イエスの生涯 (1)


 刑柱上の彼に衆人の目が注がれていた。ある者は憐れみの目を持って、ある者は嘲りの目を持って、ある者は怖れの目を持って彼を見つめていた。
 真昼であるというのに不気味な暗闇が覆っていた。彼は堪えがたい痛みと苦しみに耐えていた。それ以上に彼を耐え難くしていたのは、「彼がメシアであるなら自分を救って見ろ」と叫ぶ神を冒涜する声であった。
 彼はこのような運命になることがあらかじめ定められていたことを知っていた。しかし現実にこの状況に立たされたときいかに苦しいものであるかを知った。
 意識がもうろうとし、痛みだけが彼を襲ってくるように思えた。遠ざかる意識の中で、彼はその半生が走馬燈のように浮かんできた。彼、つまりイエスが生まれたのは前2年の秋、ユダヤのベツレヘムであった。

 当時父ヨセフと母マリアは緑豊かで穏やかなナザレに住んでいた。しかしローマ皇帝アウグスツスの命令によって生まれ故郷のユダの地へと旅をしなければならなくなった。身重であったマリアにとってその旅はつらいものであった。出来ればナザレの地で子供を産みたかったが、当時皇帝の命令は絶対的なものであった。ベツレヘムに着いたが、多くの人が宿泊していたため泊まるところがなかなか見つからなかった。マリアは旅の疲れと、時折押し寄せてくる陣痛の痛みに、どこでも良いから休みたかった。彼女はエホバに休み場を与えて下さるよう熱心に祈願を捧げた。
 ついにある親切な人が、家畜小屋でも良ければと、救いの手を差し伸べてくれたので、彼らはそこに泊まることとなった。マリアは遂に休み場を得たのである。彼女は藁の上に横たわると、これから産まれて来る子は一体どのような子供に成長するのであろうかと思い巡らすのであった。
 それというのもマリアには実に不思議なことが次々と生じていたからである。
 ヨセフとの結婚を控えたある日のこと、マリアは超自然の幻を見たのである。彼女の前にみ使いが現れ、「あなたの子供は偉大な者となり,至高者の子と呼ばれるでしょう。そしてダビデの王座に座し、ヤコブの家を永久に支配するのです。しかも彼の王国に終わりはありません。」という宣告がなされたからである。その幻を見た後、神の聖霊の力によって、彼女は妊娠したのである。
 しかしマリアは、ヨセフに誤解されることを恐れた。マリアは親族のエリサベツから励ましと勇気を得ようと彼女を訪ねた。エリサベツは長年うまずめでありながら、夫ゼカリヤが幻を見た後、妊娠した事を聞いていたからである。彼女ならマリアの置かれている状況を理解し、励ましてくれる事を、マリアは確信していた。そして期待に違わず、エリサベツから大いなる勇気と確信をマリアは得、ヨセフの元に返っていった。
 マリアはヨセフに妊娠したことを告げた。ヨセフはマリアの話を信じることが出来なかった。しかしマリアが他の男性と接触するふしだらな女性ではないことも知っていた。ヨセフは悩みに悩み、ひそかに別れることを決意した。
 その夜ヨセフはマリアの妊娠がまさに神からの力によるものであることを、夢の中で告げられた。こうして2人は結婚したのである。
 
 ダビデの家系であるヨセフもこれから生まれるであろう子供が約束のメシアであり、偉大なものとなることを希望していた。しかしダビデやソロモンのような王者となるものの誕生にしてはあまりにお粗末な場所であった。この子は本当に王となるのであろうか。ヨセフに疑念が湧いても不思議ではなかった。
 夜中、元気な男の子が誕生した。ヨセフは優しく赤子を抱きながらその子の顔をまじまじと眺めた。別段変わったところがあるように思えなかったので、少し拍子抜けしたように思えた。
 明け方、子供が誕生したことを聞いた近くの女性達が親切に様々な援助をしてくれたので、マリアとヨセフは感謝でいっぱいであった。
 突然、見知らぬ羊飼い達が訪ねてきた。彼らの話す所によると、突然光り輝き、今日ベツレヘムでメシアが誕生したという知らせを受けたので、急いでベツレヘムに来たのだという。その話を聞いていた人たちは驚き、この子は一体何になるのであろうかと驚きの目で見つめた。

 同じ頃、東方でも不思議なことが起きていた。星を見ることに長けていたバビロンの博士達は、今まで見たことのない不思議な星を見つけていた。それは異様に輝く星で、イスラエルの上方で輝いていた。彼らは、イスラエルにメシアなる王がベツレヘムで生まれると言う預言を知っていた。その預言によれば、いつメシアが誕生しても不思議ではない時期であった。彼らはまさしくその印であることを確信した。
 こうして彼らは、莫大な贈り物と共にイスラエルに向かって旅立った。
 
続く

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