日常の言葉で語る哲学者森岡正博なんて朝生に出ている学者かと思っていたので、無視していた。しかしNHKラジオでしゃべっているのを聞いて、大きな勘違いであることに気づいた。そこで『自分と向き合う知の方法』なる本を読んでみた。 いかにもPHP研究所らしい説教臭いタイトルである。中は大きく分けて、知性、欲望、性愛、生命について語っている。この本のベースとなる主張は、第1章の「自分を棚上げにした思想は終わった」で語られている。自分を棚上げにしたまま、他人や社会を批評する態度にNoを突きつけているのだ。みずからの思想に自分を巻き込む覚悟が重要で、そういう態度を生命論と名づけている。 自分を棚上げにしたままものを言うことは、「天に唾する」ことと同じではないだろうか。そういう人は、自分の顔につばを吐きかけていることに気づかないのだ。そして天に唾する人は偏在する、というのが私の実感である。 こういう先生の講義が聞ける若者を少しうらやましく思う。書き下ろしでも、3年近く前の文章だ。この人は若いので、今はまた違った主張をしているかもしれない。そういった変化に対する柔軟性を感じる。 ところで本の末尾にある「政治経済学者、村上泰亮氏との対話」で、森岡氏が哲学出身であることがわかった。これまで「考え方」と言ってきたのは、どうやら哲学ではなく思想のことを指しているらしい。哲学者からはそれは科学の問題でしょと言われ、科学者からはそれは哲学の問題でしょと言われる養老氏の気持ちがわかるような気がする。これからは不用意に哲学と言うのはやめにしよう。
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