「もののけ姫」の謎が解けた



 「もののけ姫はこうして生まれた」を見た。日本テレビが出資しているとはいえ、3日間で正味6時間を越えるメーキングものを放送するとはすごい。宮崎さんやジブリのスタッフが製作に打ち込んでいる姿をたっぷり見ることができた。

 一番印象に残ったのは、映画だと撮影前に脚本ができ上がるのに対し、宮崎アニメでは脚本に相当する絵コンテ作りと動画の製作が同時進行であるということだった。だから、公開に間に合わせるのに吹き替えのスタジオ録音が始まっていても、まだ絵コンテを書いているのだ。山犬を演じた美輪明宏は、一部を絵コンテだけを見ながら演じるという離れ業を見せていた。いやはやよく公開に間に合ったものだ。この作品がこければジブリがなくなるという切迫感だけが支えだったのだろう。

 そして私が一番知りたかったことの答えが見つかった。「もののけ姫」のタタラ場を見たときに、これは絶対に網野の本を読んでいるなと直感した。ズバリ正解。番組の中で宮崎さんが語っていた網野氏の一連の著作、佐々木博士の農耕の起源、三内丸山の遺跡のことなど、まったく私の関心と一致しているのだ。

 2つめに見つけた答えは、吹き替えに関してである。映画を初めて見たときサンの声が変だと感じた。スタジオでの吹き替えの場面を見ていて一発で答えが分かった。サンを演じている石田ゆり子がメチャへたくそなのだ。主要キャラクタの声は、声優でなく俳優が演じている。もろに実力差が出てしまっていたのだった。石田に比べて田中裕子のうまいこと。

 3つめは、タイトルと内容とのずれである。タイトルは「もののけ姫」なのに、主役はサンではなくアシタカだったのだ。映画を見てちょっと裏切られた感じがした。でもそれは鈴木プロデューサーの判断で決められたものだったのだ。宮崎さん自身は、「アシタカせっ記」(せっ記:宮崎さんの造語でPCでは打てない漢字)というタイトルにしたいと主張したのだが、強引に押し切られた。でも結果から言うと鈴木さんが正しかった。なにしろこの映画の配給目標は60億円という日本映画史上初の高配収入だったのだから。

 ついでながら、キャッチコピーの「生きろ」は糸井重里が書いた。それが決まるまで何度も作り直している。ボツになったコピーの数々を見ることができた。それは糸井がすでに過去の人だということを示していた。この「生きろ」も、これ以上のコピーは出ないだろうというあきらめのもとに決められたのだと思う。あきらかに宮崎さんのレベルに糸井は追いついていない。

 つい最近までジブリ作品はビデオ化されていなかったし、海外でも韓国で「紅の豚」が上映された程度。それが不思議でしょうがなかった。今回「もののけ姫」がディズニーと提携してアメリカで上映されるようになったのも、ヘラルドの日本支社がビデオ化の申し入れをしてきたのに対して、鈴木さんが提案して初めて実現したという。日本の映画界の人たちは、いったい今まで何をやっていたんだろう。

 「Shall we ダンス?」がアメリカで上映されて成功を収めるまで、こんな単純なことにだれも気がつかなかったのか。鈴木さんの提案がなければ、上映権を取得したのは映画界ではなくコンピュータ界だったかもしれない。おそらくマードックと孫氏率いる「ソフマップ」系のコンビが実現させたのではなかろうか。

 番組の中で宣伝会議の場面が映し出されていた。あーなんとのどかな風景。けっきょくジブリ、電通、日本テレビ、広告製作会社の混成チームで、かつメンバーがどんどん新しくなるので、積み上げがないのだ。いつもゼロからのスタートをしているようだ。映画を売ることにこれだけ力点を置くなら、ぜったいにハリウッドの勝ちだ。宣伝においても忠実に真似したほうがよいのではないか。なにしろ日本の映画界では、まだマーケティング手法が定着していないのだ。

 映画やアニメは制作費がかさむ。ハリウッド方式に嫌気がさしたルーカスは、「スター・ウォーズ エピソード1」をすべて自分で資金を調達して作っている。自分の所有する会社を総動員することで、ハリウッドで作るよりも制作費を大幅に安くあげている。そしてルーカスは言い切る、「映画はビジネスではなく芸術だ」と。つまり作者が自分で納得いくように作るには、資金の裏付けが必要だということでもある。

 今ジブリでは、1か月の制作費が1億円で5分作れる。だから2時間のストーリーなら作るのに2年かかり、制作費は自動的に24億円を超える。宮崎さんには今のシステムを離れて、もっと家内手工業のレベルで作品を作ってもらいたい。

 番組の中で徳間書店の社長が「私は口を出しません」と言っていた。初対面で宮崎さんの人柄を見抜き、「風の谷のナウシカ」を作るための資金を提供した決断に、資本家のあるべき姿が見て取れる。結局金を持っているのは、おじさん。ゲームやアニメを作るには金がかかる。そうであるならおじさんをだます能力の有無が、大きくその人の人生を左右する。これほど素敵なだまし方をする宮崎・鈴木のコンビは賞賛に値する。金を出すほうも気持ちよく出したくなるだろう。

 別の番組で宮崎さんが言っていた。その要旨は、
自分のアイディアがおじさんにつぶされてもくさるな。
アイディアはけちらず今やっている仕事にどんどん使ってしまえ。
他から評価されて初めて自分の領域を広げることができる。
ある程度の才能があれば、問題はそれを使いきるパワーが本人にあるかどうかがポイント。
また、自分の才能を見極める能力も必要だ、とも言っていたことを付け加えておく。

 「私が作品を作っているのではなく。私は作品の奴隷です」、「自分のフラストレーションを趣味で発散するのではなく、すべてをアニメの中に投げ込まなくちゃいけない」、「30過ぎたら人生一直線だよ」などなど宮崎の発言は賛否はともかく、いちいち耳に残る。だれが何と言おうがやっぱり宮崎さんは天才だ。

  • 風の谷のナウシカ 宮崎駿 徳間書店 1996

  • Shall we ダンス? アメリカへ行く 周防正行 1998 NDC778
     アメリカの配給会社ミラ・マックス社と周防氏の攻防を詳しく描いている。

(1999-07-12)

 昨日のNHKの放送で、宮崎アニメの新作に初めて取り組む若者2人にスポットを当てた番組をやっていた。その2人よりも子供のころに「未来少年コナン」の動きに感動したという中堅の女性アニメーターのほうが、私の興味を引いた。おもしろそうな人だった。

(2000-05-05)