ニューオリンズ
旅行記

「そもそもニューオリンズに移ったのは、あの街とあの街の雰囲気がすごく気に入ったからで、何かやりたいことがあるんだったら気分が盛り上がってよし、別に何もせずにだらだら暮らしてても取り残されたような気分にもならずよしっていうこの街独特な雰囲気がいいなと思ったんだ。あと、建築的にもなかなか面白い建物が多くて、スピリチュアルなムードに溢れているのも気に入ったし。」(トレント・レズナーの発言よりBUZZ 3月号)

 アトランタから乗り継いだバスがニューオリンズに着いたのが、まだ朝が開けてない時間帯だった。バスターミナルのファーストフード店で決して美味いとはいえない朝食を取って時間をつぶす。日が昇り始めた頃、荷物をコインロッカーに入れて街を歩いてみる。数日前、ヨーロッパにいたときはもう冬という感じでセーターを離せなかったけれども、こっちはTシャツ一枚で過ごせるくらいの暑さ。日本でいえば屋久島と同じ緯度にあるのだ。高層ビルが立ち並ぶ地区を抜けてカナルストリートを横切るとニューオリンズの観光の中心地フレンチクオーターに入る。ここの一角は植民地当時の建物が残っている地域で合理的に出来ている普通のアメリカの地方都市とは全く違う雰囲気を持っている。バーボンストリートの一角は朝の繁華街のけだるい空気が漂っている。植民地時代に造られたヨーロッパ調の建物が朝の光に映えて非常に美しい。フレンチクオーターといえどもフランス人が入植したときに築いた建物は二度の大火事によって焼失し、スペイン人が支配していた時に現在の街並みになった。ミシシッピ川沿いのムーンウオークと呼ばれる遊歩道に出ると観光船や工場、ミシシッピ川にかかる橋を見渡せる。アメリカを貫く大河の終点近くにしては思ったより向こう岸が近い。ただ、港に停泊している大型船の存在が川の深さを物語る。

 フレンチクオーターに戻ってセントルイス大聖堂を望めるジャクソン広場の周辺ではストリートミュージシャンがギターを弾いたり、トランペットを吹いたりしている。ニューオリンズはジャズの発祥地である。植民地時代から白人と黒人の混血が進みクレオールと呼ばれる人々や文化・料理を生み出してきた。ジャズはそんな様々な文化がぶつかり合って生み出された音楽である。今のニューオリンズにはそういう文化がぶつかり合ったパワーはもうないけれども、その代わりに独特のゆるい退廃的な空気がある。それがトレントの「何かやりたいことがあるんだったら気分が盛り上がってよし、別に何もせずにだらだら暮らしてても取り残されたような気分にもならずよしっていうこの街独特な雰囲気がいいなと思ったんだ」ということなんだろう。街を歩くと店や路上から音楽が聴こえてくる。それがヒップホップとかではなく、相変わらずジャズやブルースであるというところに時間が止まってしまった観光都市の特徴が表れている。

 街を歩く人は観光客が多いせいか白人が多く、黒人が思ったより少ない。アトランタのダウンタウンは黒人ばかりであるのに対し同じ南部でもずいぶん違う。もっとも、1983年まで(1883年でなく)、1/32でも黒人の血が入っていれば「黒人」とした条例があったらしく、そういう意味では黒人は多いのかもしれない。治安は思ったより悪くないけど、それは自分が男であまり金を持っているような格好をしてなかったせいだろう。ただ、マクドナルドでフィッシュバーガーセットを食べているときに見るからにホームレスの男がやってきて「食うものをくれ」というので、「何もない」というと強引にフライドポテトの食べ残しを二つくらい持っていったということはあった。

 夕方から夜になるにつれてバーボンストリート界隈は盛り上がってくる。この通りにはレストラン、バー、ストリップ劇場、ライヴハウスなどが並んでいる。オープンエアのレストランで黒人の少年が路上でタップを踏んでいるのを眺めながらミシシッピ川で採れた大きな牡蠣を食い、地元のビールを飲む。至福のときである。今日はどこのライヴハウスに行こうかと思いながら牡蠣を食べ終わり、フラフラと通りを歩く。賑わいは夜遅くまで続いている。

 次の日、朝から郊外のスワンプ(沼地)ツアーに出かける。ニューオリンズ近郊は湿地帯が多くさまざまな動植物が生息していて面白い。ホテルからバスでボート乗り場まで行くあいだに、墓地の横を通るのだけど、ニューオリンズの墓地は、シンプルな十字架や墓標のみの墓でなく、小型の神殿風の豪華なものが多い。やはり白人と黒人の文化が混ざり合い、中米にも近いことからブードゥ教の影響も受けながら「死者を祀る」ということに関して他のアメリカの街とは一風変わっている。「スピリチュアルなムードに溢れているのも気に入ったし」というトレントの発言を裏付ける。

 そんなニューオリンズの空気が描かれている映画に『イージーライダー』や最近ではあまり評判にならなかったけど『ダブル・ジョパティ』がある。『ダブル〜』の後半はニューオリンズの社交界やフレンチクオーターの雑踏を利用して監察官の手を逃れる主人公というのが描かれたりする。『イージー〜』の後半もニューオリンズが舞台で(というか、アメリカ人にとってニューオリンズってある種の「終点」なんだろうな。歌でも「ニューオリンズへ行くのさ」とかよくあるし)フレンチクオーターや墓地のシーンがある。また、この映画はマルディ・グラの季節で、主人公たちはそのお祭りを目指してロサンゼルスからバイクでニューオリンズへ向かう。マルディ・グラとはキリスト教の謝肉祭の最終日のことで2月から3月上旬のニューオリンズはパレードで飲めや歌えや踊れやのドンちゃん騒ぎになるとのこと。

 去年は『イージー〜』の30周年でちょうど滞在していたときに記念イベントがあり、House of bluesというライヴハウスでピーター・フォンダなどが来ていた。その前の日にパブリック・エナミーのライヴを観たその会場は、黒人男が多かった前日と打って変わって革ジャンを着たイージーライダーな白人中年男女が多数つめかけていてノスタルジーに浸っていた。でもこの映画ってぬるいノスタルジーの対象になるものじゃないと思うんだけどな。あまりのぬるさに会場を出ると映画そのまんまのキャプテン・アメリカ仕様のバイクが停まっていて、ピーター・フォンダが本当にこのバイクで会場に乗り付けたらしい。翌日はロサンゼルスに向かう飛行機が朝早いのでホテルに帰ってすぐ寝た。

 さて、ここまで書いていて、ニューオリンズの空気が伝わっただろうか。もっとも、自分も2泊3日の滞在なのでまだまだこの街の魅力は味わい尽くせなかったけれど。歴史的建造物が多く、いろんな文化が混ざり合い、スピリチュアルで、お祭り好きで、かつての最先端文化を担っていた、観光都市って日本で言えば京都だと思うんですがいかがでしょう?   text by ノブユキ


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