歌曲集『冬の旅』の構造

★『冬の旅』の要

苦悩を背負った若者がさすらいの旅に出る.死を目指して.きっかけは恋人の裏切りである.しかし,この作品の主題からすれば,きっかけは何であってもよかったのかもしれない. 私見では,この作品の要は,「道しるべ」から「辻音楽師」までにある.

20.道しるべ 死へのベクトルが定まる
21.宿屋 死と出会う.しかし,拒絶される
22.勇気 風によって先に進ませられる
23.三つの太陽 死への思いがなおも残る
24.辻音楽師 老人に自らの姿を投影し,友を見出す

これを全作品の要と見れば,後の詩はそれとの関係で捉えることができる.

●中心部を予告する5.「菩提樹」

「菩提樹」中で鍵になる言葉を抜き出すと次のようになり,また,それは『冬の旅』全体の中心部を予見的に暗示している.

1.立っている菩提樹 20.「道しるべ」
2.菩提樹が憩い(死)を誘う 21.「宿屋」
3.風が帽子を吹き飛ばす 22.「勇気」
4.菩提樹がさらに憩いを誘う 23.「三つの太陽」

しかしながら,上述の対応が半ば〈偶然〉の産物であることも明らかである. なぜなら,ミュラーの詩集では,詩の順序が異なっているからである. それでも,1.2.の対応はミュラーが意図した可能性も高い.

「予言とその成就」というのは,重要な演劇的手法である. 旧約聖書→新約聖書の関係もこれに当たるし,ギリシャ悲劇の多くもこの形式に則っている.

そして,この演劇的手法にはそれを採る明確な根拠があると私は考えている. つまり,人間の人生そのものが「予言とその成就」という形式で成り立っていると思われるのである. 実際,自分の人生にとって転機となった大きな出来事を振りかえると,小さな出来事や夢などがそれを予言しているのである.

ちなみに,上述の対応関係の骨子については,テノールのIan Bostridge が主演し,David Aldenが監督した映像作品『冬の旅』に示されていたことをここに明記しておく.この作品は,ヴィデオ,DVDで市販されている.

●9.「鬼火」と20.「道しるべ」の対比

ミュラーのオリジナルな詩の順序ではなく,シューベルトの曲順で考えてみよう.

この両者は共に,「道を示すもの」として現れる.もちろん,前者は迷い道を示し,後者は定められた道を表す.つまり,「鬼火」によって「道しるべ」の意味がより鮮明になる.この歌曲集では,9.「鬼火」の後には10.「憩い」,20.「道しるべ」の後には21.「宿屋」が配されている.さらに,「憩い」の歌詞には「雨風をしのぐ場」という内容が現れる.そこからも「宿屋」との関連を見出すことができる.また,内容的には墓場をあらわす曲に「宿屋」という題名が与えられていることからも,上記関連はより確かなものと思われる.

 9.「鬼火」 20.「道しるべ」
10.「憩い」 21.「宿屋」

つまり,表のような対比的平行関係がある. また,19.「幻」には9.「鬼火」と似たモチーフが見られる. したがって,「幻」には「鬼火」を思い起させる働きがないだろうか. 言いかえると,20.「道しるべ」が現れる直前に19.「幻」を介して9.「鬼火」を暗示し,「道しるべ」の持つ意味がより鮮明になるのである.

★〈死〉と〈乙女〉

『冬の旅』の展開では,失恋(乙女)と死が主要な軸になっている. そこで,それらが24曲の中でどのように現れるかをまとめてみよう.
曲目
1. おやすみ別れを告げる「おやすみ」の一言に死が暗示される
2. 風見の旗恋人の裏切りが告げられる 
3. 凍った涙失恋の悲しみ 
4. 凍結未練 
5. 菩提樹 〈憩い〉に死が暗示される
6. 洪水離れた地で,悲しみが込みあげる 
7. 流れの上で恋との決別の儀式 
8. 回想恋人の二つの目 
9. 鬼火  
10.憩い  
11.春の夢(不特定の?)恋人への思い  
12.孤独 〈あそこへ(dahin)〉で死を暗示
13.郵便馬車恋人のいる町を思う 
14.白髪 〈棺〉で死を暗示するが,まだ遠い
15.カラス 〈墓〉を明言している
16.最後の希望 〈希望〉は死んだ
17.村にて 〈夢〉はすべて終わった
18.嵐の朝  
19.幻不特定の〈やさしい心〉を思う 
20.道しるべ  
21.宿屋 死との出会い
22.勇気  
23.三つの太陽恋人の両目?死への憧れ
24.辻音楽師  

上の表を見れば明らかなように,『冬の旅』の歌曲集では,前半の主なテーマは失恋で,後半は死である. いわば,後半で死が自己目的化していく. しかし,その死に拒絶されることで,ストーリーは意外な方向に展開していく.


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