トーナメント・レポート


JBジャパン第4戦 in 霞ケ浦
(1999年5月22〜23日)
BW第2戦が終った翌週、カルト雑誌?"ロドリー(ロッド&リール)"の取材を受ける事にした。
ロドリーからの課題は、"ゲーリーの3インチグラブでビックバスを釣る!"、私も何かと忙しいリーマンとして、この取材をJBジャパン戦の霞ヶ浦にぶつける事にした。

の、よく考えなくても無謀と分かる事柄が、私の中で"完璧な作戦!"に思える程疲れていたのであった…。

つものように、仕事を終えてタックルの準備をしていると、何だか気持ちが悪くなってきた…、そのまま酒も飲まないのに吐き気がしてきた。おかしいな?と思った時は遅く、吐いていた。その後、寒気、悪寒が走り熱が一気に38度まで上がり倒れてしまった。

を飲みながら、どうやら死ぬらしいとボンヤリ思う程最悪であった。が、そのまま霞ヶ浦に行く事にした。(無謀!よい子はマネをしない事!)
高速に乗ると完全に死ぬと思い。下道を吐きながら走り、午前5時に何とかKMC(カスミマリンクラブ)に付き、ロドリーの人と合流した。会う人が全員、幽霊でも見るように見ている…。

回、ここまで無理をして来たかと言うと、初のロドリーデビューはもちろんであるが、この取材のカメラ艇に親友(私が勝手に決めている。)である"ロコ・スポーツ"の細田さんに無理(店をバックレて)を言って来てもらったからである。それなのに病気で休む訳にはいかない。しかし、大日本製薬の冬虫下草を2本飲んだお陰でフラフラしながらも取材を始めることにした。

は、前回のJBWで使わせてもらった"スキーター笹渕スペシャル"でプラを兼ねた取材を行う事になった。(笹渕さんに感謝!)
細田さんのケジュンにカメラマン(アイドルマン)が乗り、釣っているシーンや"元気?に見えるSHINGOプロ"の写真になるように撮影をしてもらいながら…。(この模様は、来月のロッド&リールに出るので買ってみてください。)

後4時まで出来るプラだが、2時の段階で記憶が飛び始めてので、ストップ(勘弁)してもらいKMCに帰る。と、同時に倒れた。6時まで意識不明であった。(笑?)その後、食事に行ったが何も食べられずに薬と液キャベを飲み、早々と倒れた。しかし、今度は"お腹"もやられ…気が付けば朝になっていた。

直、朝起きた時トーナメントは、中止にしようと思った。が、トーナメンター(釣りバカ?)の血が騒ぎ出場する事にした。(これまた、ロッド&リール8月号に詳しく出るので買ってみてください。)



トーナメント終了後、KMCに戻りロドリーの人(大場氏)に家まで私のランゾウ(ランクル80)で送ってもらいました。(感謝!)めでたし、めでたし?

次回は、クラシックの出場権をとるぞー!



※このレポートを踏まえて、ロッド&リールをお楽しみください。私(編集長BIG)もトーナメントの詳細を知らされておりません。。。^^;


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