大祭司アビヤタル(マルコ2:26)
Kさんのメール
聖書についての意見めっちゃ興味深く読ませてもらっています。
学校で聖書研究会なるものを開こうとしたときに一緒にやるクリスチャンふたりが聖書は神のことばであると信じる(自分)クリスチャンと聖書はクリスチャンの信仰告白の書であってそこからにじみ出てくる神様のすばらしさがあるから信じる対象となるのだという(もう一人のクリスチャン)クリスチャン
であることを知りました。
その時に聖書信仰に立つことの大事さを少しだけ調べて分ったような気がしたのですがまたもう一度自分なりに考えてみようと思っています。
その時に感じたことは、聖書を「人が書いたものであるか」「神様の意思の働いたものであるか」として読むことの違いを感じました。その時色々考えたことや人から言われたものを総合して次のような結論になりました。
「例えば聖書の中で自分に対して悔い改めを示されたときに、前者ならば目をつぶることができる、後者ならば出来なくても出来るように祈り求めたりしてぶつかっていくことができる、自分に都合の良いように聖書を読まないためにも聖書信仰に立つ(聖書は神のことばである)ことが大事なのだ」と思いました。
ちなみに一緒にやっている人から言われたのは手元に聖書がないので正確には書けませんがマルコ2-26で大祭司をアビヤタルとしているが旧約を読んでみると違う人だよ(アビヤタルのお父さん(アヒメレク))といわれました。
良かったら誰かなにかおしえてくださいな。
Kさんへのレス
Kさん。
レスをいただき、ありがとうございました。
わたしは、一度にたくさんのことができないたちなので、お返事の遅れたことをお許しください。
1.さて、Kさんからお尋ねのあったマルコ2:26のアビヤタルのことについて、お答えいたします。
新改訳で「アビヤタルが大祭司のころ」と訳されているギリシャ語は、epi
Abiathar arkiereos で、直訳的に訳せば、on Abiathar the chief priest、「大祭司アビヤタルの頃、大祭司アビヤタルの時代」という意味です。
結論を先に言えば、これは必ずしも、アビヤタルの大祭司在任期間中でなければならないということを意味しません。
例えば、ダビデについて、
@羊飼いだった頃も
Aサウロ王の家臣だった頃も
B王位について以降も
含めて「ダビデ王の歩み」と言うように、アビヤタルを大祭司アビヤタルと呼び、「その大祭司アビヤタルの時代にもこんなことがあったではないか」ということを述べたに過ぎません。事実、ダビデに関する物語の中で、大祭司として
いろいろな役割を果たすのはアヒメレクではなく、アビヤタルでした。アヒメレクをさしおいて、「あの大祭司アビヤタルの時代に・・・」と言ったとしても、特別これを取り上げて間違いであるというのは、いかがなものかと思います。
説教の中で「ダビデ王の歩み」が良く取り上げられると思いますが、もしその説教者が、羊飼い時代のダビデや、家来の時代のダビデについて語った時に、「即位する前の話をするのはオカシイ。それはダビデ「王」の歩みではなく、ダビデの歩みと言うべきだ。間違っている、不正確だ」と言う人がいたら、その人は良く言えば「几帳面」、ありていに言えば「野暮」です。まぁ、わたしの回りには、公務員という仕事柄、時々そういう野暮な人もいます(^^;)。英語ではRED TAPEというそうです(由来は、英和辞典で調べてください)
こういうRED TAPEの感覚であら探しをすれば、聖書は矛盾だらけということになるでしょう。「太陽が昇る」という記述を見て、「天文学的にオカシイ、太陽が昇るのではなく、地球が自転しているのだ」と、得意げに聖書の誤りを語る人さえいます。
このお役人的RED TAPEに徹すれば、大祭司アビヤタルよりもスゴイ”矛盾”を見つけることだって難しくはないでしょうが、わたしはそれほど優秀なお役人ではないので(^^;)、RED TAPEにはなりきれません。
2.二点ほど補足します。仮に百歩譲ってRED TAPEになりきってみましょう。
「on Abiathar the chief priest」とは、誤りでしょうか?
(1)細かい語句の話からすると、
〇 ギリシャ語のepiという言葉は、必ずしもアビヤタルが大祭司だったその時点(point)ということを意味しません。epiは「の頃、辺り」というニュアンスを許容する、少し幅のある概念です。
例えば、ヨハ5:2(門の近く)、黙示録3:20(戸の外に),9:14(川のほとりに)、15:2(海のほとりに)等で使用されています。
〇 新改訳が「〜のころ」と訳出しているのは、そういうニュアンスを出そうとしたものかもしれません(翻訳者に聞いてみなければわかりませんが)
(2)めんどくさい語句の話はさて置くとしても・・・
〇 アビヤタルは、大祭司アヒメレクの息子として、大祭司同様ないし、それに準ずる職務に就いていたとしても不思議ではありません。その場合、ユダヤ人の普通の感覚として、大祭司同様の仕事をし、後に現に大祭司となったアビヤタルを「大祭司」と称したとしても、特段誤りとは言えません。
〇 例えば、イエス様の時代、大祭司はカヤパであったにもかかわらず、ヨハネはそれを百も承知で、アンナスを大祭司と呼んでいます(ヨハネの福音書18章)。アンナスは、大祭司ではありませんでしたが、「大祭司カヤパのしゅうと」(18:13)であり、かつて大祭司であった(在位AD6−15年)ことから、「大祭司」と称されています。これは、当時のユダヤ人の普通の感覚でした。
〇 ルカ3:2を見ても、アンナスの在任期間は6−15年、カヤパが18−36年ですが、ルカは、バプテスマのヨハネの活動の開始を「アンナスとカヤパが大祭司(単数)であったころ」と記しています。このような表現は当時の普通の感覚であって、さらに輪をかけてRED TAPEになりきらない限り、誤りとは言えないでしょう。
〇 ルカにせよ、ヨハネにせよ、杓子定規に言えば、アンナスが大祭司でないことを百も承知の上で、アンナスを大祭司と呼んでいるのです。それは、当時の人々のごく自然な表現でした。
3.話はそれますが、このような「二人の大祭司」に関連して、面白いエピソードをご紹介しましょう。(いずれ、わたしのホームページで紹介するつもりだったエピソードです)
〇 ダニエル書の5章をみると、バビロニア帝国滅亡時の最後の王はベルシャツァルであると書いてあります。
〇 リベラルな見解が今以上に盛んだったころ、このダニエル書5章の記事は、リベラルな立場から、口を極めて酷評されました。 というのは、バビロニアやギリシャの多くの古代資料には、どれ一つベルシャツァルの名前がなく、すべて「ナボニドス」が最後の王であると記録されていたからです。
〇 それゆえ、ダニエル書は、後の時代に書かれた空想の産物であり、聖書を真実と信じる者は、事実に目を閉じる馬鹿者だと言われましたた。
〇 ところが、その後の考古学上の発見によって、ベルシャツァルがナボニドスの息子であり、王権を付与されていたこと、バビロニア滅亡時には、父親のナボニドスは退位しないままアラビアに退いており、ベルシャツァルが帝国を統治していたことがわかりました。
(余談ですが、この発見によって、何故5:29で、ダニエルが「第二の権力者」ではなくて「第三の権力者」と呼ばれているのかが、数千年ぶりに明らかになりました。彼は、「2人の王」に次ぐ第三の権力者だったのです。)
〇 Kさん。わたしたちの2,3世代前の先輩クリスチャンは、本当に大変だったと思いますよ。ダニエル書5章のベルシャツァルに限らず、当時は今以上に、聖書のいろいろな箇所が、「誤りだ、あり得ない、矛盾だ」と酷評されまし
た。
ルカ3章のルサニアについて、使徒13章の地方総督セルギオ・パウロについて、2列王19章のセナケリブについてなどなど一々例を挙げていたら、1冊の本が書けるでしょう。ところが、考古学者が土を掘り起こすたびに、喧伝された「誤り」はいつの間にか消えていきました。
〇 わたしたちは、将来を予見することはできませんが、過去100年の事実を見て、将来100年の見当をつけることができます。100年前に「誤り」「矛盾」とされていたものが、今どうなっているかを見て、現在「誤り」「矛盾」と喧伝されているものが100年後にどのようになるかを予見することができます。
〇 過去、リベラルと呼ばれる立場によって、どんなことが「定説」だとか「学問上の常識」であると喧伝されてきたか、そしてそれがどのようにして覆ってきたか、そういう過去について、現在リベラルな学者さん自身は、口をぬぐって語りません。あら探しをする場所を変え、戦線を移して、土の中から証拠がまだ出ていないところで、RED TAPE的なあら探しをしているにすぎないのではないか、そんなふうにわたしには思えます。もちろん、どんな説を唱えるのも自由ですが、それを軽々しく「定説」「常識」と称することは控えなければならないはずです。
〇 もっとも、そのような批判にさらされるからこそ、わたしたちは、一生懸命考古学や原語や聖書の勉強をして、かえって聖書の理解を一層深めることができます。
アビヤタルの話から始まって、長々と書きました。
お役人のような人物が、矛盾だ、誤りだと騒ぎたてても、そして、それに対して上手に反論することができなくても、それが原因で、神の言葉と福音が、今晩ガラガラと音を立てて崩れるようなことはありません。どうぞどっしり構えて、ガハハと笑いながら、神の言葉を学び続けてください。