エッセイの部屋

「表現と癒し」 阪神大震災で思い出すのは、地震のショックからまだ誰も立ち直れないでいた平成 七年二月、曽我碌郎さん(現・六郎さん)の呼びかけで作られた川柳集『悲苦を越 えて』です。当時の私、職場が半壊でライフラインも断たれ、不安で一杯でした。 しかし、『悲苦を越えて』の川柳を作るためにボールペンを握り、ノートに川柳を 書き始めると、すっと不安が消えてゆく不思議な体験をしました。それは、川柳を 作ること、表現することは、心を癒しへ導くものであるという実体験でした。 広辞苑では、「表現は心的状態・過程または性格・志向・意味など総じて精神的・主 体的なものを、外面的・感情的形象として現すこと。また、この客観的・感性的形象 そのもの、すなわち感情・身振り・動作・言語・手跡・作品など」と記しています。 一方、「癒し」を現す英語のヒールは、ギリシャ語のホロスに由来し、「心身ともに 何らかの原因でばらばらになった状態を全体としてひとつのものにする」という意味 を持っています。表現という行為は、まとまりを失ったものを全体としてひとつのも のにする働きがあると思われます。表現された作品が他者に感動を与えるということ は、作品にエネルギーがあるというだと思います。心のバランスを失わせているエネ ルギーを作品として凝集・昇華する作業が表現なのでないかと思います。表現にはカ タルシス効果があるとも言われています。カタルシスはギリシャ語で、浄化・排泄と いう意味を持つ言葉です。心理学的には、無意識の内に抑圧されている過去の苦痛で 屈辱的な、あるいは恐怖や罪悪感をともなう体験やその表象を、主体が想起しそれを 言語化するときに、その体験や表象にまつわりついている感情や葛藤が表出され、心 の緊張がほぐれることを言います。以上をまとめると、表現はカタルシス効果を持ち、 心の自由な働きを乱す有害な情動エネルギーを外部に排出し、心の自由な働きを回復 させるものとなるのでないかと思います。 表現には表現する人のイメージを形成する自由な想像力が不可欠であり、また表現され たものに触れ理解するにも想像力が必要です。自由な想像力はイメージを形成するだけ でなく、固定的なイメージを変容させ、私たちの心も変えてゆく働きがあるようです。 『悲苦を越えて』は、そのタイトル通り私に地震の悲苦を越えさせてくれました。表現 だけでなく、川柳仲間の作品を通しての共感、連帯感も、大きな癒しの力だったように 感じています。 悲しみを歌えば街に雪が舞う
「日本ウソツキクラブ」                   「日本ウソツキクラブ」というクラブがあります。会長はユング心理学の研究者である 河合隼雄先生です。実は私も、この「ウソツキクラブ」の会員です。かなり以前に神戸 で河合先生の講演会があり、その後の懇親会で「ウソツキクラブ」の入会を勧められた のがきっかけです。入会してからは、電話、メールで直接先生からウソツキ道のご指導 を受けています。さすがに「ウソツキクラブ」の会長、どこからウソで、どこから本当 か全く判りません。しかし、私も長年研鑚をしたので、近日中に「ウソツキクラブ」公 認のウソツキ免許証が頂けそうです。 現在、会員は全国津々浦々にいて、その数は数万人になるのでないかと言われています。 入会金は八百万円、例会は毎年四月一日のエープリルフールに開かれています。入会条 件はただ一つ、毎日、一回以上、他人を幸せにするウソをつくことです。ただし、例会 の開かれる四月一日だけはウソをついてはいけないことになっています。会員数と入会 金から計算すると巨額の資金が集まっていると思われますが、「ウソツキクラブ」の金 庫は空っぽ。毎年開かれる四月一日の例会も、これまで参加した人がいない模様です。  「ウソツキクラブ」のウソは漢字で表記される嘘とは少し異なり、ユーモア・ジョーク に近く、開放的な一体感を作るもののようです。 ドイツの心理学者シュテルンは「嘘とは、だますことによってある目的を達成しょうと する意識的な虚偽の発言である」と定義しています。「嘘は泥棒の始まり」と言いますが、 「絶対嘘をついてはいけない」という厳し過ぎるしつけは、親の思いとは正反対に、嘘つ きを育ててしまうことがあります。厳しいしつけが悪いわけではありませんが、あまりに 厳し過ぎると、正直に「ごめんなさい」と言うことが怖くなってしまい、嘘に嘘を重ね、 そのうちにいつも責任をはぐらかし、ごまかしてしまう嘘つきになってしまいます。子供 が親に対して嘘や秘密を持つことは、親とのあいだに心理的距離が出来たこととも解釈で きます。独立した精神をなかなかもてない人は、秘密を持つことに耐えられない人間であ るとも言えましょう。適度に秘密をもつこと、嘘をつけることは、健全な人格の大きな要 素でもあるのです。子供にケースバイケースで巧くだまされてやるのも親の役割かも知れ ませんね。 あ、今、河合先生から電話が入ったようです。今日は「上手な嘘のつかれ方」のレッスン です。「ウソツキクラブ」に興味があり、入会希望の方はご連絡下さい。入会申込み書を すぐにお送り致します。 瞬きをしないで嘘をついている
「笑いと健康」                   先ず最初にジョークをひとつご紹介致します。 患者「先生、私、初めての手術なもんですから、とても心細くて心配なんです」 医師「お気持ちはよく分かります。実は私も初めての手術なんです」。 最近、笑いへの関心が高まっています。吉本興業など、笑いを売る産業も隆盛です。 社会の核家族化、パソコンや携帯電話、インターネットなど通信技術の発展は人間の コミュニケーションを間接的なものにしています。間接的なものでは充たされない自 然な心が笑いを求めているのかも知れません。この笑い、私たちの健康にも良い効果 があることがだんだん分かってきました。笑うと脳が刺激され、それが神経へ伝わっ て、神経ペプチドという免疫機能活性化ホルモンが分泌されます。これにより身体の 免疫力がアップし、ガン細胞の殺し屋として有名なナチュラルキラー細胞を活性化し ます。実際に行った笑いの実験でも、ナチュラルキラー細胞活性の上昇した例が次々 と報告されています。モルヒネの数倍もの鎮痛作用と快感作用のある、ベータエンド ルフィンやエンケファリンなどのホルモンも笑いにより増えることが分かっています。 その他、身体の働きを活発にする効用も注目されています。笑い過ぎて顔やお腹が痛 くなったという経験、皆さんも持たれたことと思います。 笑う時には胸やお腹、腰、 背中など、さまざまな部分の筋肉を使っているのです。その運動量は私たちが普段歩 く以上もので、多くのエネルギーを消費します。内臓の働きや血液の流れも良くなり、 便秘や冷え性、不眠なども良くなるといわれています。また、お腹を揺さぶるほどの 笑いは腹式呼吸になり、副交感神経の働きを助け、自律神経の働きを整えるので、ゆ ったりとリラックスした気分になります。可笑しくて笑った時だけでなく、作り笑い でも免疫力が高まり、ナチュラルキラー細胞の働きが活発になるという実験結果も出 ています。これは顔の筋肉が動くことによって何らかの神経伝達物質が作られ、脳へ 伝わるためと考えられています。 女性にとって気になるのが笑いジワです。顔には二十以上の表情筋がありますが、シ ワを気にして使わないでいると筋肉がドンドン衰え、肌のハリやツヤに悪影響を及ぼ します。逆に毎日少しずつでも使うことで筋肉が活性化し、しなやかな肌になります。 笑顔でいることは私たちの魅力を何倍も引き出すだけでなく、心身に癒しと元気を与 えてくれるのです。毎日をはつらつとした笑顔で、イキイキと過ごしたいものです。  赤んぼの笑い囲んで皆笑う
「電車に乗れない」  尊敬する川柳の先輩Fさんは、飛行機嫌悪症で、どんなに遠く不便な場所でも、列車、 バス、船などを利用し、飛行機に乗られたことがなかった。目をギョロギョロさせて、 「あんなものが空を飛ぶのがおかしい」というのがゲゲゲの鬼太郎のような風貌のFさ んの口癖であった。ところがこの飛行機嫌いのFさんが、仕事の関係でどうしてもニュ ージーランドに行かねばならなくなった。それからのFさんは心配で眠れず、うつ状態 になるほどであったが、死ぬ覚悟で日本を出発されたのである。しかし、仕事を終え、 無事帰国されたFさんは、見事に飛行機党に変身、今では近くでも飛行機を利用されて いる。 Fさんの場合は、食わず嫌いと同じような理由で飛行機に乗れなかったのであるが、嫌 いでなく乗りたいのに「電車に乗れない」という人たちがいる。電車に乗ると気分が悪 くなるのである。そのきっかけは、電車に乗っている時の、突然の動悸、冷や汗、めま い、手足のしびれ、息苦しさなどの不安発作(パニック)の経験である。 激しい動悸や呼吸困難など心臓や呼吸器の症状が出てくるので、大抵の人は死ぬのでな いかと思ってしまう。その死の恐怖がさらに強い不安を呼び、ついには救急車のお世話 になることもある。不安発作を初めて起こした時の状況をお聞きすると、ストレスや疲 労、不眠、不規則な生活など、体を調節している自律神経の乱れやすい状態にあること が多い。 電車に乗って不安発作に襲われた人は、その怖い経験を忘れることが出来ず、電車に乗 るとまた同じ状態になるのでないかという不安〈予期不安〉を抱くようになる。この不 安のために電車(特に特急)に乗ることを避け、また、乗ったとしてもびくびくしてい るので、ちょっとしたきっかけで不安発作に襲われてしまう。  人間はやっかいなことに、記憶力のほかに連想する能力もあるので、不安を起こす状 況が電車から他の乗り物、閉鎖的な場所など、連想の広がりと共にどんどん広がってい く。これを心理学的には「汎化」というが、この汎化が不安発作を経験した人の行動範 囲を狭め、終には家から出られなくなるような状態にまで追い込むこともある。この不 安発作は激しいけれど一過性で、しばらく我慢していると嘘のように消えてしまう。怖 れずに電車に乗る訓練をすると必ず克服出来るものである。  その後も、Fさんとはよくお会いしているが、飛行機についてはお聞きするチャンス が無い。しかし、今なら「あんな便利なものに乗らん奴はアホや」と言われるのでない かと思う。 大嘘つきも自律神経騙せない
「パラサイト・シングル」 パラサイトとは「寄生虫(寄生動植物)」と言う意味で、「パラサイト・シングル」とは、 独立する年令になっても親と同居(寄生)し、充たされた生活している独身男女のことを 言います。このネーミングを初めて用いた山田昌弘氏によると、パラサイト・シングルは 寄生しやすい親(宿主)がいてこそ、存在出来るのであり、その親とは、高度成長期に結 婚した当時の若者(一九四〇〜一九五〇年生まれ前後)で、年功序列制度のおかげで、順 調に収入を伸ばし、資産を形成、少子化が進み、経済的余裕が出来、子供のために何でも する親、特に教育にはお金と手間を惜しまない親であると述べています。  実は、我が家にも二匹パラサイトがおります。実に優雅な生活で、日曜休日に家に居る ことはなく、海外旅行は勿論、釣り、野外バーベキュー、ショッピング、映画・・・、ぴ かぴかの自動車を繰り出して、ガールフレンドや遊び仲間と出歩いています。寄生されて いる我々夫婦といえば、近くのスーパーへ食品の買出しや、家の内外の修理や掃除・・・ 鳥でいえば、もう飛ぶ力も視力も低下しているのに巣づくりや立派に成長した雛に餌を与 える状態が続いているという感じです。  山田氏は社会経済的観点から、パラサイト・シングルの問題点を指摘されていますが、 精神医学的にも今後、いろいろの問題が出てくる可能性があります。 パラサイト・シン グルとそれを支える親との間には、依存する子供と依存させることにより、子供を支配す るという共依存に近い関係があるのでないかと思います。その関係が続く間は、まだ問題 はそれほど表面化しないでしょう。しかし、不況と親の高齢化に伴い、パラサイトを可能 にしていた親の経済的基盤が揺らぐ日は近未来に必ず訪れ、老後のためにお金が必要な親 は、もう子供を甘やかすことは出来なくなり、依存関係が崩れ、親と子の対立が生まれる ことが予想されます。独立する精神力を持っている子供は独立していくと思いますが、独 立する力を持たない子供は親に縋りつき、突き放されると、攻撃的になるかも知れません。 一度経験した優雅な生活を捨てることが出来ず、借金や、お金を求めての犯罪行為も増加 する可能性があります。  そのような問題が起きないように、我が家もパラサイト対策を取らねばと思っています。 子供の依存心を取り除き、独立心と責任感を養うことが必要ですが、子供の幼少時代より 相互に築いたこの関係を、さりげなく崩してゆくことは、かなり高度なテクニックが要る と思います。 たっぷりと水を与えて細い茎
「ノイローゼのコンビニ」  医者仲間での自己紹介で、私は、「ノイローゼのコンビニ」と自分を紹介しています。 思春期の頃より赤面恐怖症に悩み始め、それからありとあらゆるノイローゼの症状を経験 して来たからです。私の赤面恐怖症は、性に関する言葉やイメージによって起きていたの ですが、その言葉やイメージが広がるのには困りました。それだけでなく、だんだん自意 識過剰になり、なんでもない他人の言動を自分に結びつけたり、自分の視線や表情が相手 に不快感を与えないだろうかと心配もしました。電車に乗った時に、急に隣の人が立つと、 自分がなにか不快な臭いを放っているのでないかと心配もしました。さらに、外出時の火 の元や施錠が気になり何回も何回もチェックする強迫観念、強迫行為も経験しました。と にかく、ありとあらゆるノイローゼ症状を経験したのです。  精神科医になり、このような症状が消えたかというと、あまり消えてはいません。しか し、五十才を越え、いろいろ経験するうちにだんだん慣れまして、苦痛は少なくなってい ます。人間はどんな状況にも慣れてしまう不思議な生き物だと思います。私のノイローゼ 体験は、精神科医として仕事をするのにプラスにはなっても、マイナスではなかったよう です。同じような悩みの方が来られると、自分の体験も話し、なかなか治らなくて困りま すと話します。すると、「へー、先生もそんなことがあるのですか」と相談に来られた方 はびっくりされます。そして、安心されます。医師として大切な仕事のひとつは、安心し て頂くことではないかと思います。しかし、医師の中には、患者さんに安心を与えるので なく、不安や恐怖感を与える人もいます。不注意な医師の言葉から病気でない人を病気に してしまうことは意外と多いものです。これを私たちは「医原病」と呼んでいます。患者 さんは診察を受ける時は不安と恐怖感で一杯です。医者の言葉と態度にとても敏感になっ ておられます。多少、問題があっても、医者が「大丈夫、大丈夫」と優しく笑って保証し てあげるだけで、安心され、体の自然治癒力が高められ、本当に良くなってしまわれるこ ともあります。  この世の中、何がプラスになるか分かりません。私の若い時代を苦しめ暗くした「ノイ ローゼのコンビニ」状態も、今では診療に役立つものになっています。 失恋もそうです。 私のように失恋の大家になりますと、別れる悲しみにも慣れてきます。恋から解放されて 自由なるのもちょっと快感です。どんな苦しみでも、経験して慣れることは一つの力を得 ることになるようです。 雑草の踏まれ踏まれて咲かす花
「十七歳―思春期」  理解できない行動で世間を騒がせた「十七歳」、この「十七歳」の凶悪事件も、この文 章が川柳大学誌に載る頃には、他の刺激的な事件によって希釈されているだろう。現代は 信じられない情報の量とスピードで押し流されている。  「十七歳」は思春期後半の年齢であり、「十七歳」を知るためには思春期を知る必要がある。 思春期はよく「さなぎ」に喩えられる。それは子供から大人になる間のとても不安定な時期 であり、繭や殻の中でさなぎは孤独な闘いをする。男女ともに性ホルモンの作用により子供 から大人の体に変化する。そして心も、自分だけの世界から他人との関係に広がり、自分と は何かという自分探しが始まる。また同時に、性欲という激しい内なる力をいかにコントロ ールするかという難問にもぶつかる。体は大人に限りなく近づくが、心は不安定で、激しい 性衝動だけでなく、統合できない攻撃性、顕示性、自己中心性など未熟なものも渦巻いてい る。  現代は情報の時代、とにかく情報が多すぎる。性的な刺激、猟奇的な刺激も多すぎる。 そして、人間は悲しいほど情報に動かされる動物である。現代人の心の奥には情報で作られ た欲望のマグマがどろどろしているように思う。バランスのとれた大人であれば、性衝動や 有害な欲望を押さえ込めるが、一番バランスの悪い思春期の子供たちにとって、肥大した欲 望を押さえるのは大変なことであろう。思春期は人生の発情期、人間が一番野性的になる時 期であると思う。性衝動は自他に対する激しい攻撃性にも変りやすく、またそのエネルギー は、未熟で自己中心的な万能感や妄想的な自己イメージを作り上げる可能性がある。そして、 何かの原因で疎外され、心の支えを失った思春期の子供は、危険な行動化、知的で動物的な 犯罪を衝動的に引き起こす可能性がある。  今日、青少年の犯罪に厳しい対応を迫る動きがあるが、私はそれに対して慎重に検討する 必要があると思う。今、ベストセラーになっている『だから、あなたも生きぬいて』の作者 大平光代さんも、思春期には、いじめから親や世間への恨み、割腹自殺未遂、やくざの親分 との結婚など、すさんで手のつけられない状態だったようである。しかし、父親の友人の熱 い説得に自分の間違いに気づき、自己実現に努力され、現在は立派な弁護士として活躍され ている。 思春期は、ある意味では正常の異常状態であり、この時期を通り過ぎ、静かに自分を見る眼 が出来れば、そのほとんどが社会人として素晴らしい活躍をする大人になるのである。厳し さだけでなく優しい視線も忘れないで欲しい。 触れないで見ていたさなぎ蛹白蝶に
「心のサングラス」  夏になると、私たちはいろいろの色のサングラスを掛けます。いえ、今ではファッション として夏だけでなく、季節を問わずサングラスを愛用しています。この目のサングラスと同 じように、私たちが心にもサングラスを掛けているのをご存知ですか。おそらくサングラス を掛けず、そのままの澄んだ目でものを見るのは、赤ちゃんの時ぐらいでしょう。 私たちは無意識に心のサングラスを通してものを見ています。たとえば、気持ちが明るくそ う状態のときはメガネはバラ色、周囲のすべてが楽しく、自分を祝福しているように感じら れます。友人や家族の表情も電車に乗り合わせた人たちの表情も明るく好意的に思われます。 うきうきして人生はバラ色です。ところが、心が暗くうつ状態になると反対で、メガネは灰 色、やること為すことが全部裏目に出るようで、周囲の人の表情も自分を責めるように感じ たりします。同じ人の同じ微笑でも、そう状態では恋人の微笑と感じ、うつ状態では、悪魔 の微笑に感じることもあるのです。このように私たちの心は感情によって左右され、色づけ されています。 さらに、人の心には自分を無意識に守る防衛の機制というサングラスもあります。そのひと つ、投射と呼ばれる心の働きは、自分の中に相手に対する憎しみがあれば、相手も自分を憎 んでいると感じるように、自分の思いを相手に投影する働きです。その他、新聞テレビなど の情報も心のサングラスになります。現在、統計的には殺人などの凶悪犯罪は減少していま すが、テレビのワイドショウなどでは毎日恐いニュースを大きく取り上げ放映しています。 こんな番組ばかりを見ていると、人が信じられなくなり、夜道を歩いていると、電柱が自分 を狙う人影に見えたりします。 話が少し外れますが、心の生み出すものも、情報や社会の影響を受けています。たとえば、 心の病気の人の妄想内容は時代によって変化します。昔は、狐やたぬきがついた、妖怪が入 り込んで、心の自由を奪う、自分は天皇だなどと言っていましたが、今ごろは、テレパシー で感じる、宇宙人がメッセージを送る、人工衛星が狙っている、自分はキムタクの生まれ変 わりだ、などと今風になっています。 私たちは、自分の心はいつも同じであると思っていますが、感情や情報や、いろいろの心の 防衛機制に無意識に左右されているようです。もしかすると、私たちが川柳を作るとき、川 柳の選をするときにも、心のサングラスが影響を与えているかも知れません。 接吻の靴が踏み割るサングラス
「バッテリー切れ」 海の見える丘で偶然にお会いした会員のMさんから、心身クリニックで「うつ病」を取り上 げて欲しいというリクエストを頂きました。今回は、うつ病についてやや教科書的ですが述 べさせて頂きます。 うつ病は分りやすく言えば、脳のバッテリー切れです。脳のエネルギーが少なくなり、考え る力、体を動かす力、生き生きした感情が無くなる病気です。 具体的な症状としては、気分が憂うつで、周囲への関心が無くなり、新聞テレビも見る気が しません。集中力、仕事の能率も悪くなり、気持ちばかり焦り、これでは駄目だと思いなが ら、体が動きません。睡眠も浅くなり、すぐ目が覚めてしまいます。食欲を始め、生きるた めの欲望が乏しくなり、体が痩せて、ひどい場合は短期間で十キロほど痩せることもありま す。また、午前中に症状が強く、夕方になると症状が軽くなるという日内変動と呼ばれる状 態もよく見られます。 うつ病の中には憂うつ気分や、意欲の減退などの症状があまり訴えられず、食欲不振、胃腸 症状、頭痛や肩こり、自律神経症状など、体の症状が前面に出て、精神症状を隠してしまう ものもあります。これは「仮面うつ病」と呼ばれますが、根本はやはりうつ病です。 うつ病の治療には抗うつ剤という薬を使います。抗うつ剤が効き始めるとだいたい三ヶ月ほ どで良くなります。ただ、抗うつ剤の多くに、口渇、便秘、眠気などの副作用があります。 辛いですが、頑張って続けることが大切です。うつ病は肺炎や胃潰瘍などと同じ「病気」です。 十分休息を取り、安静にする必要があります。気持ちの問題だからと、無理やりに仕事を続 けたり、無茶をする人がありますが、エネルギーを浪費するだけで逆効果で、良くなるもの も良くなりません。うつ病は、その回復過程に何回か大小の波があります。この波は大変辛 いもので、うつ病の人を苦しめます。しかし、安静にして十分に休養を取れば、心身共に百 パーセント回復します。辛いですが、この波と自殺したくなる気持ちだけには耐えなければ なりません。また、人生にかかわる大きな決断(退職、転職、離婚など)は、うつ病が完全に 良くなるまで延期すべきです。 うつ病には几帳面で、物事にこだわりやすい性格の人がなりやすいと言われています。周囲 の評価にも敏感で、仕事に復帰したらフルパワーで働く人が多く、再発することもあります。 再発予防には、几帳面になり過ぎたり頑張り過ぎたりする性格をうまくコントロールするテク ニックを身に付ける必要があります。 冬眠の熊の鼻先春の花
「笑う門には福来たる」 世の中には変な好奇心を抱く人がいるものです。私の友人にもそのような人がいます。詳細は 定かではありませんが、ある日、その人はコンドームがどれぐらいの強さなのか確かめたくな り、風呂場の水道水をどんどん入れたそうです。それは恐ろしいほど膨れましたが破れず、日 本製品の優秀さを証明したとのことです。ストレスと心の関係は、水と水袋の関係に似ていま す。どんなにストレスが溜まってもへこたれない人もいれば、ちょっとのストレスでへばって しまう人もいます。 我々の心身は外部の刺激を受けて歪みを起こしたとき、その刺激に適応するための反応を起し ます。これをカナダの生理学者セリエは「ストレス」と名づけました。ストレスは原因により 大きく三つに分けられています。暑さや寒さ、騒音など外的環境から起こる「物理的ストレス」 病気、睡眠不足、飢餓、過労などから引き起こされる「生理的ストレス」。職場や家庭などの 人間関係の葛藤や不安、緊張などの「心理的ストレス」などです。 上記のようなストレスは@倦怠感や横になって眠りたいという体の疲労Aイライラして集中力、 意欲が出ない、寝つきが悪くすぐ目が覚めるなどの精神症状B肩こり、頭痛、目まい、吐き気 などの自律神経症状を生じます。これらが重なって出るほど強いストレス状態ですので、十分 な注意が必要です。ストレスは体の抵抗力、免疫力も低下させ、いろいろの病気の誘因になり ます。現在の日本における三大死因はガン、心疾患、脳血管障害ですが、ストレスはこれらの 病気にも深い影響を与えていると言われています。  では、ストレスに負けない方法はあるのでしょうか。先に述べました水と水袋の関係で考え ますと、まず水の量を減らすことです。物理的ストレスに対しては、美しい音楽を流したり、 花や緑の植物をを置いたり、自分に快適な環境を作るようにします。また、生理的ストレスに 対しては、規則正しいリズムのある生活に心がけ、睡眠、食事に気をつけることです。心理的 ストレスを減らすためには可能な限りストレスに曝される時間を減らし、過去や未来のことを 心配しないよう気持を切り替える練習をすることです。ストレスに強い心は、ストレスに無抵 抗になったり逃避的にならず、ストレスに立ち向かうことにより作られます。何回も大きなス トレスを乗り越えた人は、ストレスに強い心を持つことが出来ます。また、家族や友人と楽し く開放的に笑える時間を持つこともストレスを薄め、心の健康に良い効果があります。「笑う 門には福来たる」です。 乾杯と笑えば肩が軽くなる
「好き嫌い」  バブル経済後の不況が続く日本ですが、街にはいろいろの外食産業の店が並び、バラエティー に富んだメニューの中から好きな物が選べる素晴らしい時代に私たちは生きています。戦後の食 べる物の無い貧しい暮らしでは、両親から好き嫌いを厳しく責められました。しかし、飽食の現 代では、そのような厳しさも少なくなっているように思います。  食べ物の好き嫌いの場合、嫌いで食べなくても、食べ物は文句を言いません。しかし、相互に 影響し合う人間関係での好き嫌いは問題が複雑です。私たちは社会生活を送る上で、いろいろの 人と接していかなければなりません。好き嫌いはあったとしても、人間関係は避けて通れないも のです。特に人間相手の仕事をする場合は、好き嫌いなど言っておれません。人間関係の好き嫌 いで一番問題なのは、好きと嫌いの両極しか無く、嫌いな人は絶対に受け入れない、オールオア ナッシング思考の人です。自分の周囲の人を好きか嫌い、敵か味方で分類し、中途半端や妥協が ありません。永遠に水と油の関係が続きます。しかも、好き嫌いを決める価値基準は極めて自己 中心的で硬直的です。 私は納豆をあの特殊な匂いから食べられませんでしたが、それでも食べている間にだんだん好き になり、今では好んで食べています。人間関係でも、ちょっと苦手な人でも、付き合っている間 に気の合う人になることがよくあります。私の知人に、ある電気製品メーカーの営業をしている 人がいます。彼は厳しい上司と馬が合わず、会社に行こうと思うと吐き気がするほどでした。し かし、ある日、その上司が厳しいのは仕事のためであり、個人的な攻撃ではないことに気づきま した。部下をいじめる悪い上司でなく、仕事に熱心な素晴らしい上司であると気がついたのです。 その気づきを境に上司との信頼関係が生まれ、今では家族ぐるみで交際し、いろいろの悩みごと も、先ずその上司に相談するそうです。嫌いということで避けてばかりでは、円滑な人間関係は 生まれません。良い人間関係を築くためには、自分と他人のバランスを取るもう一人の自分の存 在が重要ではないかと思います。その自分は、好き嫌いはそのままに、積極的にいろいろの人間 関係を体験し、さらに優れたバランス感覚を獲得する自分です。 先に述べました、オールオアナッシング思考の方は、他人だけでなく、自分も好きか嫌いで価値 づけをすることがあります。嫌いな自分の場合は、自分を許すことが出来ず、自虐的な行動に走 ることもあり、要注意です。 きゅうり胡瓜は胡瓜へちま糸瓜は糸瓜ぶうらぶら
「応える人と応えない人」  テニス仲間のO婦人はテニスが三度の食事より好きで、ほとんど毎日、テニスコートで明るい 声を上げている。阪神大震災の数日後、まだライフラインも復旧せず、誰もがばたばたしていた ある日、テニスウェアーに身を包んだO婦人にばったりと出会った。まさかと思いながら「テニ スですか」と訊くと、笑いながら「そう、Nさんたちと」と言う返事。「地震の方は大丈夫でし たか」と続けて尋ねると、自宅だけでなく、近くの実家も全壊したとのこと。のんびりテニスを 楽しんでいる場合ではないと思ったのであるが、O婦人は「別にすることも無いし・・・」と笑 っていた。 同じストレス体験をしても、応える人と応えない人がある。地震の恐怖から眠れない人、食事の 摂れない人、自宅が全壊で茫然自失の人・・・。一方では、O婦人のように自宅が全壊でありな がら、テニスを楽しんでいる人もいる。 応える人には、物事にこだわり諦めの悪い人、何事にも一途な人が多い。こだわる人は、済んで しまって修正不能の、どうにもならない過去にこだわり、また神のみぞ知る未来について心配す る。一番大切な「今」が、過去と未来の犠牲になっている。あっちこっちからストレスを自分の 部屋に寄せ集め、その寄せ集めに埋もれて窒息しているのである。過去は今を縛るものでなく、 生かすためにある。未来は今の続きとして生まれるもので、並べられたドミノ倒しのように進む ものでない。老後の万全な計画を立てた人が、タバコを買いに出て交通事故死することもあり、 一分先のことも神でない人間は予測できない。その予測できないことにエネルギーを使いすぎる のは馬鹿らしいことである。次に、一途な人であるが、仕事や恋に一途な人の、それを失った時 のショックは大きい。心のほとんど全部を占めているものが無くなれば、心は空っぽである。生 きる力も何もかも無くなり、うつ状態になるのは当たり前である。予防策は、一途でなく五途ぐ らいにすることであろう。家庭、仕事、恋、趣味、友人・・・と価値を分散して持つことである。 ひとつを失っても残りのものが支えてくれる。私の友人で複数の恋人を持つ男がいる。失恋に悩 むことは無いが、毎月保険の掛け金が大変なようである。吉田利秋さんの句集のタイトルではな いが『ピンチはチャンス』であり、「チャンスはぴんち」。この世、良いことの裏には悪いこと、 悪いことの裏には良いことがあり、どっちにころんでも大差がないようである。 そして、テニスコートでは相変わらず、O婦人の明るい声が響いている。 玉乗りの脚はしっかり玉に乗る



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