淀川さんが遺してくれたもの淀川さんが亡くなって2年になろうとしている。私は、淀川さんが書いた映画紹介そのものよりも、どんな映画の見方をしていたのか、どんな勉強のやり方をしていたのかの方に興味がある。ちょっと垣間見たテレビでは、映画を見るときには、じっとして動かなかったとか、フランス語の原書を読んでいたとかが耳に入ってきた。そういう映画にのぞむ姿勢のようなものが残された私たちの財産になるような気がする。 『日々快楽』では、 映画を見ることは娯楽ではありません。映画は人生の教科書。人間勉強の場なんです。と述べている。いろんな名言を吐いた淀川さんだが、この一言にすべてが集約されている。 死を見つめて書いた『半死半生』では、平日の映画の料金を安くしろ、と提案している。これには大賛成。ガラガラの飛行機を飛ばすよりも、格安航空券を売って顧客を確保したほうがいいのと同じリクツだ。「太陽がいっぱい」がホモ映画であるとの解説は、初耳だったので新鮮に感じた。 また、政治家は年末に「私が今年見た映画ベスト3」を発表せよ、という提言にも大賛成。ついでに「私が今年読んだ本ベスト3」も発表してもらいたい。ただし、カンニングはなし。誰かが書いた作文を読むだけではいけない。取材する人は必ず口頭試問してもらいたい。ちなみに田中角栄は、「哀愁」が好きで4回も見たというエピソードを紹介している。 本人が書いたのではない『淀川長治が遺してくれたこと』のほうが、淀川さんの人柄がよく分かる。溝口監督をべたほめしていたこと、映画評論家南部圭敬之助を師と仰いでいたこと、などずっと淀川さんとつきあってきた人の目から見た淀川像が読み取れる。なかでも淀川さんがホモセクシュアルであったかどうかに言及しているのは、時代のなせる技か。
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