ユキチのおくりもの



ちかごろペットブームとかで、犬や猫を飼う人が増えている。その結果、高齢の犬や猫も増える。

ユキチは16年生きた。最晩年には痴呆におちいり、痙攣を起こしたり、徘徊したり。
ユキチがこの世からいなくなってから、長い間、喪失感が抜けなかった。時間が止まってしまったようで何をするのも億劫だった。(中略)
獣医師をしている私でも、ユキチが亡くなるまで、心の奥底まで悲しみがやってきて、いつまでも抜けないものだとは想像だにしなかった。(p67-68)
そんな体験から、著者は「ペットを失った飼い主の気持ちを汲み取って、その気持ちを大切にしていきたい」と願いつつ、終末医療にあたるようになった。

いくつかの体験談が紹介されていて、70代後半の本田さんの話が印象に残った。彼女は、ネコエイズにかかったミーの痛みをとってくれと先生に頼む。このときの体験をふまえ、石井は考える。
天国に召される前に、ユキチは何回となく痙攣を起こしていた。ほんとうは、痙攣が苦しくて、早く楽にして欲しかったのだろうか。
人間は後になってからいろいろ考えるものだ。そのときは、飼い主のエゴというものか、私の願いで地球のどこかで呼吸さえしてくれるだけでよい、と思っていた。コミュニケーションがもうできない状態になっても、心臓だけが動いているだけで満足だった。ユキチという形が、目も前からいなくなることが、とても私には耐えられなかったのだ。(p174)
人間なら、自分で意思表示できる。しかし犬の場合、飼い主が判断するしかない。ワンコが身を挺して人間の生命観を問うている。

外で飼われている犬は、室内犬よりも寿命が短い。そのかわり最後は苦しまないような気がする。すとんと落ちるように逝ってしまう。犬にとっては、どちらが幸せなのか。

犬は人間よりも老化が早い。とはいえ、飼い主が先に逝ってしまい路頭に迷う犬もいる。いつも餌をくれる人が来ない。たったそれだけのことでも、犬にとってはストレスなのに。 (2007-01-04)