夜中にこっそり本を開く森まゆみという名前に聞き覚えがあった。『深夜快読』を読んで思い出した。東京のローカルな地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を作っている人だった。この本は書評集だが、その文章はれっきとしたエッセイである。 1ページ目を読みはじめたとき、この人は作家だなあと思った。私は、この手の文章が苦手なのだ。すぐにでも本を閉じてしまいたくなる。もくじにあった「行きつけの鴎外図書館」という1行で、何とか投げ出さずにすんだ。 彼女の住む文京区には、十数万の区民に対して図書館が12もあるという。1館ごとの蔵書数は少ないのだが、それぞれが特色を持っており、互いに補いあっている。また区内に本がないときは、都立の図書館から2,3日で届くそうだ。これはうらやましい。それに文京区には、大学や出版社や書庫を持つ蔵書家も多い。きっと本の重みで地盤沈下していることだろう。 地域雑誌を作っているだけあって、篠田鉱造の『明治百話』(岩波文庫)のような江戸に連なる明治期の東京が息づいている書評が多い でも森まゆみの真価は別のところにある。それは育児と雑誌の仕事と大好きな読書を鼎立させてきた女性としての体験だ。たとえば、次のような書評には書く女たちへの共感が感じられる。 「右手に子ども、左手に本」:杉山由美子『赤ちゃんができたらこんな本が読みたい』(草思社)タイトルの『深夜快読』には、家事をかたづけ、子どもが寝しずまった後の、ワクワクとした読書タイムの楽しみという意味が込められている。 この本には、ちゃんと書名索引がついているし、平野甲賀のタイトル文字はまるで書を見るようだ。森まゆみの格調高い文章は、本格的な読書人?でも満足できるだろう。
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