oasis

2000.3.9.thu
大阪城ホール


 

 例えばビリー・コーガン、例えばトレント・レズナー...その人が存在してくれているだけで、うれしくなってくるアーティストがいる。
そして、ノエル&リアム・ギャラガー兄弟。
巨大マスの上に立ちながら、もっとも身近なところでリアルに存在し、なおかつスター然とした輝きをもった佇まいは、やはりその存在だけで感動させられるアーティストだと思う。
 ときおり伝わってくるおバカなニュースに笑い、2年ごとに届けられる音に癒され力づけられながら、気がつくとoasisは当たり前のように私の日常に存在し居座りつづけ共有している。
 そして待ちつづけた今日の大阪城ホール。1列目という夢みたいなチケットを手に、もうすぐ目の前に現われようとしている彼らを、中学時代の友達に久しぶりに逢うようなワクワク・ドキドキ気分で待っている。

 18:58、客電が落ち、19:00きっかりにライヴは始まった。海外アーティストの時間のルーズさになれてる私には時間の正確さに戸惑いながらも、目の前で“GO LET IT OUT”をガニ股ガラ声で唄うリアムに釘づけになる。oasisを語る時はどうしても、音の屋台骨を支えているノエルに目が向きがちになってしまうのだけど、ロックスター部分の光を放ち、引っ張っていっているのはやはりリアムなんだということがわかる。オラウータンのように歩き、猫背でなにひとつかっこ良くないのに、ステージ上の彼からは目が離せず、ハートマークにトキメキてしまう。周りの男子にはキャーキャーうるさい女と思われていただろけど、半径1メートルのマイ・ロックスターのキラメキに叫ばずにいられない。CDで聴いてるだけでは今一つ思い入れを持てないでいた新譜『STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS』の曲も深く重く鳴りひびく。やはり彼らの曲にハズレはない。
 新たにアンディとゲムがメンバーに加わっても予想どうり変化はなく、すぐれたメロディーとキャッチーなアーティストキャラクターが改めて浮き彫りになって、それがまた嬉しくさせる。趣味の良くないステージセット。スマートさのない衣装。ドラマティックでもドメスティックでもない私達の毎日が、切り取られてそこにある気がする。
 熱くも冷たくもない36℃平熱の温度感で、正面きって鳴らす肯定の音。誰もが(?)感じることだと思うけど、oasisの音は何もかも肯定することから始まているように思う。「俺はここにいる。ここにいていい」時に痛々しくも感じるその音は、誰もが簡単に言えそうでいて言えない言葉をまっすぐに音にしてくれていて感動的。
 そしてその音はライヴでさらにパワーアップして心に入り込んできた。
 「私はここにいる。ここにいていい」涙腺の弱い感動家の私はやっぱり泣いた。そして横にいた友人も泣いていた。何十回も一緒にライヴに行っている友人だけど、(ライヴで)泣いたのを初めて見た。私達が同じことを感じていたのかどうかはわからない。けど、この時を共有共振したことは事実だ。

 自分が愛おしくなる優しい音ってだけでなく、勝ち続ける苦しみと、明るく笑いとばせる強さを持つ大きな音。なんかムチャクチャ絶賛してるけど、叫び、唄い、跳び、泣き、笑い、身体中の五感をフル回転させて、脳ミソの中ぐるぐるさせて、感情をさらけださせてくれるライヴに、「感動ぅぅぅぅぅぅ♪」と盛り上がるキモチを押さえられない。

BANDにおいて続いていくことがずべてだとは思わない、音にも旬はあるし、その旬の実りが大きければ大きいほど、継続はむずかしいと思う。今回のライヴでも1st・2ndの曲を多数演奏し「過去の名作に頼ってる」と見られても仕方がないところもあると思う。
 しかし、常に自分達を信じて肯定し、まっすぐを見ている彼らには、そのまま進み、ゆっくりと腐ちていって欲しい。「ドンづまりの自分をどれだけ笑えるか」というROCKの神髄を、そのまま体現できるBANDだからこそ、その続きを見てみたい。
 ラストの“Rock'n Roll Star”で見た、カッコよさも、カッコ悪さも、見苦しさも、混沌も、全部輝きに変えるロックスター、oasis。今、彼らはここにいて、私もいる。そしてその音は、これからもずっと私の生活の一部として存在していく音だと思う。

その後、「ノエルがツアーから離れた」との情報が入ってきた。ノエル抜きでツアーは続くらしいけど、リアムが全部のボーカルとるのか?大丈夫かなぁ、と思いつつ見てみたい気もするのでした。(でも、日本公演の後で良かった。)text by 浦山


 やはりロックのライヴはミュージシャンがカッコよく(顔ではない)、曲と歌が良く、演奏がバシッとしている、シンプルなステージが1番だと思う。しかし、これが意外とむずかしい。シンプルなスタイルでライヴを演ると、曲の不出来や演奏能力のなさ、華のなさを露呈させてしまうことが多々あるからだ。成功すれば熱狂的にファンに受け入れられるけど。(ミッシェルやハイスタが良い例。)

 前回の武道館だけの来日公演がイマイチだったらしいoasis。最新作の『STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS』で、若干落ち着いてしまった感はあったのだけど、目の前に現われた彼らは、相変わらずふてぶてしく、その姿を見ただけで半分理性がフッ飛んで、「ノエルー!」「リアムー!」と叫びまくってしまった。(1列目だったし、目の前まで来てくれたリアムは、とってもチンピラだったし(ハートマーク)。)
新曲や歴代の名曲を淡々と演奏する彼等に、すっかりハマッてゆく。ドラムとベースのメンバーチェンジがよかったのだろう、硬質なバックの音はバンドらしくなり、重さと響きを持ち聴きごたえ十分。ギェラガー兄弟のコーラスも素晴らしく(声でかい!)、歌がメチャうまい!て訳でもないけど、感動的だった。そして、生『Live Forever』を聴いて私は決めた。「なんてイイ曲なんだぁ!私も歌うぞぉ!」と(笑)。(ただいま、コード丸暗記して練習中。何年ぶりかにギターさわってるのでした。)と、個人的バカ話は例なんだけど、こんな単純な気分にさせてくれるライヴだったのです。全体的には8割くらいの出来だったと思うけど(リアムが全開ではなかったように感じた)、忘れられないライヴのひとつになったのでした。

 余談だけど、彼等のパワーに感化されたのか、ライヴ後はファミレスで食べまくり、次の日は、CDと服に月のお金を使い果たしてしまった。バカもの感覚も、うつるのか?(彼等も日本で買い物三昧だったらしいし。text by 矢野

 


 

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