青年は荒野をめざす最近、有名人を発見した。名前も知っているし、作品も読んだことがあった。しかし、こんな人だったなんて知らなかった。それは、五木寛之。テレビでインタビューを受けているのを見た。早口でさりげなくしゃべるので聞き逃してしまいそうだが、重要なことをじゃんじゃんしゃべっている。むだ口をきいていないのだ。これまで、大衆娯楽の読み物を書くというスタンスをずっと貫き、今でも日刊ゲンダイに連載を持っている。 こんなに自分と近しい考えの人、感性の人が、著名な作家にいたということが驚きだった。とくに『かもめのジョナサン』を翻訳はしたが批判したこと、経済は経済学者には見えない、宗教家が見たらどうなるかという問題をなげかけたこと、同じように文学も門外漢の人のほうが見えているなどなど。 五木さんも有名人だからすんなり受けとめてもらえるので、もし無名だったらだだの変わり者のたわ言として黙殺されるに違いない。 とくに宗教のとらえかたは、多くの人に聞いてもらいたい。他力=パワーを信じているのだ。 宗教の役割は、自由な人間として運命をどう乗り越えるかにある。初めて海外旅行に行くときに旅の古典『青年は荒野をめざす』を読んだのが、五木作品との出会いだった。その時には、とくにいい作品だとは思わなかった。そのせいか次に読んだのが『風の王国』で、ずいぶん後になってのことだ。最近『大河の一滴』『蓮如』などを書いたらしいので、またどれか読んでみようか。 『流されゆく日々』をぱらぱら読んでみると、五木さんが車と競馬と親鸞のファンであることが分かる。臓器移植に反対の理由が、私と同じであった。文学とはあまり縁がないのだけど、同じ系譜の人だと再確認した。
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