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2001年・JBW第5戦がまかつCUP・近畿・滋賀県・琵琶湖《10/12〜14》
今年も暑い夏です、季節の中で"夏"が一番好きなSHINGOにとっては気分はいいのですが…、私が勤めている会社には、"盆休み(夏休み)"という体制(習慣)がありません。
そんな関係から7月下旬になんとか3日間の休暇を申請し(8/21〜23)特別に"夏休み"を取り無理矢理であるが、『JBワールド最終戦in琵琶湖』のプリプラを敢行した。その間にバタバタと仕事をしては琵琶湖の準備をしていた。ただ疲労と猛暑でフラフラと衰弱していく・・・。
そして、まだまだ残暑の残る8月20日の夜。勤務後の20時を過ぎた時間にフラフラと準備を完了し、これまたフラフラしているレスキュー"N"と合流して共に琵琶湖へ向かった。
毎度のコトではあるが私の体調は疲労のピーク(注・34才児レベル)を少し超えていた。いや、かなり超えていたと思う…。
多くの方の予想通り体温は薬を飲んでも37℃を超えている・・・、大人しく寝ていた方がいいのは分かっているが、レスキュー"N"のお陰で決行に踏み切った。
これもあらかじめ、『2000年!夏のバケーション・イン・琵琶湖』という企画にレスキュー"N"を誘っておいたお陰である。よかったぁ。
これもニュータイプのSHINGOとしてなのか、このプリプラの決定をした瞬間(7月下旬)に"頭の中を疾走した光"を信じて急遽レスキュー"N"を誘っておいたのだが…。まさかニュータイプの"勘"通り、琵琶湖に着く頃には、市販されている薬でも抑えが効かなくなる位に体が悲鳴を上げ体温が38度を越え更に上昇している事からもレスキュー"N"を誘っておいて正解であった。
名神高速道路の栗東インターを降り景色を見ると台風の影響からか風が強く吹いているのが分かる。
「きっと琵琶湖は荒れているだろうなぁ・・・。釣りに出れるのだろうか?」
そして琵琶湖大橋を渡りながら見た琵琶湖は予想通り荒れていた。
レスキュー"N"が「SHINGOさーん、琵琶湖荒れてますよ、どうします?」
私は、琵琶湖が大荒れで尚且つ身体がガタガタ震えているため、一つの大人としての判断を下した。
「では、BOHへ行こう!」
「BOH?それなに?体調も不良なんだから民宿に行って薬のんで寝た方がいいじゃないんですか?」
「だから、その前に是非BOHへ行こうよ」
「?」
「あそこに見えるだろう?」 と私は指を差した。
「え?あ・そ・こ?」 と大きな看板を見つけた。
「あー"BOH(琵琶湖大橋病院)"ですね!!」
というわけで琵琶湖大橋の袂にある救急病院へ直行!!!
緊急入院みたいに保険証も持たずに飛び込んでみたが、関東と勝手が違い診察手続きに時間が係ってしまい待つコト約1時間・・・。待合室の長椅子で待っている間に虚ろな目で『BOH(琵琶湖大橋病院)』を観察していた。
関西の病院は生まれて初めてだったので他の病院はよく知らないが、ココは何だか陽気な雰囲気が院内に感じられた。まるで『吉本新喜劇』の病院版を見ているようだ!と一人でニヤニヤして"病院コント"を眺めていた・・・。(注・かなり危険人物と周りの人達は感じたのか混雑しているにもかかわらず長椅子は貸切だった。)
やっと「渡邉新吾さーんっ」と、コールがあり、よろめきながら診察室へと向かった。診察と同時に、先生が、
「こりゃアカンわ!!・・・」(注訳・関西弁で"これはダメじゃん"の意味)
そのまま崩れ落ちるように気絶し気が付けば病院のベットの上で注射と点滴を2本打たれていた。残念ながら琵琶湖で釣りどころではない・・・。
診察後「入院しとうないやろ?今日は早よー寝て、明日も来いや!」という"ありがたい言葉"を頂いた。元気であれば「なんでやねん!」と間髪を入れずにツッコミをしていたのに残念である。(注・今でも後悔している)
車に戻りレスキュー"N"に医者の"ありがたい言葉"を伝えたら、即"民宿"へ向かいチェックインをした。琵琶湖が見える2階の部屋に入ったのを確認した私は即気絶。そのまま朝を迎えた。
朝(8時頃)起きたはいいがアタマがガンガン痛い「寝過ぎたか?(注・違います)」、そこで"ありがたい言葉"を思い出し、レスキュー"N"を起して病院に行き点滴を2本打ってもらった…。お陰で身体が楽になった。
なんだかんだで午後になってしまったが、コッソリと釣りの準備をして琵琶湖に浮かぶことにした。(注・医者の"ありがたい言葉"は無視した為に実現したが良い子は絶対にマネをしない事)無事にボートの準備して、ボートを琵琶湖に浮かべて、天候は雨であるが二人でニヤニヤしながら『2001年!夏のバケーション・イン・琵琶湖』がスタートした。
まずは、身体がクラクラ・フラフラのまま、有名なディープホールへ。ノンキーがポロポロ釣れた楽しいのですがキーパーは釣れない…。そして、今のバスは小魚(鮎?!)を追って各流入河川にいると闇情報を得て、和迩川・安曇川河口へ一気に北上・・・。身体がグラグラ・ブルブルになるも、またもやキーパーが釣れません…。ノンキーは、ガンガン釣れるんだけど・・・。
体調悪化と天候不順で16時に上がり、豪華な夕食をするため"サイゼリア"に行った。(注・琵琶湖に来て点滴以外始めての食事)
丁度、友人の浅見さん(バスボートオーナー)と連絡が取れたので3人で夕食をしながら、思い出話しをして楽しい時間を過ごしていた。
今回の釣行記(病院行記)を話した時に浅見さんの
「SHINGOさんそのままだど死にますよ」
「…ですよね」
の会話が印象的だったなァ…。
折角の『2000年!夏のバケーション・イン・琵琶湖』で、琵琶湖まで行ったのに自己管理ができない34才児なためにまともなプリプラができずに、リーマンバスプロSHINGOにとってもレスキュー"N"にしても貴重な3日間という時間があっという間に過ぎていく。
3日間のうち釣りをしたのはどのくらいだったのだろう・・・。ほとんど寝ていたような気がするが・・・。まぁー、外は3日間天候不順だったから良かったような気もするが・・・。(いいのか?)
しかし、良く考えるとレスキューも、私と同じくらい寝ていたような気もするのだが…。「ナゼなんだろう?」 元気なはずなのに。と、疑問(?)を抱きつつ一旦琵琶湖に別れを告げて帰路に着く時間になった。(注・琵琶湖についての成果は?という疑問は持たないコト)
そして、体調が完全復活しないまま、翌週のJBM第6戦へ参戦をし、(注・JBM第6戦レポートをご覧下さい)そして気が付けばJBワールドの琵琶湖戦の本番を迎えることになってしまった。(注・まぁーいつもどおりというコトで)
ここで、突然アタマの中に"みのさん"が登場!!(注・ニュータイプの為か)
「まずは題1問・どうやって琵琶湖まで行く?」
「レスキュー"N"の緊急出動で・・・」
「…ファイナルアンサー…」
「…ファ、ファイナルアンサー」
「…正解!」
「・・・」
「では、題2問・トレーラー車検のないボートを会場までどう搬入するの?そして大会中はどうする?」
「・・・ボートを借りる和邇ヨットクラブから会場のファイブオーシャンまではプラの時にボートでプラをしながら会場まで行き、大会中はビックフットさんの桟橋に係留し大会終了後に和邇ヨットクラブまで戻る・・・そのためにはレスキュー"N"に車を陸送してもえば何とかなるかも…」
「…ファイナルアンサー…」
「…ファ、ファイナルアンサー」
「…正解!」
「・・・」
「では、題3問・どう琵琶湖のバスを釣る?」
「…ベイトフィッシュの層や大きさとかに合わせて釣ること!そして、ウィードの他は・・・と、あとはその場その場での対応を・・・」
「…ファイナルアンサー…」
「…ファ、ファイナルアンサー」
「…よく分からないので不正解!」
「・・・ですよね」
そんなこんなでトーナメント二日前の会社終業後の21時にレスキュー"N"と共に琵琶湖に向かった。
過酷な道中であったが琵琶湖到着後は予定通りまだ熱が下がらずフラフラしていたので、まずは常連になりつつある『BOH(琵琶湖大橋病院)』へ向い「いつもの2本!」と点滴を打ってもらってから和邇ヨットクラブに入りボートの準備をしてプラを開始した。
このような状態でなんとか、気になるポイントを南湖からチェックしていくのだが集中力が続かず途切れ途切れの意識の中でのプラで辛い。キーパーなんか釣れない。ただこの状況で私は流入河川を中心に周っているとギリギリキーパーサイズではあるが獲るコトができた・・・。
そして、レスキュー"N"との作戦(予定)通りに任務(プラ)を終えて夕方には会場であるファイブオーシャンに到着し、愛車ランクル80に行くと、そこにはレスキュー"N"の置手紙が・・・。
「急遽、大阪で仕事の打ち合わせがあるので・・・、土曜日の夕方に参上します・・・レスキュー"N" PS・そのかわりにレスキュー"H"に後を御願いしておきました・・・」
「・・・(涙)、でレスキュ"H"は?」
「ここに参上!!(初登場のナイスガイ…詳細は秘密)」
「アナタでしたか!よろしく御願いします」
その晩に彦根プリンスホテルにて、NBC主催の緊急会議『琵琶湖のバス問題について』地元の漁師さん達と意見交換が行われた。しかし、薬(ヤクではない!)を服用していた私は、ほとんど意識がないまま(注・ヤクではないっ!!)うつろに聞いていた。ただ今後のバス問題に大きな波紋を広げて行くだろうという感じはヒシヒシと伝わっていた。
ちなみに、今回のお宿は『国民宿舎:つづらお荘(お世話になりました)』とう由緒あるホテルかな?同宿選手は山木軍団達(山木君、いしいさん、清野君、浦田さん)というココロ強いメンバーであったため安心して気絶できました。
初日の天候:晴れ
スタートしてから、作戦名・『西岸の流入河川を南下!!作戦』で内容は一気に愛知川→安曇川→和迩川というルートで周り、チェックのため南湖の木の浜→ディープホールで入れ替え・・・という作戦だが…。 はたして・・・
作戦通りに各ポイントをチェックして帰着しただけであるが、各河川にてバイトがあり各ポイントで、1匹はキーパーを手にすることが出来た!リグは、スピナ―ベイト・ラバージグ・.スプリットショット・.ダウンショットをメインに使用。まずは、スピナーベイトをキャストして、生命反応があった場所でのみスプリットショットリグを泳がせて釣っていった。
点滴と薬が効いたのか体調がよくなった感じで、釣りにも集中ができた為、まぁ、6本釣れて1匹入れ替えが出来たので自分の中では上出来の初日であった。(ノンキーは25本程キャッチしたよ!)
〈初日の成績:5匹・2,734g・12位〉
二日目の天候:晴れ時々雨
二日目の天候はかなり不順で、まるで私の体調がぶり返すようである・・・(?)。
初日と異なってバスが上ずっている様子がうかがえるが・・・、各河川河口部を移動しながら、安曇川に入りキャストを繰り返すとバイトがあるがフッキングまでいかない・・・
「ショートバイトで食い込まないのか?」
そんなバイトが数回あり、雨が振ると同時にやっと1匹キャッチすることができた。そのまま粘っていたが、なぜか私にはノンキ―のみである。陸ッパリマン達はコンスタントにキーパーサイズをキャッチしていくが…。
12時を過ぎてから風が強くなってきたが、キーパーを取りに気になる和迩川までいき、ダウンショットで1匹キャッチしてキーパーを2本にした。
周囲のボートや選手達がポツポツと釣り上げているのを見てしまっているので、気持ちばかり焦り時間だけが過ぎて行く。各河川での釣り方のベーシックである"オカッパリの足元にバスはいる"が陸ッパリマン達は沖に遠投をしたがる(人間の性なのか・・・)。そのためにキャストしたいが、陸ッパリマン達のラインとクロスしてしまうため思ったように
キャストができない…極力邪魔をしないようにしながら粘ってキャストを繰り返す。そうこうしていると、風が更に強く吹き始めたので"危険"を感じたため一度、安曇川へ戻ることにした。
安曇川に着くと丁度フィーディングモードになったのか、ノンキー嵐の中なんとかもう1匹追加することができた。そこでもう少し粘って本数を稼ぎたいところだったのだが、風はどんどん強くなるばかり。白ウサギならともかく、白クマにでもなったら大変である!!無事に帰着のことを考えて戻ることにした。
〈二日目の成績:3匹・1,754g・28位〉
三日目の天候:晴れ
朝からピーカンの良い天気。しかし、風が吹き荒れていたのでこれから湖面は荒れ放題になるだろうと予想がつく・・・。だがスタートと同時に本能的に勝手に身体が一気に安曇川を目指していた。
到着してみたが陸ッパリマンが大勢でウエーディングしている。その僅かな合間(注・隙間)を、極力迷惑がかからないように陸ッパリの足もと〜4m前後の沖目のラインを狙って打って行き、何とか11:00くらいまでに3本揃えることに成功。
その後、プラと初日にキーパーが取れた愛知川に行ったが他の選手が多く入れないため、その周辺をチェックして行き1匹釣ることができてリミット達成まで後1本である。
帰着時間が迫る中、狙いを3〜5mのレンジでウィードが点在しているポイント上で魚探にベイトが映った!!その瞬間にワームをキャストしてハーフドラッキングで流し、1本追加することができリミット達成!!帰着時間15分前の出来事である。全開で帰着し大勢のギャラリーがいる検量場へ向かう。
〈三日目の成績:5匹・2,658g・8位〉
今大会を振り返ってみれば体調不良のまま5点覚悟で参戦したが、プラでココダ!と思って入っていったポイントで先行者や陸ッパリマンとバッティングしながらもキーパーをポツポツ取れたのが良かった。ビックワンを求めて和迩川まで南下したが、1本しか釣れなかったけどよくやったと思える大会であった・・・。浅見さん、レスキュー"N"、レスキュー"H"の活躍が大きかった事は生涯忘れない思い出になった。
おまけ・・・最終日トーナメント終了後に荒れた湖を横断し会場(ファイブオーシャン)から和迩川にある和邇ヨットクラブに戻ってきた時にはGPSのアンテナがもげて湖へダイブしてしまった・・・(注・約10万円)やガソリン代はハイオクを一日80?はゆうに越えていた事を思うと大変なトーナメントである事には変わりはない・・・。(注・ハイオク:170円/?×1日消費分×3日間=??!)
そう言えば、大阪勤務から『国民宿舎:つづらお荘』に合流したレスキュー"N"が妙に終始ニコニコであった。理由についてはたぶん"そのちゃん"と一緒の宿で夕食も一緒だったためと思われる(笑)
優勝:佐藤 信治 プロ
2位:相羽 純一 プロ
3位:泉 和摩 プロ
4位:庄司 潤 プロ
5位:平沢 和徳 プロ
12位:SHINGO
入賞されました選手の皆様おめでとうございました!(拍手!!!!!)
そして、最後にスポンサー各位に感謝!大会運営委員の方々に感謝!そして応援してくれた皆様、これを読んでいるキミッ! ありがとうございました!!!
2001年のクラシックへの権利を手に入れることができました!!!!
メインタックル1
RIG:スピナ―ベイト
ROD:ウエダ・プロ4 ・シェーカー(SK−60B)
REEL:リョービ イクシオーネM300LF
LINE:東レ スーパーハード 12lb
LURE:ゲーリー スゴイスピナ―ベイト3/4oz+ゲーリージャンボグラブ(#042 ウォーターメロン)
メインタックル2
RIG:ラバージグ
ROD:ウエダ・プロ4 セブンスファイター(SF-70B)
REEL:リョービ イクシオーネM300LF
LINE:東レ スーパーハード 12lb
LURE:半田ジグ1/2oz.+ゲーリージャンボグラブ(#042 ウォーターメロン)
メインタックル3
RIG:スプリットショット
ROD:ウエダ・プロ4 スーパースプリットショットスペシャル(4S-610S)
REEL:ダイワ・エンブレムZ2500I
LINE:東レ スーパーハードスピニング 5lb
LURE:ゲーリー カットテール(#042 ウォーターメロン)
メインタックル4
RIG:ダウンショット
ROD:ウエダ・プロ4 ファインライン-60(FL-60S)
REEL:ダイワ・エンブレムZ2500I
LINE:東レ スーパーハードスピニング 5lb
LURE:ゲーリー カットテール(#042 ウォーターメロン)
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