ヘンデル: ヴァイオリン・ソナタ集 作品についてのノート
作品について
ヘンデルのヴァイオリン・ソナタは,「作品1」と呼ばれる独奏楽器(トラヴェルソ,リコーダ,オーボエ,ヴァイオリン)と通奏低音のためのソロ・ソナタ集のうちのヴァイオリンの曲を指すのが一般的ですが, 少々ややこしいので,楽譜の出版に沿って簡単に整理します。
ロジェ版(1730年頃)
1730年頃,アムステルダムのロジェ(Roger)という出版社が,「G.F.ヘンデルによって作曲された通奏低音付きの,トラヴェルソ,ヴァイオリン,あるいはオーボエのためのソナタ」という, 12曲からなる曲集を発売しています。 最近の研究によると,この曲集は,ロンドンのウォルシュ(Walsh)という出版社がロジェの名を借りて出版していたことがわかっているそうです。 現在の作品番号で言うと,作品1-3,14,15,がヴァイオリン・ソナタとして含まれていました。 ただし,このうち14と15については,大英図書館で所蔵されている「ロジェ版」の一つに,当時の筆跡で「注意,これはヘンデル氏のものではない」と書かれているそうで, 本当にヘンデルの作曲かどうか,信憑性が疑われているということです。
ウォルシュ版(1732年)
1732年頃,改訂版として前述のウォルシュが「ヘンデル氏によって作曲された,ハープシコードあるいはバス・ヴァイオリンのための通奏低音を伴う,ドイツ・フルート,ヴァイオリン,あるいはオーボエのためのソロ。注意,この版は以前のものより正しい」 と称して,12曲からなる曲集を発売しています。 前述の14と15を現在の作品番号の10と12に差し替えているということです。 ただし,この10と12についても,大英図書館に所蔵されている「ウォルシュ版」の一つに,当時の筆跡で「ヘンデル氏のソロではない」と書かれているそうで, これも信憑性がないとのことです。 なお,「作品1」とは,ウォルシュが1734年以降の新聞広告で用いた番号で,これが定着したとのことです。
クリュザンダー版(旧全集)(1879年)
1879年にクリュザンダー(Chrysander)という出版社が出版したヘンデル全集(旧全集)第27巻で,ロジェ版とウォルシュ版の両方を合わせ, さらに現在の作品番号の13にあたる1749年頃のヴァイオリン・ソナタを加え, 全15曲(作品1の1の異稿を含むと全16曲)からなる「作品1」を構成したとのことです。
新全集(1955年〜)
上記の他に,自筆譜としてHWV358, HWV359a, HWV364aが確認されましたが,1955年の新全集第4シリーズ第4巻では旧全集を踏襲するに留まり, 1982年出版の新全集第4シリーズ第18巻においてようやく出版されたとのことです。以下,上記の内容を簡単にまとめます。 結局,現在においても,一般的に「ヴァイオリン・ソナタ」と呼ばれているのは,クリュザンダー版におけるヴァイオリン・ソナタ6曲(Op.1-3,10,12,13,14,15)を指しています。
HWV ※1 | 調生 | Roger版 (1730年頃) | Walsh版 (1732年) | Chrysander版 (1879年) | ヴァイオリン ソナタ番号 | 補足 |
---|---|---|---|---|---|---|
379a | ニ短調 | 1 | 1 | 1b | ※2 | |
361 | イ長調 | 3 | 3 | 3 | 第1番 | |
364a | ト短調 | 6 | 6 | 6 | ※3 | |
368 | ト短調 | 10 | 10 | 第2番 | 信憑性なし(※4) | |
370 | ヘ長調 | 12 | 12 | 第3番 | 信憑性なし(※4) | |
371 | ニ長調 | 13 | 第4番 | |||
372 | イ長調 | 10 | 14 | 第5番 | 信憑性なし(※5) | |
373 | ホ長調 | 12 | 15 | 第6番 | 信憑性なし(※5) | |
358 | ト長調 | |||||
359a | ニ短調 |
※1 | ヘンデル作品総目録。Verzeichnis der Werke Georg Friedrich Handelsの略。バーゼルト(Bernd Baselt)によって1978年から1986年に出版された目録とのことです[3]。 |
※2 | 出版ではトラヴェルソ・ソナタだが,自筆譜でヴァイオリン・ソナタとなっている。 |
※3 | 出版ではオーボエ・ソナタだが,自筆譜でヴァイオリン・ソナタとなっている。 |
※4 | ウォルシュ版で収録されたが,大英図書館に保存されているウォルシュ版に「ヘンデル氏のものではない」と当時の筆跡で書かれている。 |
※5 | ロジェ版で収録されたが,大英図書館に保存されているロジェ版に「ヘンデル氏のソロではない」と当時の筆跡で書かれている。 |
参考文献
[1] 最新名曲解説全集 第11巻,pp.147-150(渡部恵一郎氏担当),音楽之友社,1980年11月1日.
[2] 寺神戸亮 ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集 CD解説書(渡部恵一郎氏),日本コロムビア株式会社,1993年11月14日.
[3] 音楽の小箱 音楽雑記帳No.14 URL:http://www.tamaka.com/sayaka/note14.html#handel, 2002年10月5日.
(記2003/02/10)
当Webページでの作品の表記
当Webページでは,作品1に含まれる作品はその番号で表記します。例えば,"作品1の3","Op.1-3"や,単に"3"と表記します。 作品1に含まれない2曲については,HWV番号(HWV358, HWV359a)で表記します。
また「全集」という言葉は紛らわしいので,使用する場合は次のように使用します。単に「全集」という言葉を使うことは避けるようにしたいと思います。
作品1全集 | クリュザンダー版の作品1全15曲(作品1の1の異稿を含むと全16曲)を指す。 |
ヴァイオリン・ソナタ全集 | 作品1の3,10,12,13,14,15の全6曲を指す。 |
(記2003/02/10)