マスターズプロ 2nd 『がまかつCUP』 琵琶湖

「うッー…おッ、遅い!まだ来ないのか?」(誰?)
「いったい、何時になったら“貞子”は“セバスチャン”と“1000人の諭吉”を連れて我が家に『恩返し』に来るんだー!」
こうなったら、誰でもいい
『我こそは“貞子”だ!』と名乗る君!1000人の諭吉を携えて我が家まで来たれ!
(ただし、コワイ貞子と近所の貞子と名乗るばーちゃんは除く)

 こんにちは、すぐに暴走(妄想です)しそうになるJBWのSHINGOです。(33才児)

本題に…
夜の中央道をJBM第二戦の地である琵琶湖に向けて爆走中に“それは起こった”「あと、3時間位で琵琶湖に着きそうだ(午前1時頃)」フッと意識が散漫になった空白の数秒の間に『罠に掛かった。』後方で
ピカッと光った。(注:ピカチューではない)
…その数分後、
私はパトカーの中にいた。(涙)
薄れ行く意識の中(眠いのとここで“ごねて”時間を掛けていると琵琶湖に着かないという葛藤の中)で一発免停は免れたが…(大泣)ポリスメンの「以後気を付けるように」が私には
「パンツ洗っておととい来やがれー」と聞こえた。絶対聞こえた。あとは罰金の紙を握り締め琵琶湖に向かって爆走した。(良い子はマネしないように)

何とか間に合い(?)ドタバタで準備をして琵琶湖戦を戦った。600人という参加者(バスボート550艇以上)のため初日は皆の動向を伺いながらスポーンのバスを探した。が、人が多く見つからずスポーンに関係のないバスをゲーリーのスゴイミノー(アマゾンカラー)とスゴイスピベー(1/2oホワイトのタンデムウイロー)で3本取り100位で折り返した。(これでいいのか?)

2日目は昨日と同じエリア(赤の井)をやり通すもプレッシャーと“疲れ”で集中できなくて何が何だか分からないまま
全くのノーバイト・ノーフィッシユに終わった。しかし、奇跡的にも150位で止まりポイントを貰うことができた。(2日目は150人位がウエインで450人以上がノーフィッシュ…感無量)まだまだ、ブッツケ本番はリスクが高いと反省しながら“何となくブレーキの効きがおかしい”ペンション・ランクルで家に帰った。
(これが第二の悲劇の始まり…)


戻る