来るし、ふと気づけばそれらの品(特に生鮮食料品や、牛乳、パンなど)を検品前にレジに持って来ちゃうお客もいて、狭い店内は一時、冗談抜きに騒然となった。まぁ世間的には『夏休み』に入ったばかりだし、いつもと客層も違ってくるからある程度は仕方ない事態だとは思うけど・・・。これじゃあとてもじゃないが「お先に。」と言い残して帰ることなど出来やしない。
 そのうち時間になって現れた店長も加わり、・・・しかし僕はふと、今日の予定が何もなかったことを思い出して腹をくくり、レジに並ぶお客を次々と捌いていった。





 ・・・ようやっと勤務から解放されて店を出ようとした時、敬虔なクリスチャンでもある店長は、胸の前で十字を切りながら僕を拝み倒したあとよーく冷えた缶コーヒーをおごってくれた。時刻は僕の本来の終業時刻から既に二時間以上を経過し、太陽はその強烈な日差しをいよいよ本格始動させようとしていた。

 僕は家まであと10分ぐらいの所で公園を探し始めた。このあまりの暑さにもらったコーヒーをすぐに飲んでしまおうと思ったのもあるが、それ以上に家のゴミになると判っているものをわざわざ持ち帰りたくもなかったからだ。
 幸い僕の進行方向右手に、この辺りにしては珍しく樹木の多い児童公園が見えてきた。よし、ついでに木陰にでも入って少しだけ休んでいくとしよう。

 僕はその公園を目指してMTBのハンドルを切った。



"And then, there were..."
(#1)


Side-B:1

 私は人見知りが激しい。

 普段の私を知っている人が聞いたら、きっと一笑に付してしまってまともに聞いてくれないであろう。・・・でも、それも当然と言えば当然だろう。ある時期から、私は皆んなの前で自分の本心をさらけ出すことをやめたのだから。




 子供の頃には確かに見えていた「不思議なもの」。しかし年齢を重ねるにつれ、私の周囲の友達からはそれらのキラキラとしたものたちがいつの間にか消えてしまった。私は焦って一所懸命に皆んなに問いただしてみたのだが、・・・そんな行為は、結局は私自身を窮地に追い込んだだけだった。そしてある日、とうとうクラスのボス的な存在の男子が、「あいつとそのテの話をしたヤツは仲間はずれにしてやる。」とまで言いだしたため、私の周りからは急速に「仲間」が消えていった。

 しかし私は、自分には確かに見えるもの、聞こえるもの、そして何より「感じるもの」を、他人に言われるままに否定してしまいたくは無かった。

 そう。

 私自身を変えることなど出来ないのだから、せめて他人に迷惑がかからない程度に話ぐらいはできるよう、私は自分の言動や挙動、その他の行動全てに「不可思議さ」を加えてみた。取りも直さず「ヘンなヤツ」と言われれば、少なくともそれを認知してもらえた人とは表面上のつき合いは可能だからだ。




 でも、・・・怖かった。
 そんな状況は私にとってひどく苦痛だったし、そしてなにより「裏切られるかも知れない」という気持ちはつのる一方だった。




 やがて私はいつの頃からか、せっかく相手から話しかけてくれても「えへへ〜。」と意味不明の言葉を返すようになってしまった。自分では積極的に相手と関わりたいのに、決して理解されないであろう私自身の心や感性に触れられるのを極端に恐れ、・・・しかしそれも他人との距離を測った上でつき合う術をいつしか心得てしまえば、単に「慣れ」の範疇でしかなかったと思い知らされることになる。

 ・・・そしてジレンマに悩む日々・・・。

 それまでの態度が急変した私に、父は看護学校で心理学を教えている知人を頼って一度だけ心理テストを受けさせたことがあった。
 私は自分から結果を聞いたことは一度も無いが、少なくともそれ以来、父が私に今まで以上に優しく接するようになったという事実からすると、評価はあまり芳しいものではなかったことは間違い無い。




 私はあの頃、・・・有り体に表現するなら『孤独』だった。






Side-A:2

「カシュッ」
ごくごくごくごく・・・、ぷふーっ。

 店長ありがとう。すごく美味しい缶コーヒーでした。
 でも、でもですね、よーく冷やそうという気持ちのあまり、これをフリーザー室に入れて置いたのはなにかの間違いですよね?
 飲みきるまでに中身を溶かし溶かししていたせいで、あれから更に30分は経ってしまいましたよ、ええ、本当に。

 まぁ、何はともあれ少し落ち着いた。うまい具合に陽の光を遮る木陰も見つかったし、何より涼しいベンチも確保したし・・・。

 僕は何だか惚けてしまい、何をするでもなく人っこ一人いない公園でしばらくぼけっとしていた。太陽はいますます強く輝き、都会で生きながらえている蝉がけたたましく鳴いている。連日つづく猛暑のせいで、僕はセミそのものが岩に染み入ってみたら面白いだろーなー、などと莫迦げたことを考えていた。

 と。

 突然僕の頭上から「ガサッ」という音がして、僕の心臓は寿命が尽きるまで続けていてしかるべき不随意筋運動を一瞬停止しかけた。今のいままでこの公園の敷地内には、僕と蝉以外の生物は存在しないと思っていたからだ。
 僕は驚きのあまり、そのまま姿勢を硬直させた。
 「・・・ふっ、ふっ。」

 ・・・ネコか??
 少し恐怖心の和らいだ僕が、恐る恐るそちらの方向へ振り向こうとすると、
 「ふっ、ふえええええええーん、だれかたすけてぇ〜・・・。」

 な、何だ?! 新手の冗談か?! それともどこかに隠しカメラが・・・。
 いやそんな訳無いだろう、一体なにがどうしたんだ?
 僕は泣き声のする方へ首を回した。

 「ありゃ。」
 「あっ、そこのおにーちゃん、たすけてぇ、こわいよお。」

 僕が見たもの。
 それは、木登りをしたはいいものの降りられなくなって困惑のあまり泣き出した5〜6才ぐらいの女の子が、木の枝にしっかりと縋りついたまま動けなくなっている様子だった。

 「大丈夫かい?」

 するとその女の子はくりくりとよく動く綺麗な瞳で僕を一瞥すると、次に激しく非難するかのような口調になってこう言った。
 「だいじょーぶじゃないよ、だから『たすけて』っていってるのっ!!」

 ・・・そりゃまた・・・ごもっともなお話でした・・・。



Side-B:2

 ある日、今まで私の周囲にはいなかったタイプの人を見つけた。
 私がいつものように分厚いヴェールの向こうから、屈折したカタチでもって話しかけたりちょっかいを出したりしても、あの人は私を拒絶しなかった。いつも少し驚いたような困ったような顔になるだけで、そのあとは決まって私の持ち出してきた話題につき合ってくれるのだった。
 ・・・なんて言ったらいいか。素っ裸の乳児が思う存分手足を動かしても、最後にはそれらを全て笑って受け入れてくれる、そんなタイプの人。

 最初はこわごわ手だけをパタパタ。
 でもにっこり。

 次に思い切って足もバタバタ。
 それでもにっこり。

 私はなんだか「わーっ」と叫びたくなるぐらい嬉しくって両手両足をせわしなく動かし、・・・ついには全身でジタバタと暴れてみる。
 それでもあの人はにこにこしているだけ。

 裏山でUFOを呼び出そうとしたことも、有名な心霊スポットに行こうと言ったことも、そしてあの旧校舎で閉じこめられて一晩を一緒に過ごしたことも、全部全部私の大切な思い出。
 ・・・いつしか私にとっての「不思議」は、そんな私のことを最後まで笑いながら見ていてくれる「あの人の存在そのもの」になった。「運命の人」なんて陳腐な言葉じゃ絶対に足りない、もっともっと大事ななにか。





 その「あの人」が、ある日私の前から居なくなってしまった。
 その反動なのだろう。小・中学校の頃に少しだけうち解けたクラスの皆んなとも別れ、たった独りで入った高校で私の「人見知り」は再発し、そしてあの頃よりも更にひどく悪化した。




 そう。




 他人とのつき合い方を少しは学習した私は、いつしか「いつもちょっと不思議なことを言っている、クラスの妹的な存在」として、以前よりももっと多くの他人を欺き続けることとなってしまったのだ。私にはそれがなんとも心苦しく、・・・そして何よりも「あの人に会いたい」という気持ちは、つのる一方だった。

 やがて本も読み知識もつけ、子供の頃には怖くて出来なかった一人旅も克服した。そして電車に飛び乗り、・・・しかしその日留守だった「あの人」には、家の郵便受けに手紙を投げて来た。

 手紙にはたった一言、
 「あなたに、会いたい」とだけ綴った。

 でも、不安もあった。あれからもう時間があまりにも経ちすぎているし、あの人はもうすっかり変わってしまって、私など覚えていないかも知れない。今会っても、もうあの頃みたいな「嬉しくてたまらない時間」を一緒に過ごせないのではないかという心配が・・・。




 「あの人」が私の所へ会いに来てくれるまでの数ヶ月、私は本当の意味でおかしくなりそうだった。


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“sentimental graffiti”はNECインターチャネル/マーカス/サイベル/コミックスの著作物です。.