インク止め愛好家 さん 2007年 05月 25日 17時 20分 09秒

>カンチョーッブレイコォーッ!

ハンドルネーム変えて出直したらコメントがつくかも。

カンチョーッブレイコォーッ! さん 2007年 05月 23日 14時 43分 01秒
URL:http://www.rakuten.co.jp/buneido/399238/492684/

・・・・・・何のコメントもないのは寂しい限りですが・・・。

文栄堂さんのHPを見ていたら、驚きました。
アウロラのオプティマがマイナーチェンジしてるではありませんか!

バーガンディーとブルーの写真が掲載されてますが、リングが変更されたんですね。
ただ馴れていないせいなのか、今までの方が良かった気がします。
皆さんはどうですか?

カンチョーッブレイコォーッ! さん 2007年 05月 09日 15時 41分 24秒

こんにちは。
万年筆はパーカーやモンブラン、ペリカンなど、主にFやMのものを数本使っています。
最近BやBBの太字のものに興味があるのですが、太字の概説というか印象というか、何でも結構なので、使っている方いろいろ教えてください。
やっぱり調整とかしないと書きにくいんですかね〜?

山田曽富謄 さん 2007年 05月 04日 04時 29分 14秒

ペリカントレド900に対してのたこ吉様のご意見、評価など、ぜひとも伺ってみたいです。

通りすがり さん 2007年 05月 02日 18時 08分 40秒

山田曽富謄さん、たぶん、そのあたりの微妙なことはたこ吉氏がもっとも詳しいかと・・。
最近ではpelikan_1931のハンドルネームを使い万年筆研究会WAGNERの主宰、会長で「万年筆評価の部屋」の書き手です。
ぺりかん倶楽部から始まる団体で、ギュンターワーグナーペリカンの万年筆についていろいろと研究されてます。
市民マイスターの称号も持ち、ペン先調整までするのですから、わたしみたいなものが言うよりずっと確かでしょうね。。

山田曽富謄 さん 2007年 05月 02日 18時 00分 25秒

私が持っている万年筆で、最も重量があるなと思わせるのはモンテグラッパ・プリビレッジ・デコラージMです。

軽いなと思わせるのはカトウセイサクショのA800でしょうか。

どちらも一長一短があり、体調、気分で使い分けますが、M900トレドとM800スーベレーンでも重さ、バランスという要素の他に、ペン先の剛柔、フローのくせなど、違いがあるかどうか知りたかったのです。難しい問題でしょうね。


Dahlia さん 2007年 05月 02日 09時 58分 03秒

山田曽富謄 さん、通りすがりさん
こんにちは

軸のバランスはたったそれだけのことでガラッと書き味が変わってしまう重要な要素ですよね、今愛用してるセーラーのプロフィットも、軸の素材が違うだけで、ペン先はまったく同じにもかかわらず、別物になってしまいます。

好みも様々ですが、重さを文幅や、用途によって使い分けるのもたのしいものですねー。

通りすがり さん 2007年 05月 02日 02時 07分 35秒

山田曽富謄さんのおっしゃっているのはM900トレドとM800スーベレーンのことでしょうか?
トレドは軸が金属製で重たいが、800は軸がとっても軽いです。
重量バランスの違いですね。

The万年筆プラチナ#3776を開発したとき、梅田春夫が一番問題にしたのがバランスだったそうです。
それだけ重要だということですね。

実際に使ってみると違いはよくわかります。
(私は両方とも持ってないけどね)
是非試してみてくださいませ。

山田曽富謄 さん 2007年 05月 01日 06時 26分 46秒

ペリカンのM900トレドとスーベレーンのM900の違いってなんでしょうか?。

装飾の違いだけなのか、それともやはりトレドにはそれなりの万年筆としての良さが見受けられるのでしょうか?。

購入しようか、迷っているものですから。ご意見お願いします。

Dahlia さん 2007年 05月 01日 03時 34分 19秒

こんにちは。
Gさん、オタクさん、万年筆の個性を楽しむ
共感です^^

本当に書きやすい万年筆は自分で育てるもの、そこに道具の良さがあるんでしょうね〜。

さん 2007年 04月 29日 21時 28分 21秒

万年筆オタクさんの
   買ってすぐに、合わなくても
   使っていくウチに
   自分も万年筆に合わせて書くようになるし
  
 100%同じかはわかりませんが、とても共感できる言葉です。
 人間の性格がみんな違うように、万年筆にも一本づつ個性があるところが面白いと思います。個性を決めるのは、ペン先(サイズや硬軟)が一番大きい要素かもしれませんが、その他にデザインや材質、長さや重さ等々が組み合わさり、その万年筆の個性をつくり出すのだろうと思います。その一本一本が持つ個性とうまく付き合い、楽しんでいけると、本当に楽しみ方の幅が広がると思います。

   万年筆も使い手に合わせて変化していく。
 
 万年筆は、長期間の使用に耐えうる道具ですね。永らく大事に使われる万年筆のペン先は、きっとその愛情に応え、持ち主の使いクセに合わせ少しづつ姿を変えていくのでしょうね。

 職場の机の上に筆入を忘れてきてしまいました。使い慣れた一本の万年筆が入っています。なくなる云々の心配はしていないのですが、手元にないのが何かとてもさびしいんですね。

万年筆オタク さん 2007年 04月 28日 23時 45分 52秒

Gさん、

私は、「釣り」もやるんですね。
その釣りの一番重要なタックルが
ロッド、いわゆる釣り竿です。

その握った時のフィーリング、
しなやかさ、アクション(曲がり方)、
魚をかけたときの釣り味、等・・・・・
竿にはいろんな要素があって
自分に合っている竿なのかどうか
自分好みの竿なのかどうか
そこが結構、竿選びの難しい問題なんですね。

それは、買うときに大雑把に解っても
微妙な部分は、
使ってみて始めて解る
あるいは、何回か魚を釣ってから感じる
なんて事もあるんです。

だから、自分にとってベストな竿を求めていくと、
どんどん増えていってしまう。
そんななかで、長年使っていくことで、
ある時、コレがベストだと気が付く。

自分にとって、万年筆も、
釣り竿と同じような道をたどっているような気がします。

買ってすぐに、合わなくても
使っていくウチに
自分も万年筆に合わせて書くようになるし
万年筆も使い手に合わせて変化していく。

そんな気がしているんですね。

そこが万年筆にしかない、
筆記具としてのおもしろさなのかもしれません。

FAニブ。
とにかく、一度、体験してみたいですね。

>使用する万年筆について、インクを入れた日と使用インク名、そしてインクがなくなり洗浄した日を記録として書き付けています。

これは良い習慣ですね。
私も、まねしてみたいと思います。

通りすがり さん

200本とは、驚き!!

壊れて使えないものを、修理していく。
というのも、万年筆とのひとつの付き合い方ですね。
いい趣味だと思います。

G さん 2007年 04月 28日 11時 28分 24秒

万年筆オタクさん
返信が遅れてしまい、すみません。
なかなか難しい、微妙なことについての質問だったようですが、丁寧な説明ありがとうございました。
SUニブは、今まであまり意識しませんでしたが、何かとても魅力的なものに感じられ、是非試してみたいです。

FAニブですが、購入したばかりの頃は、この弾力のある柔らかさに書く字が踊ってしまい、かなり戸惑いましたね。さすがに今は踊ることはないものの、使いこなせているとは到底言えません。しかし、このペン先ならではの繊細なタッチは、私の万年筆ライフにひとつのアクセントになっています。インクのフローが非常によいことも好感しています。
SMは、私的な印象ですが、ペン先が紙に触れる際のフッとしたソフトな感覚が好きで、気持ちが和みます。それで日常的に携行して使う一本にしています。

いつの間にか持っている万年筆は結構な本数になってきました。インクを入れておくのは8本以内ということにしており、インクが切れたら、次のものを使うことにしています。今年になってからは、使用する万年筆について、インクを入れた日と使用インク名、そしてインクがなくなり洗浄した日を記録として書き付けています。こうしておくと、久しぶりに使ったものなどは、前回いつ使ったかがわかるようになりますね。

とーりすがり さん 2007年 04月 27日 16時 21分 29秒

プミポンさん、回して開けましょう。

プミポン さん 2007年 04月 27日 13時 29分 20秒

ペリカンのボールペンで、K600を使ってます。
リフィルを交換したいのですが、なかなか開きません。
説明書には引き抜くような絵になってるんですが、もっと力入れて引き抜けばいいんでしょうか?
もしかして回してあけるとかではないですよね?

通りすがり さん 2007年 04月 27日 08時 10分 03秒

横合いから失礼!

使わないのはインキを抜いて蒸留水を入れたりしてインキが完全にきれいになるまで待ってます。
200本くらいありますが・・・購入当初から壊れて使えないのも多いので、懐と相談しながらぼちぼちと修理していく予定、インク止め式でロッドの回りや軸内部にインキが固まっているのは最悪ですね・・・さすがに60年、70年とかそれ以上掃除をしていないのは水を入れたところで溶けそうにありません、もっとも当時のインキ、特にブルーブラックの製法にもよるのでしょう。
インキ止め式のオノト、折角手に入れたのに固まっていたのは残念だったなぁ。
何十年もかかって現在の状態まで到達したのですから、急いで修理をすることはありません、状態の良さそうな物からぼちぼちと復帰させていくつもりです。

万年筆オタク さん 2007年 04月 26日 02時 05分 13秒

フォルカン好き さん
アドバイス、ありがとうございます。

>飽くまでも趣味的な文字を書きたいという
人のためのペンです。

なるほど!

ただ、

Gペンも、昔、漫画家を目指していたときに
よく使っていたり
(と言っても小学生の頃ですが)

カリグラも
シェーファーのペンで
まねごとをしたこともあります。

今、SUを使っているのも
何となく、特徴のある線の
万年筆が好きだからなんですね。

でも
やはり、FAは、筆圧高めの私の普段使いには
向いていないのでしょうね。

たくさんの万年筆を持っていても
結局、気に入ったモノしか使わなくなるので
かみさんに、よく怒られます。

先日も、かなり古いパーカー デュオホールド
のインクを固めてしまい、あせりました。
ぬるま湯に浸けて、何とか復帰しましたが。

あまり使わない万年筆には、
インクを入れっぱなしにできないし
かといって、空にしておいたり
水を入れておいたりすると
たまに使いたいときにはすぐに使えないし・・・・

このへんも、かの著者に
「実用的でない」と言われてしまう所以なんでしょうね。

たくさん万年筆を持っている方、どうしてます?

フォルカン好き さん 2007年 04月 26日 00時 39分 53秒

万年筆オタク さん

>特に、毛筆タッチと言われるFAはヤバイ!
これはよく耳にするせりふですが、ペン先に何を求めているかによって捉え方は違ってきます。

確実にいえることは、FAニブは毛筆の様に文字が書けるものではありません。

構造的にはディップペンの”Gペン”に似ていて、材質もばね鋼で出来ている為、紙に押し付けると弾力的にしなります。
Gペンと違いペンポイントは付いていますが、多少の筆圧でもペン先が大きく開き、場合によっては紙面をガリガリと削ります。

線幅は確かに自在に変えられる為、毛筆のような文字も書くことは出来ますが、その為には従来のペンや筆とは異なったテクニックが必要になります。
ある意味ではカリグラフィーペンと同じです。

ですから、毛筆をされている方がペンでも同じ様な文字を書きたいとか、手紙に使用したいという方には向かないはずです。

飽くまでも趣味的な文字を書きたいという人のためのペンです。

万年筆オタク さん 2007年 04月 24日 22時 54分 42秒

Gさん、こんばんは

>カスタム743と742のスタブをお持ちとのことですが、それぞれタッチや書き味は同じようなものでしょうか?

う〜ん、非常に難しい質問ですね。

というのは、743は、すでに数年使用していて、
すっかり馴染んでいますが
742は、まだ買ってから1ヶ月経っていません。

そのせいかもしれませんが
743の方が、微妙に「なめらかさ」というか「しなやかさ」
を感じます。

また、おっしゃる通り、10号と15号ペン先の違いがありますので
大きさの違いが、そう感じさせるのかもしれません。

ただ、本当に差とは言えないようなものです。

それと、私の手はそんなに大きい方ではないので
手に握ったときの感じは742に軍配が上がります。
例えば、モンブラン149やペリカン1000などは、
なんとなくアンバランスに感じるんですね。

743と742の大きさの差は、モンブランや
ペリカンの型番の差ほど大きくはありませんので
コレも微妙ですけどね・・・

曖昧な回答で、すみません。

逆に、SMやFAは、どのような感じでしょうか?
ソフトな柔らかタッチ、と聞いていますが
筆圧の高い人には不向きとも聞いています。

私の筆圧がちょっと高め、と言うことと、

柔らかめなペン先の舶来ビンテージを何本か持っているため
これまで、気に留めていませんでした。

しかし、試し書きしたら最後、
寝ても覚めても、SMやFAが頭に浮かんでくることに
なりかねませんね。
特に、毛筆タッチと言われるFAはヤバイ!

くわばら、くわばら・・・・・・・


さん 2007年 04月 24日 21時 09分 19秒

皆さん こんばんわ、横から失礼します。
万年筆オタクさんにお伺いします。
カスタム743と742のスタブをお持ちとのことですが、それぞれタッチや書き味は同じようなものでしょうか?
もし違いがあるとすれば、どんな感じに異なるのでしょうか?
抽象的な質問ですみません。同じペンポイントで、パイロットの10号と15号ペン先では、何かフィーリングに違いがあるのかなと興味を持ったものですから。

P.S. 私は、PILOTは、主に74SMニブ、742FAニブ、85周年記念Bニブを使用しています。いずれも柔かい書き味が好く、私の日常生活になくてはならないものになっています

万年筆オタク さん 2007年 04月 23日 15時 54分 35秒

>例えば、ペリカンの400NNの縦縞模様。こうキラッとした感じ、茶軸はネットで画像見たりしますけど、綺麗ですよね^^ ペン先は初め使った時驚きました

そうですね。茶柄は特に、和風な感じがして、
私も好きです。
昔のペン先はしなやかで
その書き味は、現行万年筆には無いモノですよね。
私も、400NNの茶柄を持っていましたが
あまり出番がないので
大切に使ってくれるという友人に
あげてしまいました。

やっぱり、道具は使ってナンボですから
毎日手にしてくれる人が持っていた方がよいですよね。
(でも、ちょっと後悔)

>パイロットのカスタムは一個も持ってないんですけど、それほど良いんですか?

カスタムは、ペン先のバリエーションが多彩で
いろいろ楽しめるんですね。
私のは、SU(スタブ)というペン先なんですが
縦の線は太字、横の線は中細字なんです。
ですから、明朝体の書体イメージに近いんです。
和文字に一番適したペン先と言えるじゃ〜ないでしょうか。

私のような、字のへたくそな人でも、
それなりに味のある字になるんですね。
お奨めです。

縦と横の太さが違うペン先に
「ミュージック」というのがありますが
これは、総じて太すぎて
普段使いには適していない気がします。

とにかく、ペン先に多彩なバリエーションや
アイデアを持っているのは、国産品です。

いま、「Cool Japan」とか言って
日本の新しい文化やモノが、
Cool(カッコイイ)ものとして、
世界でもてはやされているようですが
万年筆もその仲間入り出来ると楽しいと思っています。
そのためには、先にも書きましたが
技術力+デザインセンスが必要でしょうね。

もっと国産メーカーに
頑張ってもらいたいと思う今日この頃です。

Dahlia さん 2007年 04月 23日 04時 33分 41秒

万年筆オタクさん
そうなんですよね、万年筆が好きだから余計に腹が立つんですよ。あの万年筆スタイルの3を買ったんですけど、まさか夢にもあんな記事が書いてあるとは思いもよりませんで、腹たって腹たって。

でも、あの記事、社員さんも乗ってたんだけど、3人中の後のほうの2人は良い万年筆との出会い方をされてよかったな〜と思いました。

モンブランの254とは随分な名品をいただいたんですね。
僕は使ったこと無いんですけど、腰が柔らかそう^^

ビンテージは僕も大好きですね、今にない独特の表情を持ってると思いません?例えば、ペリカンの400NNの縦縞模様。 こうキラッとした感じ、茶軸はネットで画像見たりしますけど、綺麗ですよね^^ ペン先は初め使った時驚きました、今まで使ったどれともまったく違う、柔らかいこと柔らかいこと。

一番の愛用品はセーラーの80周年ブライヤーですね〜、軸が天然素材だと、使ってるとどんどん変わってくるんですね、生きてるな〜!と思えるのがたまらなく好き。 書き味もセーラーはどこまでも滑らかで、バランスがとにかく凄く良い気がします。

ところでパイロットのカスタムは一個も持ってないんですけど、それほど良いんですか? イメージではイリジウムまで自社で作ってる唯一のメーカーで是非一本と思ってるメーカーですので気になります。


やっぱ、こうやって万年筆の意見交換ができる場があるってのは楽しいものですね^^










万年筆オタク さん 2007年 04月 22日 23時 30分 26秒

たぶん著者は
作家シリーズやパトロンシリーズなどの
“限定”とか、造形の美しさとか、
そういう付加価値によって
生き残りの道を模索する万年筆に興味を持ったのでしょう。

だからその辺の蘊蓄話が多い。
そして、それを語らなければならないわけですから
その分析対象としての高価な万年筆を
手にしなければならなかった。
あるいは、収集魂に火がついた。

そんなところでしょうか。

逆に言えば
カイ さん 、Dahlia さんがおっしゃるように
実際自分が何年も使ってみて、始めて感じる
「愛着」「信頼感」「暖かみ」みたいな物は
著者の実感としてはないでしょうね。

それは賛同します。

>万年筆オタクさんのような25年も万年筆を愛用して来られた方からすると、この著者なんて完全なるビギナーでしょう?

ある意味、年数だけで言えばそうかもしれませんが
この著者の、あそこまで書き上げた執念というか
集中力というか、
その辺のアクティブさには感服しています。

ただ、
私にとって、万年筆はあくまでも書くための道具です。
この本に出てくるような高価な万年筆には
全く興味がありませんでした。

父親から、譲り受けたモンブラン254が、
私の万年筆人生の始まりです。

それ以来、モンブラン、ペリカンを中心に
ビンテージ、現行品を含めて、
いろいろな万年筆に手を出しましたが
限定や装飾に凝った物は、ありません。
もちろん、フォルムとしてのデザインは
気にするところですけどね。

いま、一番気に入っており、
定番として使っているのが
パイロットカスタム743SUです。

あまりにも気に入ったものだから
742SUも先日買ってしまいました。

インクカラーを違えて、
この2本で書きまくっています。

ただ、なんでこう国産品は、
デザインに特徴がないんですかね。
みんなモンブラン調なんですかね。
かとおもえば、Made in Japanと言うと、
短絡的に蒔絵だ、輪島塗だ、と言うことになってしまう。

そうじゃないでしょ?
日本製ならではの、
日本のブランドならではの
独自の“デザイン”をして欲しいのですよ。

技術的には、欧米のまねできないものを持っているのに
もったいない気がするんですよね。
セーラーの長刀やクロスポイントなんていうのは
素晴らしいのに、デザインは?の良い例です。

歴史・伝統は、欧米に、もうかないません。
そして、それは、追いつき追い越すことのできない
欧米だけが持つアドバンテージです。

だからこそ、今からでも、追い越せる
技術とデザイン、日本メーカーに頑張って欲しいと
思うのですよね。
とくにフォルムデザインを。

なんて、ちょっと話題が逸れてしまいましたね。

この本についての議論。
その発端を言わせていただきますと

みなさんの悪評を読ませていただいて
すごく興味を持ったんですね。
それは、「そんなにひどい本なら読んでみたい」
と言う何ともへそ曲がりな理由です。

その“ひどさ”を目の前にして、
笑いたい。それが本音でした。

で、実際に読んでみると
万年筆に対する「愛情」は感じられないにせよ
まぁ、まともな本だったので
逆に、がっかり、と言うわけです。

しかし、カイ さん 、Dahlia さんとのやりとりで
すごく楽しめたし、
基本、「みんな万年筆が好きだ」という部分では
同じであることは理解できてますよね。

>万年筆スタイル3に掲載されている著者の顔を見ましたか?
何とも欲深そうな…。

これには、笑わせてもらいました。
万年筆スタイル3、見てみます。












カイ さん 2007年 04月 22日 16時 21分 15秒

万年筆スタイル3に掲載されている著者の顔を見ましたか?
何とも欲深そうな…。

カイ さん 2007年 04月 22日 16時 15分 37秒

万年筆オタクさん>

いえ、別に怒っているわけではありませんが、あまりに突っかかってくるような感じでしたので、何だろうと思ったまでです。

考えは人それぞれで、私と万年筆オタクさんの考えもだいぶ違うようですが、かと言ってそれぞれの主張を言い合っていても平行線のままです。
前回書きましたように、私は『万年筆ミュージアム』の筆者の冷静な考察は、素直に感心しています。
そして万年筆オタクさんのご意見も、なるほどと思って受け入れています。
頭から否定するようなことはありませんので、まずその点はご承知置きくださいね。

思うに、筆者の万年筆に対する視線が一番の問題なのではないでしょうか?
本書では完全に万年筆をモノとして、客体として扱っているわけですが、そのような視点で書かれた数々の考察は誰もが認めるところでしょう。
ただ私が言いたいこと、そして恐らくDahliaさんの言いたいことでもあると思うのですが、「暖かさ」という万年筆に不可欠の要素が欠落しているというのが致命的だということです。

万年筆は、その暖かさであったり、思い入れであったり、書き味であったり、またそのペンにまつわる薀蓄であったり、プレミアであったり、造形の美しさであったり、その魅力は様々です。
しかしそれらの魅力を大きく分けてみれば、そのペンが初めから持つ性質(薀蓄や歴史、デザインや機能など)と、使う人によって後から付加される性質(思い出や思い入れなど)の二つに大別できるのではないでしょうか。

万年筆が現在では極めて不便な道具であることはたぶん常識でしょう。
そんな不便な万年筆がなぜ今も存在しているかと考えると、最大の理由はやはり万年筆の持つ「暖かさ」に集約されると思うのです。
不便であっても、使う人の手となり指となり、一体になれるという、他のペンにはあまりない特別な何かが万年筆にはあり、そのために今も万年筆が生き残っているのではないでしょうか。

つまり、この「暖かさ」がもし万年筆になかったとすれば、このような不便な道具はとっくに滅んでいることでしょう。
造形の美しさだとか、バックグラウンドだとか、単なる美術品のようなものなら、存在し得ないということです。

万年筆を語るということは、美術品を語ったり紹介することとは違います。
美術品、あるいは他の筆記具などであれば、ただその知識を紹介すればいいでしょうけど、万年筆の場合はそうはいかないのです。
万年筆が存在しているのはその「暖かさ」のためである以上、それを語る上で「暖かさ」を排除することは絶対にできません。
『万年筆ミュージアム』はどうですか?
この「暖かさ」を排除しているのですよ。
せめてそれぞれのペンに対する思い入れというものを書いてほしかった。

先程ペンの持つ魅力の二つの性質について書きました。
ペンが初めから持つ性質と、使う人が後から付加する性質です。
万年筆を自慢することには2種類あって、例えば「このペンにはこんな逸話があって、ここの造形は○○で、なかなか手に入らない云々」といった、前者(ペンが初めから持つ性質)の内容を誇示する場合と、「このペンは○○が贈ってくれたもので、もう○○年も使っている。○○なこともこのペンで書いたよ」といった後者(使う人が後から付加する性質)を話す場合があります。
同じ自慢話でも、ずいぶん違う印象になりますよね。

万年筆関連の本がたくさん出ていますが、その中でペン好きの人達が嬉しそうに語っているのは、後者のタイプの自慢話です。
これは聞いていて、読んでいて、非常に気持ちが良い。
しかし『万年筆ミュージアム』は、前者のタイプの内容なのです。
読んでいて不快に思うのも仕方ないでしょう。
万年筆に「暖かさ」は不可欠だから、その「暖かさ」があって然るべきというのが私の主張です。

最後にもう一つ、私が「一年で何が分かる」ということを書いたことについて。

万年筆を語る上で「暖かさ」は欠かせないとは、しつこいほどにくりかえし書きました。
しかしその「暖かさ」は、なかなか普通短時間で理解することは出来ず、ゆっくり時間をかけて自分の中に浸透してくるものだと思うんです。
万年筆オタクさんもDahliaさんも、ずぶ素人さんも、それこそ何十年も万年筆と付き合っているわけですよね。
それが例え一本でも複数本でも、それだけの期間を万年筆と過ごしていれば、当然愛着は湧くでしょうし、もう離れられないほどの存在に思えてくるのではないですか?
そういう思いこそが、万年筆の一番の魅力だと思うんですよ。
薀蓄や造形美なんてものは足元にも及びません。

筆者はたった1年で、正確には集め始めてからちょうど1年目の日に本書が出版されましたから、実際にはもっと短い期間で、『万年筆ミュージアム』を書き上げました。
この短期間に数々の冷静な考察を生んだことは見事ではありますが、しかし万年筆の持つ本当の魅力(暖かさ)を理解するには、あまりに時間が短すぎ、恐らく理解していないというのが本当のところでしょう。

筆者はハマると極限まで突き詰めていくというタイプの方らしく、過去にも様々なものにハマり、それらを極めていかれたとのことです。
ブルーベリーの本なども出版されてますね。
万年筆についても、同じく何らかのきっかけでハマり、それを短時間で極め(たつもりにな)られたわけです。

万年筆オタクさんのような25年も万年筆を愛用して来られた方からすると、この著者なんて完全なるビギナーでしょう?
そのようなビギナーが、万年筆を愛してやまないユーザー達を、「オタク」として切捨て、見下しているのです。
私は著者のこのような態度を決して許すことができません。
「分かったつもり」「訳知り顔」になっているのは、多くの万年筆ユーザーではなく、著者本人なのです。
私は強く、厳しく、『万年筆ミュージアム』とその著者を批判します。

Dahlia さん 2007年 04月 22日 03時 44分 24秒

万年筆オタクさん こんばんは

25年も万年筆を使用されていたんですね、是非ミュージアム以外の今度は是非とも、万年筆の自慢話をお聞きしたい物です^^ 愛用される万年筆について。

僕はどうでしょうかね・・・、10年以上になりますか。
セーラーの万年筆を愛用してますよ^^

綺麗に文字を書きたい、だから万年筆を使いたい、あるいは大人への憧れだったり、使い出したきっかけは人それぞれだと思いますが、「暖かみ」「書き味」
「修理しながら長く使える」「使っていったことの想いいれ」
ここが他に無い魅力だと感じます。

これを除外して絶対マーケティングなんて語れないんじゃないでしょうかね?

ミュージアム読んでると、そうですね・・・、美術品ですよ。
本来の美しく書くということはどうでも良くて、その外面について云々書いてあるだけのように思えてしかたない・・・。

僕はね、オタクでは無いですよ?温かみ、書き味に拘るのは仰る通り、でも、あくまで書く道具、日常使うことが大前提であって、自分には書きづらい、万年筆には何の価値も見出せません、故に万年筆ミュージアムの著者とは正反対の考えにあって、万年筆ミュージアムは美術品のご紹介にしか見えないわけです。

更に言えば、ボールペンもシャープペンも僕は好きですよ、100円ボールペンにはね、味とか云々は無いにしても、面白いですよね、日々進化してて、シャープペンはペンテル5ってのがホント好きで、700円ほどですけど、他にも色々使ってますよ^^

だから思うのは、それらに比べると万年筆ミュージアムの著者と同感に、利便性では確かに劣るわけです。

でもまったく違うところにその価値があると思うんですよ。「暖かみ」「書き味」
「修理しながら長く使える」「使っていったことの想いいれ」
それらが絡み合って、美しい文字が書けると思うし、良い文字が綴れるのではないかと思うわけです。

僕は文の内容はどうでも良いです、日常使いとした時に初めてその価値が解ると思いますから。

どうでしょう?

でもやっぱ理屈はどうでも良いんですよね、沢山の人にやっぱ使って欲しいですよね。

以上です^^















万年筆オタク さん 2007年 04月 22日 01時 44分 49秒

済みません。
あと一つ。

Dahlia さんの書き込みに

>まったく別のモノを比べて、効率が悪い!だから筆記具としては負け組みで、排除されなきゃならんモノ!
ただの見せびらかすだけでしか万年筆の価値を見出せないのに神仏の様な物言いも気に食わんのが僕の万年筆ミュージアムの著者への感想なんですわ。

というのがありましたが
この
「排除されなきゃならんモノ」
というのは、
本当に、この著者は言っているのですか?

この文体だとそのようにとれますが
コレが本当であれば
それは、ひどい、と私も思います。

済みません、
可能であれば
出典を教えてください。


万年筆オタク さん 2007年 04月 22日 01時 26分 35秒

カイ さん、
そうとう激怒されているようで
申し訳ない。
気分を悪くされたのなら
謝罪します。

ただ、
一応、他の方からも、ご返信みたいな物を
いただいているようですので
また、お騒がせします。
また怒られそうで怖いのですが
とりあえず・・・・


>どうも話が本の読み方や意見交換の意義など、
万年筆とはあまり関係ない話題だと思うのです。

万年筆の本について、その評価が分かれた。
それについて議論した。
それが、万年筆とは関係ないのでしょうか?

その結果、

>『万年筆ミュージアム』は最低な本ですよ。
何が最低って、著者が最低。

と言っていたカイさんが、
私との、やりとりで

>その一切を否定しているわけではなく、筆者の冷静な考察には関心するところも多々あります。

なんて事を言い出した。

その事実が、私の言いたかったことです。

さて、万年筆の魅力。
それは、皆さんがおっしゃるように、
「暖かみ」「書き味」とか、
「修理しながら長く使える」「使っていったことの想いいれ」
と言うこともあるのでしょう。

実際、このようなことは
その辺の万年筆本をめくれば
いくらでも出てくる言葉です。

おそらく、
この著者は、それを分かり切った上で
「マーケティング的視点から捉えた
商品開発への言及」を冷静に試みたのではないでしょうか。

その辺のこと、万年筆の魅力については、
著書の中でいくらでも出てきます。

ところで、Dahlia さん

>カイさんの文章のどこに万年筆の自慢があったのか・・・、どこにも見当たらない気がするんですけど・・・?

というのは私に対しての言葉ですか?
私は、カイさんの文章に
「万年筆の自慢があった」

とは一度も言っていませんが・・・・・

それと
私の言葉

「その筆記用具で、何をどのように表現して書くのか、
その内容が一番大事なのではないでしょうか?ご自慢の万年筆も
稚拙な文章では泣けてくると思います。」

に対し、

>あなたは本当に万年筆が好きなんですかって思いました。

と言うお言葉をいただきました。

それについて私の意見を・・・・

万年筆を使い、文章を書く。
その時、文の内容はどうでもよく、
ただ、万年筆を使うことだけ、
つまり「暖かみ」だ、「書き味」だ、
なんて事だけに拘るのであれば
まさに、万年筆オタクですね。

スポーツでも、アートでも、音楽でも、
何でもそうですが、道具に凝るだけで
それを使って、何ができるかをおろそかにするのであれば
その道具を使う意味はありません。

逆に、私こそ

「あなたは本当に万年筆が好きなんですかって思いました」

私は、万年筆を使い出してから、25年以上経っています。
今では、1日に1回はインクを補充するくらい
万年筆を愛用しています。

それは、万年筆を使うことで
文章で表現するときの創造力が
キーボードで打つよりも
かき立てられるからです。

その文字に、文と文の行間に、見えない意味が
見えてくるからです。

あくまでも、文字を書く、文章を作る道具として
優れているからです。
(もちろん私にとって、ですよ)

だから、万年筆で書きまくります。

その上で、
「自分の手ほどに思える道具になってく」ってことになるのではないですか?

ただ、書く道具としての「効率」「スピード」「便利さ」
について、あの著者の言うことは、当たっていると思います。
一理あると思います。

それを認めた上で、
それ以上の価値を
効率では計れない価値を
万年筆は私に
与えてくれているのです。

でもそんな人はそう多くはないでしょう。
そんなことに価値を見いだしている人は
ボールペン、サインペン、シャープペンを
使っている人に比べれば微々たるものでしょう。

大勢から見れば
それは認めざる終えない事実ではないでしょうか。



















Dahlia さん 2007年 04月 21日 15時 42分 47秒

ずぶ素人さん
こんにちは、書き込みを読ませていただきました。
いいお話ですね・・・、最近はペン先が調子悪いと店はメーカー送りにして新品のペン先と取り替えなきゃならなくて新しい万年筆を買ったほうが良いくらいの値段を見積もられることもありますからね・・・、素晴らしいお店が近くにあったんですね^^

さて、いっつも疑問に思うのは、なんでペン先が多少ひん曲がったり、痛んだというペン先を持ち込むとペン先をとっかえることになるのか?ということなんですよね、(今のところ僕はそういったことになったことはないですけど)そういった修理の技術を持った人は昔なら沢山おられたでしょうに・・・、調子の悪くなったペンを店頭に持ち込んだとき、とたとえば、時計みたいに調整される、相談に乗れる方が必要じゃないかなって思うんですよね・・・・。

しかし、現実はお客にツツかれてもトンチンカンな回答しかできん販売員が多いのもいけません・・・。 

ちゃんと調整された万年筆って、絶対にイイですもん。

万年筆の魅力って、そういう、書き味とか、修理しながら長く使える、使っていったことの想いいれだと思うんですよね。

それが、いつしか、自分の手ほどに思える道具になってくってことじゃないんでしょうかね・・・。

悪くなったら捨てて新しいのを求める、そこには何にも無いと思うんです。100円のペンは100円のペンの良さがあって、僕も好きですがね、やっぱ万年筆とはまったくの別物。

まったく別のモノを比べて、効率が悪い!だから筆記具としては負け組みで、排除されなきゃならんモノ!

ただの見せびらかすだけでしか万年筆の価値を見出せないのに神仏の様な物言いも気に食わんのが僕の万年筆ミュージアムの著者への感想なんですわ。

ずぶ素人さんの息子さんに送られる万年筆喜ばれるといいですね^^



ずぶ素人 さん 2007年 04月 21日 08時 56分 26秒

2回目の書き込みになりますが・・・
一本の万年筆は30年くらい持ってきました。
当時5000円くらいだったもの。
何年か前ですが、県内に万年筆の調整をしてくれる店の存在を知って車で高速通って1時間、そこのご主人の言葉がうれしかったです。

「かなり痛んで書きにくくなってしまいましたが、ともに来たペンなので何とかなりませんか?とりあえず普通に書ければいいです。」
じーっとペン先を見て、線を何本か書いて、ルーペで見たご主人の
言葉が忘れられません。
「あなたは大事に大事にこのペンを使ってきましたね。なおさせて下さい。直りますよ。」
実際に、書けるようになりました。それも、新品のペン先ではなく、自分のペン先になりました。

そこまで、自分が鍛えたと思えるペンは、そのペンだけです。(学生時代は2本持ってきましたが1本はそこまで行かないです)
ただ、今年、そのペンを長男に渡すことにしました。ちょうど、そのペンを手に入れた年に彼がなった物で、やはり、大切な物を渡してみたかったので。(彼にしてみれば迷惑かも(笑))
ペンは安物しか持っていませんので、高級品の感覚はわかりません。また、高級品を使い込むと違う感覚があるかも知れませんね。

で、これから先、あそこまでペンを使い込めるか、というと自分の場合は難しいと思います。現在は、パソコンでの文字が圧倒的に多いし、学生のノート筆記などの書く量と比べ、落ち着いて書くときでないと万年筆が持ち出しにくいです。(ちょい書きは別の筆記具が多いです)
ま、1年でペンがわかるか?というメッセージをこのボードで拝見した記憶はありますが、そういう感覚には自分のような思いも含まれるのではないかと思います。ま、自分はずぶ素人、経験的にはその程度だし、一番値段の高い物でも、皆様から見ると廉価品でしょう。堅い万年筆ばかりだし(笑)。
そこのおやじさんの言葉が印象的。「万年筆は正しく使って正しく調整すれば、いくらでも使っていけるから万年筆なのです。」「ただ、わたしらからすると困った物で、新しいのが売れない。だから万年筆の調整も大事な仕事です・・・」だそうです。

Dahlia さん 2007年 04月 21日 04時 24分 19秒

どうもこんにちは、カイさん。

新参者さんはいけませんね、そのような態度をとられては。
普通ならほったらかされるような質問に
わざわざ親切にカイさんが答えてくれてるのに。 

ところで、万年筆オタクさん、ご存知とは思いますが、4本のヘミングウェイという本がありますよね、当時3千円ほどだったのが今ではプレミアが付くほどの素晴らしい本で、何度読んでも読み飽きることが僕は無いんですよね、僕はこの本で万年筆がどれほど素晴らしいか知ったわけです。

それから、万年筆の好きな人と知り合ってちょくちょくペンクリニックにも足を運んだりしましてね、特にペンクリニックは大好きなんですよ。書けなくなった古い万年筆をお客さんは大切そうに持ち込まれて、それをお客さんが修理調整してもらうんですね、すると書けるようになって、手渡しされたペンを紙面に走らせた時の顔がね、こう・・・なんともうれしそうな顔なさるんですよね、皆さん・・・。

1000円の万年筆もあれば、何万円もするものを持ってらっしゃるかたもいますが、どれも同じだと思うんですよね、自分にとっての一番大切な万年筆は。

使ってない箱に入った万年筆と、1000円の使い込んだ万年筆どっちに魅力を感じるかといったら1000円の方。


カイさんの仰ったように、使い手と一体になれる道具
そこに万年筆の魅力があるんですよね。

ところで、カイさんの文章のどこに万年筆の自慢があったのか・・・、どこにも見当たらない気がするんですけど・・・?

それにね、自分の持ってる万年筆を自慢できることってコレは素晴らしいことのように思えますよ。

この絵はどこを描いたもので、万年筆を売るにはこうするべきなのだ!こういう購入の仕方が万年筆の本来の購入の仕方だ!という内容たしか、万年筆スタイルで見たわけですけど、僕が言うならこっちは、説明書かな。 生きてない。


自慢は時としてね、嫌味に聞こえるけど、でも想いが感じられるわけですわ。私はこの万年筆がこんなにも好きなんですよ〜!って。生き生きと感じられる、凄い想いが。


だから僕は好きですね、万年筆の自慢話聞くのって。

そういえば、最近テレビで見たんですけどね、カバンなんかにしても、靴も、壊れたら治して使うって方が増えてきてるそうですね。

安価!効率! これは大事なことだと思う、けどね、時としてやっぱ大事なんだよね、ムダだってことが。

ムダの無い世界に何がのこるか? 何も無いでしょうに・・・。

心にユトリがないと生身の人なんだから機械のようには行かないと僕は思うし、そこを解せず否定する人に万年筆は語れんよ!

最後に、「その筆記用具で、何をどのように表現して書くのか、
その内容が一番大事なのではないでしょうか?ご自慢の万年筆も
稚拙な文章では泣けてくると思います。」

ここね、あなたは本当に万年筆が好きなんですかって思いました。








カイ さん 2007年 04月 20日 14時 34分 35秒

あの〜、一体何なのですか…?
そんなに私の書き込みが気に入らなかったのでしょうか。

ここは筆記具に関するコミュニケーションの場であって、読書論やディベートについて語る場ではありません。
もちろん『万年筆ミュージアム』は万年筆の本ですが、どうも話が本の読み方や意見交換の意義など、万年筆とはあまり関係ない話題だと思うのです。

私自身の本書を読んでの基本的なスタンスは「反対」です。
全体として賛同しかねているわけです。
だからと言ってその一切を否定しているわけではなく、筆者の冷静な考察には関心するところも多々あります。

万年筆というのは、使い手の手となり、あるいは頭となり、いわば人と一体になれる暖かい道具だと思っています。
その暖かさというのは、たぶん多くの人が万年筆感じてる魅力の一つですよね。
確かに万年筆はボールペンなど他の筆記具と比べれば、いろいろと手間もかかるし、今や不便と感じられる存在です。
しかしそれでも万年筆を使う人というのは、やはり万年筆に特別の魅力や愛着を感じているからで、万年筆と暖かい気持ちで接するようになるのが自然ではないでしょうか。

私が筆者に賛同できないのは、この「暖かさ」が全く感じられないからです。
先程も言いましたように、筆者の考察は素晴らしいです。
このような考察は、私や多くの“万年筆オタク”にはなかなあできないものだと思います。
それはどうしても暖かい気持ち、言い換えれば贔屓目に見てしまいがちだからです。
筆者はこの「暖かさ」を一切排除し、冷徹なまでに万年筆を客体として扱っており、だからこそ冷静に万年筆を分析できたのだと思います。

万年筆は使い手と一体になれる道具で、それを私は「暖かさ」と表しました。
くり返しますが、著者は冷静な考察をするために、万年筆から「暖かさ」を排除したのです。
私はこの姿勢を批判しているわけです。
万年筆に「暖かさ」は不可欠のものだと思うからです。

そしてこのような私の意見は、『万年筆ミュージアム』とその著者に向けた批評です。
著者から反論されるのであれば分かりますが、私でも著者でもない、第三者の万年筆オタクさんに反論される筋合いはありません。
もう一度言いますが、あなたはあなたで批評すればいいだけのことです。
本書に賛同なら、本書及びその著者に向けた賛同をしてください。
私への反論は筋違いというものです。

万年筆オタク さん 2007年 04月 18日 04時 51分 22秒

あっ、そうそう、
カイさんに聞こうかと思っていて、忘れてました。

>金に任せて、たった1年で限定品を買い漁り、

>たった1年で何が分かる!といいたい。

これは、

「批判」ですか?「批評」ですか?

カイさんのご忠告をありがたく受け止めさせていただきますが
再度あえて言わせていただきますと

ある意見に対して、自分は、違うと思った。
あるいはおかしいと思った。

その理由を意見として言った。

それは、「批判」なのか「批評」なのかは別として
タブーなことなのでしょうか?

私は、

>金に任せて、たった1年で限定品を買い漁り、

>たった1年で何が分かる!といいたい。

という、意見に対する反論として

経済力は個人的な問題だし、物事の理解を図る基準は時間だけではないのでは?

という、反対意見の理由もはっきりと述べています。

私の言葉が誹謗中傷であれば、また問題は別ですが・・・

ルールやマナーを守りながら、ディベートするのであれば
それは、非常に結構なことではないかと思うのです。

どうも近頃、人の意見に反対論を述べることが
いけない事のようにおっしゃる方が増えていますが
私は賛同できかねます。

それは、先程も述べたように
違う意見をぶつけ合うことで
また、新たな真理が生まれてくる可能性があるからです。

いや〜、たかが万年筆の本で、
考えさせられることがあるもんですね。

私も、この「万年筆ミュージアム」批評の一件で
皆さんと意見交換をする中で、また一つ勉強になったような気がします。

これこそが、意見をぶつけ合うことの良さではないんですかね。

筆記用具に拘るのも良し、
ただ、
その筆記用具で、何をどのように表現して書くのか、
その内容が一番大事なのではないでしょうか?

ご自慢の万年筆も
稚拙な文章では泣けてくると思います。

私も立派な文章は書けませんが・・・・



万年筆オタク さん 2007年 04月 17日 21時 57分 57秒

「批判」と「批評」の違い、難しいですね。

>人それぞれ感じ方は違うのですし、どれが絶対などということはいえないでしょう。

全くその通りだと思います。
しかし、だからこそ、
違う意見をぶつけ合うことも、
それぞれの成長のためにも必要なのではないでしょうか?
いままで気がつかなかったことを、
気づかせてくれたり、
なるほど、そういう考え方もあるのかと思う点があれば
それをを取り入れることで
また一段と見識が深くなる、なんて事もありますよね。

大事なのは、
自分だけの考えに固執しないで
人の意見にも耳を傾ける柔軟さではないでしょうか。

でなければ、コミュニケーションというものの意味がなくなります。

でも

>私はこの本を読むと、様々な憤慨を抱くと同時に、否応なしに“嫉妬”してしまいます。

ということであれば、読まないことです。
カイさんには、読まない自由もあるわけで・・・・

私の場合は、「うん、言えてる」「なるほど」と思う点もあったわけで、それなりに為になりました。

ということで、
私も、柔軟な姿勢を見せなければいけませんね。

>一個人の批評に対する批評(批判)はやめてください。

というカイさんのご忠告は、しかと心にとどめました。

では・・・・・





新参者! さん 2007年 04月 17日 15時 03分 22秒

カイさん
早速の回答ありがとうございます。しかしですな、なぜわざわざ英語で表現なさるのか?詳しい方々の間では、流行っておられるのですか? それとも、「私は何でも知っている!」というところを見せ付けてでもおいでか???
ペン先・ペンポイントと呼んでいると、いつまでも素人なんですかねー!

カイ さん 2007年 04月 17日 14時 12分 51秒

新参者!さん>
ニブ(nib)とはペン先の意味です。
基本的にはペン先全体を指しますが、そのお客さんのようにペンポイントの部分だけをニブと言う人もいるみたいですよ。



万年筆オタクさん>

仰る通り“嫉妬”ですよ。
予め自分でも“嫉妬”であることを書くつもりでしたが、つい抜けてしまいました。
私はこの本を読むと、様々な憤慨を抱くと同時に、否応なしに“嫉妬”してしまいます。
私はこの本とその著者を批判していますが、これはあくまで私自身の『万年筆ミュージアム』に対する批評です。
万年筆オタクさんのように、別の方が読めばまた別の批評になるのは当然だと思います。
人それぞれ感じ方は違うのですし、どれが絶対などということはいえないでしょう。
ですから一個人の批評に対する批評(批判)はやめてください。
あなたご自身が批評すればよいだけのことです。

新参者! さん 2007年 04月 17日 12時 23分 24秒

万年筆祭りで耳にしたんですが、詳しそうなお客さんがペンポイントのことを「ニブ」と言っておりました。
何で?「ニブ」と呼ぶのですか? まだ興味を持ち始めたばかりなので、どなたか教えてくださいませんか???

万年筆オタク さん 2007年 04月 08日 16時 13分 10秒

通りすがり さん

う〜ん、些末なレスだな〜。

もっと、理路整然とした、
こっぴどい反論が来るかと思っていましたが・・・・




通りすがり さん 2007年 04月 08日 13時 20分 50秒

下の「万年筆オタク」、実は著者本人だったりして。

万年筆オタク さん 2007年 04月 08日 02時 46分 26秒

かの著者とやら、かなりの批判を浴びていますね。

皆さんの書き込みを読んでいると、不思議と読んでみたくなり、
ついに「万年筆ミュージアム」を購入してしまいました。

で、読んだ感想ですが、皆さんの反論を恐れずに言いますと
そんなに駄本ではないように感じました。

たしかに、ワクワク・ドキドキするような内容ではなく、
淡々と蘊蓄を語っており、読んでいて、
「文章がくどい」「言葉遣いがつまらん」と思うような部分も
多々ありましたが

「万年筆という商品をマーケティング的視点から捉え、
商品開発というものに言及しようと試みた」

という、この本の目的からすると、万年筆を愛する視点ではなく
冷静な視点での分析が必要でしょうし、こんなもんかなと・・・・

単純に、万年筆の歴史的背景やプロダクト経緯の蘊蓄本と割り切れば、
かなりの情報量があるし、ある意味、価値のある本だと思いますよ。
これだけの史実を調べるのは大変だったろうし・・・
ただ、ちと値段が高いが。

それと、他のメディアで著者が何を言っているのか知りませんが
皆さんの言葉からの私の感想を言いますと

まず、

>多くの万年筆ユーザーを、著者は「オタク」と呼ばれておいでです。
>どのような人向けに書かれた本なのか、さっぱり分かりません。

という、カイさんの憤慨。

おそらく、『万年筆○○○○』なんて題の本を、いわゆる一般の人が文庫本を買うように購入するわけがないんで、この本のターゲットは、彼のいう「万年筆オタク」ですよね。

いや、オタクの定義は、どういうものなのか知りませんが、少なくとも
このような本に手を出すのは、万年筆を単なる筆記具としてではなく、
趣味としているような、コレクションするような、あるいは必要もないのに
何本も持ち歩くような、ペンクリニックの常連になるような、
そんな人たちが大半でしょう。

私はそのような人たちをオタクと呼ぶことにそんなに違和感は感じません。(私も含めて)

そういう意味では、いまだにフィルムカメラに拘っている人たちに
似ているかもしれませんね。

また、著者は、「万年筆は実用面での価値は無い」とまで言っているそうですが
あながち全面否定はできないんではないでしょうか。

スピードや便利を追うことが、人類の歴史だったと言ってもいい。
技術革新の大目的だったと言ってもいい。
そういう大勢側からすると、万年筆もフィルムカメラも
もう実用の役割は終えている。

世の中もっと便利で使いやすい筆記道具があるのに、
“わざわざ”万年筆を使っている。
この“わざわざ”の部分、
もう、これは趣味、あるいは、極微細なエモーショナルな部分でのこだわりによって価値を見いだした人にしかない利用価値だと思うのです。

すみません。決して馬鹿にしているのではありませんよ。
かの著者が言っていることにも一理あると言うことです。

「財力に物を言わせて」とか「たった1年で何が解る」みたいな
批判も、私からすると“嫉妬”にしか思えません。
財力云々は、全く個人に勝手だし、物事の理解は全て時間で計られるものとは
限らないと思うのですね。

いいじゃないですか。
私達は、そういう意味では、きっと万年筆オタクなんですよ。
それは、前述した「万年筆に価値を見いだせない大勢の人たち」からすると
不思議な現象なのだと思います。

基本的には、この本に対して、この著者に対して、どう感じようが個人の勝手です。
皆さんの感想もあるひとつの見方でしょうし、私のも一つの見方だと思います。

ただ一つ言えることは
考え方が違うなと思っても、その中に役に立つ、利用できる部分があれば
単純に批判するだけでなく、素直に、その部分をいただいちゃうと言うことも
大切かな、と・・・・。

そうすることが、そのような余裕が、著者よりも、より高い意識にいることになるのではないでしょうか。
「オタクが見下されている」という言葉もありましたので、
そんなことも感じました。

長々と失礼しました。






カイ さん 2007年 04月 05日 14時 37分 13秒

Dahlia さん>

多くの万年筆ユーザーを、著者は「オタク」と呼ばれておいでです。
「訳知り顔をした〜」「薀蓄を並べ〜」などとも述べ、とても低く扱われており、しまいにはそういうオタクが万年筆市場を閉鎖的にしていると言い切っています。
見下された上に、冷や水をかけられている気持ちがしてなりませんよ。

一体この『万年筆マーケット』とは、どのような人向けに書かれた本なのか、さっぱり分かりません。
万年筆の本だから万年筆ユーザー(著者のいうオタク)向けなのかなと思えば、そういうオタクのことはけなしているし、かといって純粋なマーケット本なのかなと思えば、そうではなさそうだし。
著者はマーケットのプロだそうですが、本当に誰に向けて書いたんだろうと疑問に思っています。
まぁ製本だとか検印だとか、拘りを持って作られた本ですから、著者自身の自己満足あるいは万年筆収拾を始めて1年の記念・集大成みたいなものかなと思います。

私は万年筆が大好きです。
著者のような財力はありませんから、コレクションといっても少しずつ楽しみに集めている程度です。
またもちろん趣味と実用を兼ねて使用もしています。
最近では『趣味の文具箱』や『万年筆スタイル』などの本もいろいろ出ていますし、それらも楽しみに読んでいます。
もちろん『万年筆ミュージアム』も購入しました。
しかし今ではなぜこんな本を買ってしまったのかと、心から後悔しています。
読んでいて怒りや悲しみの感情に支配されるんですから、たまったものではありません。
私は未熟な人間ではありますが、それでも冷静に読もうと努めました。
一見して駄作と思える作品も、深く読むと実は良作であることはよくあるものです。
この本にもそれを期待していたのですが、深く呼んでも駄作でした…。

『万年筆ミュージアム』はネットでもあちこちでずいぶん話題になりましたよね。
あるブログではこの本を賞賛している記事がありましたが、そこには著者ご自身がコメントを残していらっしゃいました。
賛同する意見だけではなく、ぜひこのような反対意見にも著者ご本人よりコメントを頂きたいものです。

でもなんだかんだと「オタク」をけなし、ご自身は高いところにいらっしゃるわりに、この本は薀蓄満載ですね。
ぜひとも著者御自らのお力で、万年筆市場を明るい未来へと誘って頂きたいものです。

とおりすがりのN あらため nao さん 2007年 04月 05日 11時 48分 25秒

Dahlia さんこんちは。

作家もでるについてちょっと思うのですが、私はもともと
英米文学系の本屋さんで仕事をしておりました。

モンブランの限定品の作家モデルが、その作家のイメージに
一致しているのか?と思うと果たして・・・と思います。

人によって評価は違いますが、ヘミングウェイはたとえば
万年筆としては人気が高いし、評価も高いですが(私は
他人のを見たこととさわったぐらいしかないので評価する
立場にいません。。。値段がやすければ1本もっててもいいかな?と思う程度)ヘミングウェイという作家は、英米文学の
研究者(ま、究極のファンと言ってもいいですが)からは、
あまり評価されていない。マーケット全体としては、「作家」
としての格はそれほど高くはないと思います。

それは、研究書の数や、その分野を研究している人の質の高さ、
それが分野になっているなーと感じさせるだけの感じまではまだ
昇華されていないのです。

で、ここでいいたいのは、作家の名前を使って商売をするのは
モンブランの勝手ですが、なんか中途半端だなーと思うのです。

たとえば、その作家の一番有名な本をケースにあしらうという
のならまだしも、ずいぶん、安っぽい本のケースをしかも画一的なデザインで提供されているなーという気もします。

もっとも、プルーストとアガサ・クリスティーであれば当然
イメージも違います。19世紀末とか20世紀をポイントに
するのなら、なんでまた、J.ジョイスがいないのだろう?
一番新しくてアイルランド人でノーベル賞をとった(いちおう
英語圏ではいま一番うれている詩人)S.ヒーニー(言語学の
仕事もしているはず)とか、もっと、「文学を好きな人がほしい」というのともちょっとちがう気もします。

なんというか、「世界文学全集」的なイメージは伝わってくるのですが、その作家がまだ無名だったころの初版本というイメージではない。
ワイルドだったら、ビアズレー(サロメという作品で、ワイルドも有名になったし、ビアズレーも有名になったと思います)の挿絵もほしいし・・・と思います。

本当にその作家を好きな人がみたら、「ぼくのワイルドをこんな安っぽい箱にいれないでほしいな」とか思うのでは・・・とちょっと極端な言い方ですが思ってしまうのであります。

個人的には、作家の名前は全く無視して、プルーストほしいなって思いますが、ま、どうなんでしょうか、デザインが好みだったらいいですが、「文化」はお金では買えないのよ、と言っていたとある画家の言葉(友達の親ですが 汗)と言っていたのを思い出しました。

では失礼しました。




Dahlia さん 2007年 04月 05日 05時 16分 40秒

カイさん
著者は、万年筆は実用面での価値は無いとまでいってますよね。
何故ここまで使い勝手の悪い筆記具がボールペンやパソコンの時代に生き残って、愛され続けてるのか、そこが万年筆とマーケットのなかで深〜く結びついてる気がするんですがね・・・。

僕は万年筆スタイル見て思ったんですがね。

モンブランの限定品の作られた背景がどうのこうの。
どうでもいいゴタク並べて、それがどうしたの?といいたくなりますね・・・。

好きな作家のモデルのものを買うべきというのは賛成ではあるけど、それを押し付けちゃーいけない。 いろんな楽しみ方があるはず。

過去よりこれから先のものに期待するべき、悪いものは無いからって感じのことも万年筆スタイルで述べてましたよね、これもね・・・、やっぱ実用しない人だから言えることなんでしょうね。

今に無い失われちゃった職人の技とか、そういったものが独特の書き心地や、素材のもつ美しさを与えてくれる、だからワインみたいに、何年物のどのメーカーが好きってのがあるはずでしょ?

何より腹立たしいのは、万年筆を愛してやまない人たちの記事が同じ本に載ってるってことなんだよね、どうしてこういう人たちと接して記事にしてる人が、万年筆をゴタクで知った風なこという人のいうことをなるほどなるほどといえるかってことなんだよね、記事にした人も結局なーんもわかっちゃいないってことなのかもね・・・。 というのが僕の意見です。 

100年近く歴史ある万年筆を、1年足らずで、それも実用の価値無し!というひとに万年筆がどうの語る資格は無いんじゃないかな。高僧のごとくありがたい悟りをひらかれた著者にご指南願えば、万年筆が売れるんでしょうな(笑) 

カイ さん 2007年 04月 03日 16時 28分 37秒

まぁいずれにしましてもですね、『万年筆ミュージアム』は最低な本ですよ。
何が最低って、著者が最低。
金に任せて、たった1年で限定品を買い漁り、まるで悟ったかのように非常に高い目線で万年筆とマーケットを論じている。
たった1年で何が分かる!といいたい。
万年筆の温かみを一切排除し、万年筆を極めて冷徹に扱った本です。
写真も死んでるし。

熱く自慢してくれる方がずっと良い!
みんなが欲しくて欲しくてたまらないペンをたくさん所有していながら、冷めた目でそれらを見つめ、多くの万年筆ユーザーをオタクとけなす態度は心の底から怒りを感じる。

さん 2007年 03月 20日 11時 35分 57秒

匿名希某さん、ありがとうございます。
今は存在しないメーカーなんですね。

たとえ芯を入手できなくても、本体のコンディションはとてもいいので、自室をきれいに整理したら、どこかに飾りたいです。

匿名希某 さん 2007年 03月 19日 22時 05分 26秒

クロマチックは確かクロスに吸収されて消滅したと思います。

さん 2007年 03月 19日 11時 26分 12秒

早速返信ありがとうございます。とても参考になりました。
40年くらい前のものらしいので、一般にはもう市販されていないのも仕方ないですね。

ところで、クロマチックとは、どのような会社なのか(だったのか)、気になるところです。ネットで検索しても見つかりません。見つからないと余計に知りたくなってしまいますが、知っている方、いらっしゃいますか。

Return