科学と哲学の合体



 世間からは哲学者と呼ばれ、自分ではそうは思っていない一人に梅原猛がいる。かつて聖徳太子の話なんかをテレビでしゃべっているころは、まるで別世界の人のように思っていた。それが縄文時代に関心を寄せ始めたころから、どんどん彼の関心が私に近づいてくるのだ。ふつうは私から遠ざかるのに、なんとも変な人がいたものだ。

 しかしその業績は、大いに評価できる。国際日本文化研究センターの所長として、学会から排除されかねない学者を拾い集め、生活を保障してあげたこと、猿之助のために戯曲を書いたこと、多くの人と対談していることである。その中から2つの対談を紹介しよう。

 『哲学の創造』では、応用化学の福井謙一氏と対談している。福井氏は、ノーベル化学賞を受賞した日本を代表する化学者らしい。私は初めて知った。この対談の前半は、創造性とか直観とかの話で、後半は科学と哲学の融合の必要性を説いている。福井氏の「生命は順序のサイエンスである」という一言が印象に残った。対談に新鮮味はないが、科学者が哲学に接近しているという実例でもある。

 同じ出版社から出ている『地球の哲学』では、松井孝典と対談している。松井氏は、「自然とは、ビッグバン以来の宇宙、地球、生命の歴史を記した古文書である」と規定し、環境問題、人口問題、食料とエネルギー問題などを「地球システムと人間圏の関係性」として全部同じ考え方の枠内にとらえている。この考えには、中村桂子氏の「生命誌」という考え方が包含される。

 さらにこれまでの自然科学の方法論を批判し、「自然の世界を認識する新たな方法論を開発するか、あるいは、わかるとは何ぞや、という哲学のところで根本的な考え方を構築しなければならない」と論を進める。そして個人、家族、国家だけでなく、男女関係、地域、国際社会などいろいろなレベルのユニットを考え、新しい関係性の哲学を生み出していく必要性を訴えている。この人もまた哲学ときたものだ。

 松井氏が提唱するレンタル型社会システムは、総量規制(すなわち欲望の規制)が前提であり、そこがリサイクルと違う点である。この本の目新しさは、「レンタルの思想」という概念として提出しているところにある。うまいキーワードを考えてくれたものだ。私もこれから使わせてもらおう。

 関係性といえば、この人を抜かすことはできないだろう。VCOMなどで活躍している金子郁容氏だ。『弱さ』という本では、信用というキーワードを提出している。「信用は、ある人とかある事象についての情報に関する情報、つまりメタ情報である」としてオークションサイトeBayを実例としてあげている。eBayでは、売り手の信用を「評判」というメタ情報を提供し、参加者はそのメタ情報を見て自分で判断を下すという方式らしい。新しい試みといえよう。

 老人ホームを選ぶのに、利益優先の企業が運営するものよりも、たとえば教会が運営するもののほうが安心できるだろう。このようにNPOも信頼や信用を扱う「弱さ」を抱えた組織体として第一義的な存在意義があると指摘している。

 さらに関係性の作り方として2つの対照的な方法を提示している。ひとつは「自己の拡張」、もうひとつは「相手との融合」である。どちらも自分の関心領域が広がっていくという点では共通だが、前者はエゴを拡張するアプローチで、後者は「開かれた感受性」の領域をより広く持つことでエゴを溶融させる点で異なる。いかにして打算を越えるのかが現代の課題のようだ。

 この本は、哲学者の中村雄二郎とメール交換しながら議論を進めている。新しい出版形式として注目したい。ただ、中村氏の話している内容が抽象の世界に行きっぱなしなので、私の理解力では追いつけなかった。

  • 哲学の創造 梅原猛、福井謙一 PHP研究所 1996 NDC404 \1429+tax
     自然科学を志す人には、必読の書

  • 地球の哲学 梅原猛、松井孝典(たかふみ) PHP研究所 1998 NDC041
     歴史とか時間をマクロにとらえる本

  • 弱さ 中村雄二郎、金子郁容 岩波書店 1999 NDC041 \1500+tax
     CD-ROM付き
(1999-12-13)
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