豊かさの精神病理



 人それぞれ気に入った言葉があるもの。たとえばポリシー、個性、自己実現、ランク・アップなどをよく使う人がいる。もしあなたがそうならば、ぜひ『豊かさの精神病理』をご覧あれ。

 どうも人と深くつきあうのが苦手な人、商品カタログを見るのが好きな人、ブランドものを身につけていないと安心できない人、幸せはモノによって達成されると考えている人も、じゅうぶんにこの本を読む資格がある。

 この本は、精神科医が書いた「モノ語り」をする人についてのレポートである。登場する人は、これまでは決して精神科などを訪れないようなタイプの実にネアカな人たちなのだ。そこで繰り広げられる面接のようすを読んでいると、こんな人なら自分の知り合いにいるじゃないか、いや自分との共通点だってあるぞ、と思えてくる。

 この本は、ミツグ君やアッシーなんていう言葉が流行ったころの患者さんの話である。いや患者というイメージからはかなり遠いふつうの人々である。ただちょっとモノに対するこだわりが人より強いだけだ。私は病気でないといって、それでも精神科をたずねてくるところがおもしろい。体が危険信号を発しているのだ。

 読んでみて、たしかに他人事だから笑える。しかし日本は古来から互酬制を社会の基本としてきたから、モノのやり取りで人とコミュニケーションをはかるのは不思議ではない。それだけでなくモノに精神が付着するという考えもそれほど奇抜ではない。少数の気に入ったモノに囲まれて暮らしたいという願望が私にもある。しかしコレクターになると、それがなんであれ本書に出てくるモノ語りの人とつながってくる。連続性があり、境界線はない。たんに程度の問題なのである。

 この本について、人との交わりの中で自分を見つめ、成長させていくことができない現代社会の病理、なんていう評論家的なまとめかただけは、絶対にしたくない。
(2000-06-30)