名調子



 篠田正浩が監督人生の総決算として作った「スパイ・ゾルゲ」を見た。衣装デザインを 森英恵が担当したり、セットにもお金をかけている。だが、つまらない映画だった。

 満州事変後から日米開戦までをメインに扱っているのだけど、その歴史の描き方がさっぱりわからない。それなのに能とか盆栽ということばが出てくると、その映像が写る。どうやら海外での上映をねらっているようだ。それで外人俳優はみな英語なのか。

 本来ならドイツ語やロシア語で話さなければいけないシーンが全部英語では、しらけてしまう。そんなことなら、尾崎秀実役の本木雅弘に寝言みたいな英語をしゃべらせず、全部日本語にすればよかったのに。精密なCGをちゃちに使ってるくらいだから、ゾルゲは英語で話し、尾崎は日本語で話せばいい。その方がセリフも生きる。

 ていねいに作られた駄作になった一番の原因は、尾崎の内面が描けていないことにある。226の直情青年将校なら、そういう短絡思考する人もいるだろうと想像できる。しかし尾崎は何を考えたのか。どんな信念からなのか、苦悩があったのかさえもわからない。篠田が書いた脚本の致命的な欠陥だと思う。

 特高役に上川隆也、ゾルゲの愛人役に葉月里緒菜と、「梟の城」コンビを起用している。ついでに尾崎役も上川にやらせてみたかった。NHKドラマ「大地の子」という実績もあることだし。

 さて、この映画の歴史背景を知るには、半藤一利『昭和史』がうってつけだ。昭和の前半の20年間を、ときには講談調を交えながら語っている。メリハリが利いていて、突っ込んだ解説もある。この本を読んだら、他の歴史本を読むのが楽になった。たとえ20年間であっても、ひとりの目を通した通史というものが、いかに理解に役立つかを体験した。

 ただ、歴史の本はせっかく読んでもすぐに中身を忘れてしまう。それで復習をかねて「スパイ・ゾルゲ」を見たわけだが、少し間があいていたので、もうすでに記憶の定かでない部分もあった。読んだらすぐに見なくてはいけないな。歴史の勉強をしたくて映画を見るわけではないのだが。

 ちなみに半藤は近衛文麿にきびしい態度をとっていたので、篠田の近衛に対する描き方が歯がゆくてしかたがなかった。映画よりも本の影響力が強かった。そこも駄作たるゆえん。

  • 昭和史 1926-1945 半藤一利 平凡社 2004

(2006-09-12)