外こもり



海外へ出て行く若者が増えていると聞く。学者の卵になるくらい優秀な人が、いきなり外国企業に職を得てしまうらしい。その逆もある。日本にいられなくて出て行く若者も。

下川祐治『日本を降りる若者たち』に登場するのは、バックパッカーとしてアジアを旅し、タイのバンコクにたどり着き沈没してしまった人たちだ。

はじめは日本人宿にたむろしているが、やがて安アパートへと引っ越していく。その方が安上がりだから。ある人は、10日に1度食料の買出しに出かける以外、まったく外出しない。ひたすら自室に閉じこもっている。下川は、この生活スタイルに「外こもり」と名づけた。

日本人がたむろするカオサン地区は、外こもり組にとって「人と出会える街」だという。ここは同類が密度濃く棲息する場所なのだ。日本にいづらくなった理由は人それぞれだけど、会社員としてあるいはフリーターとして働くよりも、目的もなくぶらぶらする生活の方が快適だと気づいた人ばかりだ。

中には、仕事が原因で精神に変調をきたした人もいる。そんな人でも、タイの生活にどっぷり浸り、「ああ、こうやっても生きていけるんだな」と意識が変化することで、病が治っていく。

そういう生活もお金がなくてはつづかない。年に1〜2度日本へ行って、集中的に働いてお金を貯めてくる。お歳暮の配達や自動車工場でへとへとになるまで働く。ぶたたびバンコクへ帰る日を指折り数えつつ。

本書は、外こもりの存在に光を当てることで、下流の多様性に気づかせてくれる。でも、旅というのは昔から必ずしも帰らなくてもいいものだった。カニ族が旅先に定着し、宿屋をはじめたなんていう例はたくさんある。インドで修行僧になった人もいる。世界一周するつもりが、最初の訪問国で結婚してしまった人さえいる。第5章「なんとかなるさ」に登場する文男のように。

さて、安アパートに引きこもっていったい何をやっているのかと思ったら、ゲームやネットというのでびっくりした。それでは日本と同じではないか。しかし、彼らにとっては違う。カオサンへ行けば同類にあえるし、物価は安いし、なにしろブラブラしていてもだれも奇異な目で見ない。そこが安心感を覚える源なのだ。

取材相手の行状を告発する本ではないので、バンコクの安宿に外こもりしている若者が、夜何をしているのか細かく書いてはいない。おそらく、日本ではお金がかかってできない楽しみを享受しているのだろう。ジャパンマネーを現地に落とすことで、タイも豊かになれるのだから、それも悪くはない。

ただ気になるのは、テレビの取材で見た若者の姿だ。タイ北部のある街に住んでいる人は、夜になると少女を買いに出てくる。先進国ならどこでも禁じられていることが、堂々と行われているのだ。海外には、かなりの数の日本人ジャンキーもいるに違いない。だれにでも外国でのたれ死ぬ権利はある。だがしかし、そういう暮らしが現地の人を踏みつけにしていないことを願う。

タイも経済成長すれば、やがて1円で買えるバーツも少なくなるだろう。そのときに外こもり生活が続けられるのだろうか。たっぷり休んだら、持続可能な生活というものについて、じっくり考えたほうがいい。よけいなお世話だろうが。
  • 日本を降りる若者たち 下川祐治 講談社 2007 講談社現代新書

  • 香田証生さんはなぜ殺されたのか 下川祐治 新潮社 2005
     ニュージーランドのワーキングホリデーの実態がわかる
(2008-02-07)