95年4月の様子   

 

La casa(家) 

 4月7日(金)に成田を出発。マイアミに一泊して8日(土)にパナマに着きました。ホテル『パイティージャ・イン』に二泊し、9日(月)からアパートに入居しました。私たちの3年間の住居は『ウルトラマール・プラサ』という、14階建てのアパートの7階です。

 ドアには鉄格子が付いていて、鍵を4つ開けないと家のなかに入れません。アパートの入口には銃を持ったガードマンが24時間立っています。

 さて、アパートの住み心地ですが、「広いけど古い。」の一言です。床が、固い大理石風のコンクリートでできているので食器も電気製品も落とせば必ず壊れます。

 台所はベニヤ板でできていて、白蟻、木食い虫、だんご虫、ゴキブリが出ます。部屋数はメイド部屋も合わせて6つあり、全体で40坪位だと思います。シャワーは3ヵ所ありますが、浴槽がありません。停電になると、断水になるは、エレベーターは止まるはで、スリル満点です。ビルの横にアパート共同のプールがあって、そこにパナマ人の先生を呼んで水泳を習うことができます。

 電話はまだまだ通じません。工事の人がいつ来るか決まっていないようです。パナマは1カ月や2カ月電話が付かないのは当たり前だそうです。

 家具はアパートの大家と別な人がいて、冷蔵庫、洗濯機、乾燥機、ダイニングセット、応接セット、ベッドなど一通りの物を新品でそろえてくれました。よく見るとかなり安っぽい物だったのですが、文句は言えません。スペイン語がしゃべれないからです。

La escuela(学校)

 3年間お世話になるパナマ日本人学校は、マルベージャ地区の高層アパートの谷間にあります。昔は太平洋が良く見えたそうですが、今は周りのアパートから良く見られる側になってしまい、海は全く見えなくなってしまいました。

 校舎の中はクーラーが効いていてとても涼しいです。スコール(土砂降り雨)が降ってもいいように、屋根付きの運動場と芝生の屋外運動場がありますが、どちらも狭くてまるで中庭のようです。一年中週一回の水泳授業があるので、25ウくらいはほとんど全員が泳げるそうです。

 週休二日ですが、土曜日には日本人会のサッカークラブと剣道クラブがあり、自由に加入できます。指導は教員がやることになっているので、主人は週休二日になりません。

 児童数は小学部と中学部を合わせて60人弱。一時は100人を越えたこともあったのですが、6年前のノリエガ対アメリカ軍の戦争の時に大幅に減ってしまいました。 現在もマイアミなどに会社を引き上げてしまう企業も多く、次第に児童数は減りつつあります。

 心理と侑理の新入学した1年生は13人で、これでも児童数の多い学年です。13人中、日本の幼稚園を経験しているのは心理と侑理だけで、他の10人はパナマの幼稚園を卒業、1人はタイから来た男の子です。心理と侑理は日本の幼稚園で鍛えられたせいか、行儀良く座って先生の話を聞くことができましたが、自由奔放なパナマの幼稚園から来たお子さんは席に着いているだけでも大変そうです。

 主人が久しぶりに受け持った2年生は7人。もうすぐ2人帰国します。たった7人の学級を持つのは初めてですが、40人学級と同じくらい疲れると言っています。個性があふれ過ぎているのでしょうか?

 派遣教員は10人。日本の北は北海道から南は大分まで、いろいろな県から派遣されているので、行事のやり方一つにも全員が納得するのにとても時間がかかるそうです。でも、新潟県以外の学校の話を聞けるのは良いことです。

 現地で雇っている職員は、週2回スペイン語の授業があるためスペイン語の講師が4人、英語の講師1人、さらに事務員1人、用務員2人、バスの運転手3人です。 心理、侑理は、学校へはスクールバスで通っています。歩いても5分とかからないのですが、安全のため仕方がありません。学校の周りは金網で囲んであり、門の見張りと、巡回のガードマンが二人います。校外学習の時なども必ずガードマンがついて来ます。

La familia(家族)

 主人

 一番元気です。日本にいたときよりも帰宅時間が早くなり、8時前に帰って来ます。まだ大きな仕事を回してもらっていないせいでしょう。 わざわざ手荷物でパナマに持って来たビデオを、先日間違って変圧器無しにつないでしまい「あっ」と言う間に昇天しました。

 「重い目をして運んで来たあの苦労は一体何だったのか〜!」とショックを受けています。 

 富美子

 4月26日夜。日本大使館から招待されてディナー・パーティーに出席することになりました。

 メイドに3人の子供を預けて夫婦で出席です。着て行くドレスが無いのでデパートに行ってみましたが、私の3号サイズは見当たらず売っているのは10〜14号サイズばかり。ズボンの片方に全身が入ってしまいそうなので買うのをあきらめました。 とりあえず持って来たローラアシュレーのワンピースで出席しようと決めましたが、なんとその日に限って心理が39℃の熱を出し、私は留守番になってしまったのでした。

 「何を着ようかと悩んだ日々は一体何だったのか〜!」とショックを受けています。

 侑理

 4月30日に遠足の下見に行ったジャングル『サミット公園』でたくさん虫に刺され、手足顔があちこちボコボコ腫れています。

 学校ではおとなしく、帰りのバスの中では元気一杯です。家に帰るとファミコンの『もも太郎電鉄』シリーズばかりやっていて運動不足が心配です。

 手荷物で持って来た運動靴18cmがすでに小さくて、新しい靴を買いました。 

 「何でそんなに足が大きくなるの?」とショックを受けています。

 心理

 日本を出るときからインフルエンザを引きずっていたのですが、パナマに着いてすぐに熱を出し、また4月下旬にも熱を出しました。それでもまだ一日も学校を休んでいません。心理は今パナマのコイン集めに凝っていて、家中を掃除したり、お父さんの肩をもんだりしては10¢ずつもらっています。でっかい50¢玉をもらうのが楽しみのようです。

 パナマの湿気の多い気候のせいか、アレルギー性鼻炎がぴたりと治ってしまい、病院から山ほどもらって来た薬が全部無駄になりました。

 「この薬の山をどうする?」とショックを受けています。

 あてな

 パナマに着いてすぐ、心理と二人で熱を出してパイティージャ病院へ行きました。日本語の話せるアルフレッド先生に診てもらって$75。一週間経って治るべくして治ったという感じです。

 それから数日後、今度はおむつかぶれがひどくなって病院へ行きました。蒸し暑いのにパナマのパンパースは日本の10年くらい前の物のように厚くてごわごわした紙おむつなので、あせもとかぶれで大変でした。

 掃除機とモップが大好きでメイドの後をはいはいで追いかけています。4月の下旬から手を離して立とうとするようになり、危なくて仕方ありません。転んだらたんこぶくらいでは済みません。去年来た先生のお子さんは頭を5針ほど縫ったそうです。

 生後9カ月なので離乳食を与えなくてはなりません。これがけっこう大変で、日本のように手軽な離乳食を売っていないのでオートミールを食べさせてみましたが「べ〜っ」と出してばかりいます。それでも「来たばかりの時に比べると、ほっぺもポチャポチャして来たね。」と喜んでいる時に、工事のおじさんに「ほっぺがこんなに腫れてるのは病気か?」と言われてしまいました。

 「失礼ね!」とショックを受けています。

 

La comida(食べ物)

 毎日食べているものは、肉中心になりがちです。牛肉は日本に比べると安いのですが何とも言えない臭みがあり、慣れるまでに時間がかかりました。「牛肉がこんなに赤いとは!」と驚くくらい脂肪がありません。ヒレ肉以外はとても歯が立ちません。もっとも、ヒレ肉ですら心理、侑理はかみ切れずに苦しんでいます。「あごを鍛えると思って食べなさい。」と言っているのですが。 魚はスーパーで売っているのはコルビナという魚ばかりで、冷凍の鮭はとても高いです。3カ月ほど前に日本人の援助で開店したという魚市場に行けばいろいろな魚が手に入りますが、日本の魚とはなんとなく違うようです。エビ、カニは日本のものより大きくて、お買い得と言えるでしょう。けれどもワタリガニと思って買ったカニは「だまされた〜!」という味で、カニのみそ汁は太平洋へと旅立ちました。5月になったらロブスターに挑戦したいと思います。

 南国の果物はかなり安いです。パナマで採れるメロン2$、パパイヤ小30¢、すいか大4$、小2$、バナナ10本50¢、マンゴー1個20¢くらいです。

 しかし、アメリカやコスタリカなどから輸入している果物になると少し高くなり、キウイ1個30¢、りんご1個30¢、なし1$、ぶどう1房1$くらいになります。 味は今一つで、品種改良されていない野生の味です。小さくてまずいりんごを5個買うよりも日本のりんごを1個買うほうがいいな。と思ってしまいます。

 ある日、スーパーで日清のカップヌードルを見つけて、大喜びで買ってみましたが、日本の物とは味が違い、みんなでがっかりしました。本当のラーメンはパナマでは食べられないので、インスタントラーメンが「ごちそう」扱いされる身分になりました。

 牛乳は1Lで98¢ですが、パナマの人にとっては高価なのであまり飲まれていないそうです。私たちもなんとなく味が薄いような気がして、毎日飲まなくなってしまいました。何かで薄めているのか、日本と牛の種類が違うのか、あるいは餌の違いかも。

 また、パナマでは卵を生で食べないほうが良いと聞きました。卵の中にサルモネラ菌が入っていたことがあったとか・・。生卵にお醤油を混ぜてご飯にかけて食べるのが好きな私たちは、それを聞いてビックリ。もうすでに何度も生で食べた後でした。無事で良かった!

 

 中国人の経営する八百屋さんで、日本食も少し買うことができます。(当時は1ドルが90円くらいでした)


〇 キッコーマン醤油1本
〇 カリフォルニア米(錦)10kg
〇 ブルドッグソース
〇 カレー粉 250g
〇 みりん500g
〇 お茶づけの素
〇 梅干し
 

$8.95
$26.66
$6.40
$8.50
$26.00
$5.95
$7.95

800円
2500円
500円
700円
2500円
500円
700円

 まだあまり「日本食が食べた〜い!!」というところまで切羽詰まっていないので、「高い!高すぎる!」と思うばかりです。

 棚に並んでいる食品は腐っていたり、カビが生えていたり、泥で汚れていたり、虫がついていたりで、よ〜く見て買うことの大切さを教えてくれます。この前、バターを買って家に帰って開けて見たら、一箱に4本入っているはずのバターが3本しか入っていません。誰かが一本抜いて行ったのでしょう。

 日本でもおなじみのネッスル、ナビスコ、ハーシーなどのメーカーのお菓子はアメリカからの輸入品のため日本で買うより高く、「チェッ」と思うのでありました。 ただ、他の日本人の方たちが甘すぎて合わないというパンやドーナツが私たちにはぴったり合ってしまって幸せです。食パンはい一斤45¢くらいですし、ドーナツは一個30¢です。でも、私が三度目に買いに行ったらお店がつぶれていました。不幸せです・・・ 

Compras(買い物)

 段ボール箱やスーツケースに12個分の手荷物を持って来ましたが、パナマで3年間暮らすために必要なものはこちらで買わなければなりません。特に電気製品は日本は100v、パナマは120vで日本製品を使うには変圧器を通さねばならなくて面倒なため、炊飯器以外はほとんどパナマで買うことにしました。

  @ テレビ2台      29インチ$515 14インチ(中古)$50 
  A ビデオ(中古)       $80           
  B 電子レンジ         $270          
  C 掃除機           $169          
  D コーヒーメーカー     $29           
  E ファックス         $319          
  F ベッドカバー、シーツセット   ダブル$45×1  シングル$25×4  
  G まくら            $29×5          
  H お皿、カップのセット   $109
  I オーブントースター    $39
  J ミキサー          $49
  K 心理と侑理の入学式スーツ一式$181×2  
  L アルミ製踏み台      $49
  M 子供用カーシート     $250
  N ケーブルテレビの入会金 $200
  O 日本人学校入学金    $200×2
  P 日本人会会費       $180

  その他、毎月

〇 家賃(家具つき)       $1625  (145000円!)
〇 心理、侑理の授業料     $200×2 
〇 バス代             $20×2
〇 メイドの給料         $140
〇 ケーブルテレビ        $43
〇 富美子のスペイン語授業料 $75 
〇 主人のスペイン語授業料  $80

 私たちの買った品物は、パナマで製造した日本製品、アメリカ製がほとんどです。が、パナマでは中国製や韓国製の電気製品がけっこう幅をきかせているようです。 日本製と言っても日本で売られている製品から遅れること7年〜10年という感じですし、アメリカ製はよく故障します。 

 オーブントースターを買った時、品物渡し場で、前にいたアメリカ人が私たちの受け取るはずのトースターを盗んで行きました。店から出る前だったので別のをもらって帰ることができましたが、油断がなりません。

 NOTICIAS

 

4月7日(金)

  夕方5時20分発シアトル経由マイアミ行きのアメリカンエアライン26便で成田を出発しました。マイアミのホテルに泊まりました。 

4月8日(土) 

  午後1時にパナマに到着しました。 

4月12日(水)

  近所の八百屋さんに強盗が入りました。

 「怖いな〜。」と思っていましたが、翌日には営業をしていました。

4月13日(木)

  心理と侑理がパナマ日本人学校に入学しました。この1日のために買ったスーツや靴は全部で4万円弱。くらくらです。

  同じ日、主人はパナマ日本人学校で新任のあいさつをしました。同じ学校の隣同士の教室で、心理、侑理が怒られている声も主人が2年生に話している声もみーんな筒抜けです。

  同じく13日の夜。斜め向かいに住んでいる教頭先生のアパートのガードマンが銃で撃たれて死亡しました。奥さんの取り合いが原因だそうです。私たちの部屋からも銃声が何度も聞こえ、カーテンの陰から覗く主人に、「流れ弾に当たったらどうするの!」などと言いながらも様子を見ていました。しばらくして、パトカーのサイレンが聞こえました。

4月30日(日)

  遠足の下見に行った帰りにパナマ運河を見に行きました。タイミングが悪く、船が運河を上って行くところは見られませんでした。帰りにお土産やさんで鼻輪をつけたクナ族のおばあさんから$20で『モラ』という刺繍を買いましたが、それはただのアップリケで、価値がないと言われました。