「お前達わかっているだろうな」
「えっ、なにをですか」
「えっじゃない。明日だ」
「ああ、わかってますよ。朝5時に中山競馬場に集合ですね」
「もう有馬記念の時期ですか。それにしてもここ最近急に冷え込みが厳しくなりましたね。
昨日なんて雪降ってましたもんね」
「寒さなんか関係ない。お前達ちゃんと当たり券を引くんだぞ」
「毎年外れてんのは師匠じゃないですか」と思う弟子達。
「努力致します」としか言いようがない。
「で、どこの席を狙うんですか」
「ゴンドラだ」
「うーん、けっこう難しいところですね」
「でも、指定で見ようとする人って去年あたりから大分減りましたね。やっぱり不況なんですね」
「不況より貸し渋りがきつい」と師匠。
「まあ来年からはカード抽選が中心になるから、今年は絶対当たりを引きますよ」
「頼んだぞ、お前達」
「ではさっそく阪神3歳牝馬を教えて下さい」
「まだ決めてない」
「えっ、なにをおっしゃるんですか」
「とりあえず本命はエイシンルーデンスだ」
「それだけですか」
「そうだ。こんな3歳牝馬の偽GⅠなど真面目にやってられないぞ」
「真面目にやっても当たってないくせに」と思うものの、食い下がる弟子達。
「我々は師匠の予想がないと生きていけません」
「ならルーデンスの単勝を買っておけ」
「はあ、それはそうですが」
「そんなことより指定席の当たりくじを引くんだぞ」と師匠。有馬記念の指定席の抽選で頭がいっぱ
いらしい。
「わかりました」と弟子一同。
「外れたら日曜も連闘で出走だ。わかったな。じゃあ俺はこれで」と何処へ立ち去る師匠。
(弟子達の会話)
「寒いんだよなあ。あんな朝早くから並ぶなんてまったく馬鹿げているが」
「君たちは恵まれている。俺が新入りの時は3時、4時だったぞ」とF。
「でも来年からはカード抽選です」
「ようやくお勤めから開放」
「12月の土日が快適に過ごせる」
「よし明日は当たりを引いて・・・。うーん、といっても3分の一以下ですからね」
「俺はよく当たるんだが、もう10年近く行っているが、師匠が当たりくじを引いているのを
見たことないぞ」とF。
「確かに私も見たことありません」とS。
「とりあえず全滅は避けたい。日曜も朝5時なんてまっぴらだ」とF。
「ところでT君は来ないらしいね」とS。
「なんだお前来ないのか」とF。
「それが嫁さんの許可が取れなくて・・・」と申し訳なさそうなT。
「じゃあ、嫁さんもいっしょに連れてきていいぞ。中山競馬場の特上うなぎおごってもらえるぞ」
「あーた、うちはそれどころじゃないの」
「でも近所だろ」
「はあ」
「なんならうちの会社の独身寮に泊めてやるぞ。競馬場まで歩いて10分だ」とF。
「いや、あの、やっぱ駄目です」
「そうか。仕方ないなあ。君には来年カードで頑張ってもらおう」
「そのカードなんですが」とS。「僕はもう申し込みましたが。師匠は?」
「そうだなあ。師匠カード作れんのか?」
「うっ」と言葉につまる弟子達であった。