本の近未来像



 「オンライン版本とコンピュータ」というホームページでは、100日議論というのをやっている。シリーズその1が「オンライン書店は本の文化を変えるか?」、その2が「人はなぜ、本を読まなくなったのか?」である。ワールド・ワイドな執筆人には脱帽ものだが、どれも出版業界の人の意見が主流を占めていて、ちょっと不快感を覚える。その中から3人の読者の投稿を少し紹介しよう。

 「最近本を買わなくなった。しかしそれは本を読まなくなったことを意味しない。本を読むスタイルが変わったのだ」とおっしゃる方は、毎日たくさんのメール、メールマガジンを読み、メールやウェブサイトを書くことが増えたという。

 私は、読むのはあいかわらず書籍の形態をした本が多い。そして自分のホームページを立ち上げることで、文章を書くようになった。書くようになってから読む本もちょっと変わった。これが少々意外。

 「人はなぜ、本を読まなくなったのか?」という問題の設定に疑問ありとおっしゃる方は、「人々は自分が必要だと思う情報をどんな手段で得ているのか」、「人々が必要だと思う情報内容はどのように変化しているか」、さらに「情報を得る手段はどう変化してきたのか」という問題設定を踏まえないと不毛な議論になると指摘している。

 そりゃそうだ。現状を把握できていないのに、問題は立てられない。しかし私は、人々がどうしているかにはあまり興味がない。自分自身がどうするかが問題なのである。私なら、インターネット時代にふさわしい出版とはどんなものか、という問いを立てたい。

 自宅に専用線を引かれた方は、新聞も取らなくなったという。そして本も「選択的に」買われる時代になったのではないか、と指摘している。

 これはとても重要。誰もが情報を発信できるようになって、アマチュアの書く文章が氾濫し、レベルの低いプロの文章が淘汰される時代に突入したのだ。ホームページやメールマガジンで発信される文章のレベル以上の内容もしくは表現力がなければ、本など出しても売れない時代はもうすぐそこまで来ている。

 1年続いた「21世紀のグーテンベルク」という雑誌の連載が終了した。その最終回では、本とコンピュータとネットワークを取り巻く現況が簡潔にまとめられている。
 電子書籍端末として「ザウルス」などが売れ、コンテンツ販売の実験が始まった。
 デジタル書籍販売が本格化し、作家自身がネット販売に乗り出した。
 紙の本を売るオンライン書店もますます便利になった。
 絶版本などを読者の求めに応じて印刷するオンデマンド出版が立ち上がった。
 ブリタニカ百科事典がネットで無料提供された。
 今テレビで宣伝している「ザウルス」は、理想の小型ディスプレイに近い。今はまだPDAを持つのはおじさんというイメージがあるが、これからはi-モードでは満足できない若い女の子も持つようになるだろう。

 私は、たしかに本ばかり読んでいる。雑誌もあまり読まないし、新聞はとっていないし、しかもインターネットはちょこっとユーザである。でもそれほど愛書家ではないのだ。だからいくら便利になっても、オンライン書店で本を注文することはない。

 それでは、本を取り巻く近未来をちょっと想像してみよう。

 今1年に6万点もの新刊書が出版されると聞く。そんなたくさんの本が書店に並ぶわけがない。だからオンライン書店は、本のデータベースとして今後も機能していくだろう。でも多くの人がこれからも本を買うかどうかは分からない。

 コンテンツ販売は、本格化するだろう。しかし青空文庫のような無料のサイトが増えると予測する。だってコピー可能なものにたくさんお金を払う人はいないでしょ。マンガや小説の古本が100円、テレビで放映される映画は無料、レンタルビデオが100円というのが現状。ちなみに書評ホームページでは、投げ銭方式で20円。1本の映画と1編の小説が買い手の心の中で、その価値を比較対照されるのである。

 そうなれば当然本は今のようには売れなくなる。きわめて限定された本だけが出版されるようになるだろう。そうして多くの本屋と出版社がつぶれていく。でもそれはしかたのないことだ。

 出版社は、予約注文を主体としてせいぜい2000部くらいを印刷して売ることになる。一部は全国の大型書店に展示され、多くは図書館に売ることになる。同時にオンライン上で、格安でコンテンツ販売する。もしそうしなければ読み手にそっぽを向かれる。ベストセラーは出ないので、大きな出版社は縮小するしかない。それでもメールマガジンなどで編集者が必要になるので、力のある人は失業しないはず。

 大きな本屋は、本のショーウィンドウとして残る。ぶらぶら歩いて散策する楽しみがあるから。でも本はあまり売れない。そのかわり本の装丁サービスのようなものがはやるかもしれない。そして本はノスタルジーの世界となる。これで紙の消費が減り、環境に「やさしい」世界が現出する。めでたしめでたし。

(2000-08-25)
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